映画『行き止まりの世界に生まれて』を鑑賞しての備忘録
2018年製作のアメリカ映画。93分。
監督・撮影は、ビン・リュー(Bing Liu)。
編集は、ジョシュア・アルトマン(Joshua Altman)とビン・リュー(Bing Liu)。
原題は、"Minding the Gap"。
イリノイ州ロックフォード。建物の壁に付いた配管を摑んでキアー・ジョンソン(Keire Johnson)が器用に登っていく。ザック・モリゲン(Zack Mulligan)が立ち入り禁止のところなんてないだろと、「立ち入り禁止」の表示のある扉を開けて階段を上っていく。オープン・メッシュの外階段は真下が見える。キアーが怖がる。まだ半分だ。止めよう。お前が登るって言い出したのに? スケートボードで人気の無い通りを滑らかに疾走していく3人。時折トリックを決めながら。その姿を併走するビン・リウ(Bing Liu)のカメラが捉える。街は恰も彼らがスケートボードをするために存在するかのようだ。
ザックは、恋人のニーナとの間に子供ができて、屋根職人として働くようになった。高卒認定試験に臨むもまるで歯が立たない。育児を巡って共働きのニーナと衝突することが増えると、酒量も増えた。ザックは酩酊すると手が付けられなくなる。かつて彼の父親がそうだったように暴力を振るった。夫の暴力に耐えられなくなったニーナは叔母夫婦のもとへ息子を連れて出て行く。
キアーはスケートボードを始めた頃、自転車乗りにわざとぶつかられたときにザックが自分の味を方してくれたことが忘れられない。それ以来、年長のザックを慕ってきた。キアーも父親からよく暴力を振るわれた。父親が急死してしまったたため、最後にぶつけた言葉が「大嫌いだ!」になってしまったことを後悔している。「白人の友人がいても自分が黒人であることを忘れるな。」や、「黒人なら白人の抱える問題を問題だと思わなくて済む。」などといった父親の言葉が胸に刻まれている。18歳になり、レストランで食器洗いの仕事を始めた。
ビンはローティーンでスケートボードを始めた。シングルマザーだった母がウェイトレスをしていたとき、ある客が母を気に入り、後を付けて来て家に居座ってしまった。ビンはこの継父と2人になった当初から殴られていた。母が仕事で家を空けていることが多かったため、ビンは継父を避けるためにスケートボードにのめり込んだのだ。スケートボード仲間の姿をビデオで撮影するようになったが、とりわけキアーには、自身の姿を重ねていた。
ビン・リュー(Bing Liu)が青春時代から撮りためてきたスケートボード仲間の映像に、新たに撮影したインタヴュー映像を加えたドキュメンタリー。スケートボードで華麗なトリックを決める若者たちと、彼らが抱える家族の問題とが映し出される。
ビンがニーナに対してザックに暴力の件を問い質すことを提案すると、ニーナは現在の関係を壊したくないと否定する。ビンはそこに暴力を受けながら逃れられなかった母親の姿を重ねる。
酒に頼り暴力を振るうザック自身、父親から暴力を受けていた。女性に暴力を振るうのは良くないとしながら、対処できなくなった女性に対しては暴力に訴えるのも仕方がないだろとつい漏らすところにゾクッと来る。妻に対して暴力が振るう映像はないけれど、それを確証する「画」が撮れているのだ。ザックが息子に自分のようにはなってもらいたくないと吐露するシーンも続き、ビンは暴力の負の連鎖をはっきりと描き出している。
友人を描き出すだけではなく、ビンは自身と母親とが対峙するインタヴューシーンで、自らを撮影させている。母親の悲痛な訴えに「カット」の声をかけるビンの姿に胸を打たれる。
「ラストベルト(さびついた工業地帯)」であるイリノイ州に関するニュース音声(統計データ)、そしてビルボードのメッセージが時折挿入され、家族とはいったい何か、再考を促す。
ジョナ・ヒル監督の『mid90s ミッドナインティーズ』(2018)は、一応フィクションではあるが、母子家庭に育った主人公が、兄から虐待を受ける中、スケートボードに自分の居場所を見つけるというストーリーであった。
バラク・オバマは、本作品に対し「感動的で、示唆に富む。ただただ惚れ込んだ。」とのコメントを寄せているらしい。
製鉄業の衰退に伴い人口が激減した米東部ペンシルベニア州モネッセンは、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」の典型的な街だ。トランプ大統領は2016年6月、前回大統領選の前に訪れ、こう約束した。「米国の製鉄業を復活させる」
今年8月、当時市長だったルー・マブラキスさん(82)を取材した。17歳から製鉄所で働き、労働組合幹部も務めたマブラキスさん。「米国の繁栄を支えたのはこの街だ」と何度も「誇り」を口にした。一緒に中心部を歩くと、窓に板を打ち付けて閉じた商店や壁の崩れかかった建物が並んでいた。
「当時のオバマ大統領に手紙を書いたんだ。『街の現状を見てくれ』とね」。最後の1通で、前回大統領選でトランプ氏の対立候補だったクリントン元国務長官訪問も直訴した。「オバマ氏もクリントン氏も立ち寄りもしなかった。演説に来たのはトランプ氏。彼が選挙戦でペンシルベニア州を制したのは当然だ」
しかしトランプ政権になっても仕事は増えず、街は衰退するばかり。「トランプ氏はみんなの聞きたいことを言っただけ。ここは見捨てられた街だ。当時熱狂した人たちを責めることはできない」。マブラキスさんは続けた。「ただ、もうウソはたくさん。今回は少しでも街と向き合ってくれる候補を選ぶ」。かつて米国の繁栄を支えた鉄の街の誇り。時代に取り残された憤り。言葉には両方が入り交じっていた。
(鈴木一生「誇りと憤り」毎日新聞2020年10月21日水曜日7面)