可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 冨安由真個展『The Doom』

展覧会 冨安由真個展『The Doom』を鑑賞しての備忘録
アートフロントギャラリーにて、2021年12月17日~2022年1月23日。

冨安由真の個展。インスタレーション《The Doom》を中心に、絵画7点、立体作品2点なども併せて紹介。

《The Doom》と題されたインスタレーションは、旧山手通り側が全面ガラス張りの壁面になっている展示空間に設置されている。そのガラスの壁面越しに、白い壁紙の貼られた洋間が設えられているのが見える。奥側の壁面が狭い台形のプランであるとともに、奥から手前側に下りの傾斜が付けられていることで、奥行きが強調されている。奥と(奥に向かって)左手の壁には窓があり、レースのカーテンが引かれている。その窓の外は明るい。右手の壁にはドアがあり、鑑賞者が出入りできるようになっている。部屋の中央には、急須や花瓶を載せた、白いレースのクロスが掛けられた木製の四角いテーブルが置かれ、揃いの4脚の椅子が囲んでいる。何より目を引くのは、そのテーブルに入り込んだ、馬の像である(素材はFRPか?)。大きさは実際の馬に近いと思しく、目・鼻・耳など細部まで忠実に再現されているが、体色が青磁のような淡い水色であるためにオブジェとしての性格が際立つ。なおかつ、通りに向かって正対する馬の前肢が天板を突き抜けて床に達している(ように設置されている)ため、幻影や霊のような非実在の印象を生み出している。馬の像の上に吊り下げられた蛍光灯が明滅するのも、現実から遊離、すなわち現世から常世への移行を演出する。
本展には「The Pale Horse」シリーズの絵画6点や立体作品2点も併せて展示されており、《The Doom》の馬もまた『ヨハネの黙示録』に登場する、青白い馬(pale horse)を表わしたものである。

小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。(『ヨハネの黙示録』第6章第7節~第8節)

青白い馬には「死」が乗っている。ならば、《The Doom》において部屋に闖入した「青白い馬」は、日常生活を襲う突然の「死」のメタファーであり、新型コロナウィルス感染症が猖獗を極める現下においては、悪疫を表わすものと解される。
ところで、《The Pale Horse in the Sands》のガラスケースの中には、電球が埋められた石や砂の上に焼き物の馬が置かれ、《The Pale Horse and the Red Sun》では、額装されたガラスケースの中に焼き物の馬と上から吊された赤い電球とが収められている。閉鎖環境に置かれた馬の像は墳墓の副葬品を連想させる。2019年に同じくアートフロントギャラリーで開催された個展『Making All Things Equal/The Sleepwalkers』では「胡蝶の夢」(荘子)が題材とされていたことからも、青白い馬には明器のイメージも重ね合わされていると考えられる。日常を冥界へ持ち込まんとする明器は、地を天に投影する「かげおくり」のようではないか。

 司馬遼太郎が『坂の上の雲』で、騎兵隊は空軍の起源であると述べていて、目から鱗が落ちる思いだったが、騎馬の第一の任務が敵情偵察であることはいうまでもない。移動速度の向上はそのまま視野の拡大にほかならなかった。つまり視野の拡大によって騎兵隊はそれこそ望遠鏡の倍率を上げたのである。騎乗の発明が人類史を画する事件であったことはいくら強調してもしすぎることはない。それは書字や印刷に匹敵する。騎馬軍団が大挙押し寄せることは、いわば戦闘機がすべて爆撃機となって押し寄せるに等しいが、重大なのはそれが見ることの拡張から始まっているということである。(三浦雅士『孤独の発明 または言語の政治学講談社/2018年/p.244)

甲斐の黒駒に騎乗して富士を飛び越えた聖徳太子であるとか、ギリシャ神話における鳥の翼を持つ馬ペガサスであるとか、馬と飛翔との結び付きは、馬の駆ける速さに求められるだろう。そして、速度と飛翔とは、異界ないし冥界への連絡を可能にするのだ。《The Pale Horse and the Red Sun》において、赤い電球が底に近い低い位置にまで垂下がるのは逢魔時の表現であり、左側の隅に敷かれた砂は浜辺の表現である。いずれも現世から常世への端境を現出させているのである。"doom"が死という運命付けられた不幸なら、それからは誰しも逃れられない。「死を忘れるな(memento mori)」。《The Doom》は、死後の世界への視野の拡張であった。