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芸術鑑賞の備忘録

映画『クローブヒッチ・キラー』

映画『クローブヒッチ・キラー』を鑑賞しての備忘録
2018年製作のアメリカ映画。109分。
監督は、ダンカン・スキルズ(Duncan Skiles)。
脚本は、クリストファー・フォード(Christopher Ford)。
撮影は、ルーク・マクーブリー(Luke McCoubrey)。
編集は、メーガン・ブルックス(Megan Brooks)とアンドリュー・ハッセ(Andrew Hasse)。
原題は、"The Clovehitch Killer"

 

ケンタッキー州クラークスビルにある小さな町。屋外に設けられた臨時の祭壇には、10人の女性の大きく引き伸ばされた写真と「私たちの心の中で生きている」と記された横断幕とが掲げられ、花と蝋燭が手向けられている。結びつけたロープが現場に残されることから「クローブヒッチ(巻き結び〕」と呼ばれる連続殺人犯によって緊縛されて殺害された犠牲者を偲ぶ、毎年恒例の追悼行事だ。幸い、この10年間に新たな犠牲者は生まれていないが、犯人は逮捕されず事件は迷宮入りしていた。
緑地でドン・バーンサイド(Dylan McDermott)がボーイスカウトの少年たちを前にリーダーの心得を説き、旗の支え方について指導している。君、前に出て旗を持ってくれ。そこの二人、旗手を挟むように立ってくれるかな。風が強いときなどはこうやって旗手の腕を支えるんだ。よくやった、3人に拍手。活動を終え、ドンは16歳になる息子のタイラー(Charlie Plummer)とともに荷物をピックアップトラックに積んでいる。ルディ(Mark A. Nash)の保険料が値上がりするんだ、悪いがリーダー研修の参加は諦めてくれ。大学に提出する志願書に書く材料が欲しいんだ…。何か他にアピールできることを考えよう。ドンが重いケースを積むのにタイラーが手を貸す。ケースを積み込むとドンがタイラーを後ろから羽交い締めにする。身長は抜かされたが力ではまだ負けないぞ。どうだ、降参するか? 降参するよ、父さん。帰り道、亀が道を渡っていた。ドンは亀を避けて停車し、タイラーが車を降りて轢かれないように亀を反対側に運んでやる。
夜、ベッドで横になっているタイラーにエイミー(Emma Jones)からテキストメッセージが入る。タイラーは父親の車の鍵を取り出すと、家をこっそり抜け出して車を走らせる。エイミーを拾い、誰もいない駐車場に車を停める。私はあなたのこと好きよ、あなたもそうでしょ? 頷くタイラーにエイミーは体を寄せてキスを交わす。シートを倒すにはどうしたらいいの? 座席の右下にレヴァーがあるよ。エイミーは手に触れた紙を広げる。それは緊縛された女性の写真の切り抜きだった。何なのこれ? 知らないよ、これは父さんの車だから。不機嫌になったエイミーは帰ると言い出し、タイラーは彼女を家に送る他なかった。
ドンがパンケーキを焼いている。母シンディー(Samantha Mathis)が娘スージー(Brenna Sherman)の身長を柱に記している。タイラーより成長が早いわ。栄養がいいんだろう。タイラー、急ぎなさい。4人が食卓に座り、祈りを捧げる。アーメン。ルディー伯父さんを迎えに行くんだから急いで食べましょ。スージーはパンケーキを口にすると美味しいと喜び、父は当然だろうと上機嫌だ。
タイラーは父ととともにルディーを療養施設から連れ出し、教会へ向かう。父は顔が広く、信徒席に座る参集者と次々に挨拶を交わしている。バンドの演奏にヴォーカルとして参加しているエイミーはタイラーに気付いても目を合わせようとしなかった。教会を出たところで、ビリー(Lance Chantiles-Wertz)が話しかけてきた。あの女、いつも教会の敷地の手前に来て新聞を読んでるだろ、信者でもないのにさ。何人もの男を銜え込んでるらしい。例の事件にも関連してるんじゃないか。母に声をかけられ車に乗り込むタイラー。彼のことを女子4人組が嘲るような表情で見ていた。
家に戻り、母が広告や雑誌のクーポンを切り抜く間、タイラーとスージーが同じテーブルに着いて学校の課題をこなしている。タイラーの電話が鳴り、ビルからテキストメッセージが届く。「本当か?」「おまえが変態だってみんな言ってるぜ!」 タイラーが電話に気をとられていることがシンディーは気に入らない。だがタイラーは気にしないわけにはいかなかった。
クローブヒッチ」事件被害者の追悼集会。ランディー牧師(Jonathan K. Riggs)のギターの弾き語りを参加者が静かに聴き入っている。エイミーが抜け出したのを見かけたタイラーは後を追う。君が言い触らしたんだろ。口が堅い子に話しただけよ。僕じゃないってみんなに言ってくれよ。エイミーが立ち去ると、二人の様子を見ていたキャシー(Madisen Beaty)がタイラーに声をかける。変態だって話ね。噂だよ。私も何人もの男を銜え込んでるって噂されてるわ。
タイラーは、父の車にあった女性の緊縛写真のことが頭から離れなかった。家族が出払っている隙に、彼は父がよく出入りしている納屋の侵入を試みる。鍵はスージーの誕生日で開けることができた。床板が浮き上がっているところがあり、板を外してみると、箱が出てきた。箱の中には、女性の緊縛を扱った専門誌が入っていて、ところどころ切り抜かれていた。のみならず、一番下には、緊縛された女性を撮影したインスタント写真があり、「ノラ:ラッキーのお気に入り」との書き込みがあった。

 

タイラー・バーンサイド(Charlie Plummer)は、父ドン(Dylan McDermott)の隠し持っていた女性の緊縛写真を見つけたのをきっかけに、女性ばかりが緊縛されて殺害された事件の犯人ではないかとの疑念を持ち始める。

以下では、作品の核心部分にも触れる。

田舎の小さな町で起こった陰惨な連続殺人事件。最後の犠牲者が出てから10年が経過しているが、犯人が逮捕されないままであることもあって、町の雰囲気に影を落としている。事件を風化させないよう毎年追悼集会が開かれることもあり、ティーネイジャーの中にも、事件に関心を持っている者も少なくないようだ。エイミー(Emma Jones)が緊縛写真にひどく気分を害するのも、緊縛が連続殺人犯(の犯行〕と分かち難く結び付いて、単なる性的嗜好として済ますわけにはいかないからである。
父親の隠し持っているポルノを発見した息子が、父親を連続殺人犯と早合点してしまうという展開を想像させる。だが、タイラーが地下室で物証を発見することで、早合点の線は早々に消え去ることになる。
息子のタイラーに「物証」を突き付けられたドンは、伯父ルディーの犯行だと説明する。10年前、交通事故にあって重度の障害を負ったのは、実は犯行が発覚した伯父が自殺を図ったためだという。そして、死者は帰ってくることはないのであり、シンディやスージーを苦しめないためにも、事件を闇に葬り去ろうと提案し、タイラーはドンとともに「物証」を焼き払ってしまう。タイラーの証拠隠滅への加担を簡単に非難できないのは、ドンが挙げた事情のみならず、バーンサイド一家が生活する社会の閉鎖性が暗示されているからである。すなわち、エイミーとタイラー以外に知り得ない緊縛写真の切り抜きの一件が瞬く間に周囲の人々によって共有されていることが冒頭で示されるのだ。閉鎖的な社会で生き抜くという戦略は、事件の「解決」にも影響を及ぼすことになる。
殺人犯「クローブヒッチ」は、現場にロープの結び目を残す。彼は、印象に残す操作を積極的に行う。ドンもまた、ボーイスカウトのリーダー役を引き受け地元の子どもたちと交流し、家族に温かく接する。女性に対する欲望を想像するのはやむを得ないが実行するのはダメだとタイラーに対しても理解を示してみせ、スーパーマーケットでは妻のためだ言って花束を買ってみせたりする。
言葉を一切発することのできない伯父ルディーの存在、ドンがタイラーに銃の使い方を教えようと言って2人だけでキャンプに行こうとするシーンをはじめ、鑑賞者にあれこれ想像(予想)させる工夫が凝らされている。