可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 若山美音子個展『遠い呼吸―曖昧な存在に問いかける―』

展覧会『若山美音子写真展「遠い呼吸―曖昧な存在に問いかける―」』を鑑賞しての備忘録
キヤノンギャラリー銀座にて、2021年1月4日~13日。

若山美音子の写真展。

一陣の風がワンピースにプリントされた花々(残念ながらアネモネではない)を揺らすように吹き抜ける。あたかも柔らかな凹凸を楽しむかのように服が女性の身体にまとわりつく。女性は左手に持ったペットボトルを口につけ呷るように飲む。否、女性は風を吹き出している。女性はアネモイなのだ。遙か彼方の風神の一呼吸が、今、この場でいたずらのような奇蹟をつかの間もたらす。その瞬間をとらえたかのような写真群。

往来を行く数多の人々の中で圧倒的な存在感を放つスタイリッシュな女性。眼鏡のフレームが星形であることが必然であるかのよう。彼女が両手で髪の毛を跳ね上げさせ、宙に靡かせる。世界の中心が忽然と姿を表す。
草生した空き地に佇む猫は、風景に十字を描く影の中央に位置している。世界につかの間姿を表す幻の猫王国の玉座
水の中でアクアマリンの姿を悠然と示す魚。

雲は大量の水でできている。上空を覆い尽くすように立ち上がる雲は、大波となって、世界を呑み込もうとしている。遠くで弱々しい太陽の光が、雲の先をわずかに赤く染めている。

建築現場の仮囲いには堀端のランナーたちの写真がラッピングされている。その手前を通り過ぎる女性は、あたかもランナーたちの姿を左手に見ながら歩くようだ。街路に現れた「合成写真」。
画面右手には岸田劉生《道路と土手と塀(切通之写生)》のような急坂が青空に向かって延びる。坂の上には赤い服の少年が小さく姿を現している。画面左上方には青空を背景に猛禽(とんび?)が羽を広げカメラに挑むかのように浮かぶ。その姿は少年よりも大きい。地を駆ける少年の世界と宙を舞うとんびとの世界が交錯する一瞬。

夜道で行列を成す人々。川を遡上する魚の群れ。電線に止まる鳥の群れ。

夜空に咲いた大輪の花に向けて人々の腕が上げられ、スマートフォンが向けられる。画面には夜空から切り取った花火の姿が映る。情報がコピーされ、拡散される情景。あるいは、現実ではなく画面を見つめる人々の姿。

線路を隔ててビル群が広がる高架駅のプラットホーム。ベンチに座り本を読む女性の他に生命の姿はない。

苔生した彫刻。砂埃を被った彫刻。