可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 内藤亜澄個展『Hobby horse in the frame』

展覧会『内藤亜澄展「Hobby horse in the frame」』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー椿にて、2022年4月9日~23日。

会場の床に、バスケットボールのセンターラインをイメージさせる、直線と円弧とを表わし、手前側の"Hobby horse"と奥側の"in the frame"とに分けて16点の絵画を展示する、内藤亜澄の個展。

"Hobby horse"側(絵画11点)の中心となるのは、《今夜、必ず》(1303mm×1620mm)。青空を背にした森の手前に広がる草地に赤い布を敷いて、その上や周囲に並べた色取り取りの瓶を糸で繋ぎ、跳ねる少女の後ろ姿を表わした作品。画面の中央に位置する少女はやや前傾姿勢を取り、左足で立って右足を浮かせ、腕を広げている。ワンピースの裾、後ろ髪のみならず、両腕、とりわけ両脚が、揺れる水面に映るイメージのように波打っているのが目を引く。その揺れとは、瓶をジグザグに繋ぐ糸に沿って跳ねる少女の動きであり、自らに課したルールを守ってジャンプできるのかという不安と興奮の動悸である。のみならず、方形の赤い敷布は森によって区切られた空と相似をなしていることから、少女は空を滑空しているのであり、雲のつくる波形と一体化しているのだ。作品の手前には、左右に光沢のある布で覆われた台が置かれ、赤い紐で結び合わされるとともに、その台と床の上に敷かれた布の上には色取り取りの瓶や積み木が並べられている。絵画の内部と会場とを接続するとともに、魔術を執り行う儀式の場へ絵画を変換するようだ。
布と瓶というモティーフの共通する《山頂にて》(652mm×530mm)よりも《今夜、必ず》に近い作品は、飛翔と空との一体化をテーマとする《春と影のステップ》(1455mm×1455mm)だ。野原に置かれた黄色い脚榻の上に右足だけで立ち上がり両腕を広げた少女の後ろ姿を描いた作品で、少女は背景となる空の中に描かれることで、腕や脚の揺れる表現と波のような雲とが溶け合う構図となっている。《おしまいの合図》(910mm×727mm)でも《春と影のステップ》と同様に脚榻の上の少女が描かれるが、鮮明に描かれる木製の脚榻の安定感に比して、少女の紫のワンピースが風のために激しく揺れ、雲との一体感は損なわれている。少女の持つ赤い傘も落下傘を想起させる。飛翔ではなく跳躍と落下とに対する緊張感を表わした作品と言えそうだ。
《海峡》(455mm×380mm)は、プールサイドに立つ少年がプールの水面を覗く後ろ姿を描いた作品。裸の身体のうち、とりわけ左腕が波打つ形で描かれ、波立つ水面と同期するかのよう。砂浜に立ち足元を見つめる少年の後ろ姿を描く《海へと踏み出す》(455mm×380mm)、あるいは草原を抜けて森を目指す少年の後ろ姿を描く《冒険者》(455mm×x380mm)などから、後ろ姿が何かに挑む姿勢を未来志向で表現するものであることが分かる。
"in the frame"側(絵画5点)の中心となるのは、《今夜、必ず》と向かい合うように設置された《This is for men》(1303mm×1620mm)。アルプスのような冠雪の嶮峻を描いた絵を背景に裸の男性が長椅子に横たわり、その周囲の椅子や台の上には男性の胸像やトルソが置かれている。裸体の男性や彫刻の筋肉と、(女性の美を越える)崇高を象徴する山塊とはマチズモを表現である。だが、それと同時に、その場面は、暗い闇の中、床から浮いた板の上で展開され、上部に走る4本のカーテン・レールには、カーテンや絵の収められていない額が懸かる。撮影スタジオのセットとして呈示することで、マチズモが根拠の無い妄想であることが訴えられている。
《In the studio 2》(1000mm×803mm)には、中央でスカートの裾を抑えてポーズを取るドレス姿の女性が、暗闇の中に設えられた床と細い金属の棒で支えられた撮影スタジオにおいて、海の夕景や草地の背景シートの中に表わされる。《In the studio 1》(530mm×455mm)には、背後に山塊が聳える道の途中で振り返る男性が描かれるが、撮影スタジオであることを如実に示すのは、三脚で立てられた2つの照明のみである。大きく湾曲する黄色い道は、オズの魔法使いに登場する黄色い煉瓦道を思わせる。だがそこに佇むのはドロシーではなく、ジェームズ・ディーンのような男だ。道の先にある建物は撮影スタジオなのかもしれない。《This is for men》の世界に向かうのを、男は躊躇っているようである。