映画『ビリーバーズ』を鑑賞しての備忘録
監督・脚本・編集は、城定秀夫。
原作は、山本直樹の漫画『ビリーバーズ』。
撮影は、工藤哲也。
照明は、守利賢一。
録音は、松島匡。
整音は、山本タカアキ。
効果は、小山秀雄。
衣装は、十河誠。
ヘアメイクは、重松隆。
装飾は、藤田明伸。
音楽は、曽我部恵一。
海に浮かぶ小さな島。朝、開けた丘で、3人の男女が脚を開いてお互いの足を付け合って地面に腰を降ろし、瞑想に耽っている。3人ともデニムのパンツに白いTシャツ姿。その胸には、支柱の上で翻っている旗と同じ笑顔の顔文字がプリントされている。
瞑想を終えた3人が戸外に置かれた円形のテーブルに座り、朝食を取る。今日も1日、みんなのために頑張りましょう。議長(宇野祥平)が声をかけると、残りの2人も復唱する。今日も爽やかな朝ですねとオペレーター(磯村勇斗)が言えば、穢れた外の世界とは違うと副議長(北村優衣)が感慨を漏らす。食料はどれくらいありますか。オペレーターの問いに、水はまだあるが食料は明日までの分しかないと副議長が報告する。議長は、食欲に惑わされることなく、今日も1日みんなのために頑張りましょうと訴える。議長が見た夢を報告する。冒険、スリル、ロマンス、戦争と平和、死と再生云々。素晴らしい夢を見たと感動するとともに、その再現ができないことを議長は嘆く。夢を再現できていたら売れっ子小説家になっていたでしょうとオペレーターが言うと、それなら会に入ることはなかったと能力を惜しがっていない様子。副議長は第三本部長(毎熊克哉)が夢に出てきたが、はっきりしたことを覚えていないと言う。議長は隠し事なく告白するよう釘を刺す。オペレーターが夢に先生(山本直樹)が出てきたと打ち明けると、残りの2人は驚く。つらいだろうがみんなのために頑張れとおっしゃっていたと話すと、現状はつらいでしょうかと副議長が疑義を挿む。汚濁に満ちた社会に比べれば島での生活は恵まれています。議長は、3人ともまだまだ念じ方の足りない未熟者だと話を纏める。
プレハブ小屋に移ると、オペレーターがPCを使って本部との通信を行う。議長と副議長は背中合わせに座って、それぞれが紙に頭に浮かんだイメージを描いて見せ合う。全体的に丸い感じが似ていると議長が言うと、副議長がテレパシー成功と記録する。オペレーターが先生の声が届いていると報告を上げると、議長はカセットテープに録音するよう指示を出す。
かつて島が要塞であった名残である地下壕に向かった3人は、段ボール箱を運び出して軽トラへ積み込む。議長がハンドルを握り、助手席の副議長が先生の声をラジカセで流す。荷台のオペレーターも含め全員で先生の言葉を繰り返す。見えるものだけが存在する、見えないものは存在しない。見えるものだけが存在する、反省は敵だ。前へ後ろへそれから上へ。あなたの夢の中に入れてくれるなら、私の夢の中に入れてあげよう。
海岸に近い倉庫。解錠するが、期待した食料は届いていない。皆でトラックの積み荷を倉庫に移す。3人は海岸へ降りて散策する。何でこんなにゴミがと訝しむ副議長。オペレーターが潮の流れで漂着するのだと説明する。2人からやや離れた位置を歩いていた議長は打ち上げられた週刊誌に目を留める。
プレハブ小屋に戻った3人は、バスタブに溜めた水が腐っているのを確認し、捨てることにする。最近雨が降っていないからな。今日から風呂なしか。バスタブを傾けると、濁った水の中からカメが出てきた。どうやって入ったんだとオペレーターは驚きを禁じ得ない。
未明。ボートが島に接岸し、懐中電灯で照らしながら乗員が倉庫に向かい、荷物の交換を行う。その頃、プレハブ小屋の3人が寝入り込んでいた。オペレーターは階段を上がる夢を見る。階上には女性が立っているが、彼女の顔は見えない。オペレーターはその脚に目を奪われ、思わず手を伸ばして肌に触れる。彼は手をゆっくりと上へと滑らせていく。
島にまた朝が訪れる。オペレーターは女性の脚に触れた夢を見た報告をする。ごく断片的な情報に、議長と副議長は本当のことを言わないと意味が無いとオペレーターを問い詰める。すると、観念したオペレーターは、夢精したことを白状する。強制終了しなかったのかと副議長が尋ねると、そのコツは摑んでいないとオペレーター。議長は邪気を払うためにオペレーターに穴を掘って入るよう指示を出す。
半身を穴に埋めたオペレーターを気遣って、副議長が水を持って来る。大変ですね。邪気が汗と一緒に染み出ていくようで心地よいです。それより淫夢を見た自分が情けない。自らを卑下するオペレーターを、副議長は、恥ずかしい事柄を正直に告白する勇気はなかなか持てないと慰める。副議長さんも淫夢を見るのかと尋ねると。副議長は言葉を濁す。副議長の隠し立てに気づいたオペレーターは、緊急提議しますとプレハブ小屋の議長に向かって大声を上げる。
先生(山本直樹)が率いる会のメンバーである議長(宇野祥平)、副議長(北村優衣)、オペレーター(磯村勇斗)の3人は、かつて要塞として使われていた無人島で、先生の言葉を復唱し、瞑想し、夢の報告をし、念を送り合う、俗世間とは隔絶した生活を送っている。会の第一本部とはメールのみでやり取りし、物資を運ぶために定期的にやってくるボートの乗員との接触も禁じられている。食料は先生によって浄化されたものだけを口にしているが、その備蓄が底を突いた。淫夢を見て夢精したオペレーターは、自ら掘った穴に埋まって、自らの穢れを浄化するよう議長に指示される。その際、副議長も淫夢を秘匿していたことが発覚し、やはりオペレーターの隣に掘った穴に入ることになる。一旦は小麦粉の配給で食いつなぐことができたが、再び食料が涸渇する。そこへ水槽に入った、強い腐臭を放つ紫の団子のようなものが届けられた。身体を壊すことを懸念するオペレーターや、スパイによる陰謀を唱える副議長に対し、第一本部が腐った食料を送ってくるはずがないと口にした議長が体調を崩し倒れてしまう。副議長とオペレーターは議長のために海で食料の採取に当たる。死期を覚った議長は、海岸で拾った週刊誌を隠し持っていたことを告白する。雑誌には、会が迫害を受け、財政が逼迫している旨の記事が掲載されていた。議長はその報道が真実であるために食料の配給が滞っているのではないかと推測した。副議長とオペレーターは議長の命を救うためにボートの乗員と直接交渉しようとと海岸で待ち伏せることにする。淫夢の件で2人で穴に入って以来、2人で過ごす時間が増え、2人の距離は物理的だけでなく心理的にも縮まっていた。
濁った浴槽の水は、食糧不足など孤島の生活条件の悪化を表わす。濁った水の中にいつの間にか入り込んでいた亀は性的欲求の象徴であり、その亀が浴槽から放たれることで、性欲が解放されることが示唆される。
冒頭、島を上空から捉えるカメラは、海岸から内陸へと進み、瞑想する3人が足を合わせて座る間へ降り、自転するカメラが3人の顔を順に映し出していく。カメラの回転によって、俗世と隔絶した彼らの生活へと巻き込まれていく感覚を生み出す。足を合わせて座る3人、プレハブ小屋の換気扇の羽根、円形の地下壕など、いずれも回転し、渦を生み出すイメージを強化していく。
巻き込まれていくという点では、オペレーターが呑み込まれる大波も象徴的。欲望に囚われる前兆であるが、果たして欲望を生み出すものが外的要因であったのか、大波の存在は現実か夢か区別が付かない。
デニムのパンツに開いた穴は女性器のメタファーになっている。地面に穴を掘って入る作業もセックスを暗示する。精神的危機を迎えた者たちにとってシェルターとしても機能している地下壕もまた穴であり、副議長の身体を象徴する。男たちはそこに吸い寄せられていく。
俗世間の穢れを避けるために孤島で生活を送る3人は、身体の汚れを蓄積させていく。それは匂いの発散を不可避とし、欲望を高める。
家庭という一種の閉鎖環境での夫の暴力から逃れるべく会に入った副議長は、やはり閉じた環境である島において暴力を受けるようになる。そのことが会に対する疑義を決定的なものにする。家庭では夫との関係であったが、孤島では議長に加え、オペレーターが存在する。オペレーターの存在が、夫に対してはできなかった抵抗を可能にした。
高い圧力を持つ宇野祥平に物怖じすることなく堂々と渡り合う北村優衣は、山本直樹の、そして城定秀夫の描き出す世界のミューズを見事に体現する。