可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 岩月ユキノ個展『生活のうた』

展覧会 岩月ユキノ個展『生活のうた』
メグミオギタギャラリーにて、2022年5月20日~6月4日。

家やその内外の環境をモティーフに、人物を表わさずに暮らしを描く、岩月ユキノの絵画展。

《部屋》と題された作品は4点出展されているが、そのうちの1点《部屋》(500mm×652mm)は、正面のガラス戸越しに山を臨む和室を描く。6畳の畳には、畳まれた白い布団が中央に、その周囲に厚い本の上にウチワサボテンの鉢、円形卓袱台の上にポットと湯飲み、座布団が置かれている。部屋の左側には赤いのれんで覆った階段があり、壁には振り子時計が掛けられている。部屋の側には窓があり、窓枠には水を張った盥と手拭いが置かれ、その脇に白い猫が丸まって背中を見せている。壁からは室内に蔦が生えている。正面は全面が木製のサッシの窓ガラス越しに山を臨む。右手には胡瓜が大きく育っている。家は高台にあり、傾斜地の山林の下に広がる田畑を、山と挟んでいる。
本作品を特徴付けるのは、多数の青々とした瓢箪が天井からぶら下がっていることである。瓢箪はシャンデリアに擬態することで、同じく天井から下がる電球と調和している。部屋の中央に畳まれた布団もまた山を擬態するものである。自然と人の営みとの混淆が意図されている。開放的な部屋は周辺環境と視覚的に接続するだけでなく、鉢植え・蔦・瓢箪の存在によって、草木・田畑・山という環境と同化し、内外の境界を無効にするのだ。そして、畳まれた布団が人の気配を生み出しながらも画面に人物を表わさず、その不在を強く感じさせるのは、布団の象徴する夢を介して鑑賞者を絵画に没入させるアヴァターとして白猫を機能させるためであろう。猫の佇む窓枠は部屋の内外の境界であり、覚醒状態(現実)から夢(絵画)への移行を象徴するのである。猫となって絵画の中を探索するうち、絵画の中こそが現実となり、人間としての生活は、猫の見る夢となる。

同様に、《家》(5点展示)や《部屋》と題した作品において、家や部屋が象徴する人工とその内外の自然とは混淆している。開かれた窓や扉、描かれない壁は、人工と自然との境界を無効にする。境界の無効化は、布団やベッド、また犬や猫の眠りによって、覚醒(現実)と睡眠(夢)との境界にも応用される。個々のモティーフは具体的に表わされ曖昧な描写が無いにも拘わらず、どこか不思議な印象を受けるのは、現実と夢との境が周到に取り払われているからであろう。