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芸術鑑賞の備忘録

映画『バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー』

映画『バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス・ベルギー合作映画。
83分。
監督は、フィリップ・ラショー(Philippe Lacheau)。
脚本は、フィリップ・ラショー(Philippe Lacheau)、ピエール・ラショー(Pierre Lacheau)、ジュリアン・アルッティ(Julien Arruti)、ピエール・デュダン(Pierre Dudan)。
撮影は、バンサン・リシャール(Vincent Richard)。
美術は、サミュエル・テセール(Samuel Teisseire)。
衣装は、クレア・ラカーズ(Claire Lacaze)。
編集は、マーク・ダヴィド(Marc David)。
音楽は、マキシム・デプレ(Maxime Desprez)、ミカエル・トルディマン(Michaël Tordjman)。
原題は、"Super-héros malgré lui"。

 

誰にでも人生で叶えたい夢があるよね。僕は映画界で有名になりたい。父に誇りに思ってもらいたい。いつの日かポスターにドンと僕の名前が載ればなあ。僕はセドリック・デュジモン(Philippe Lacheau)。今、夢がかなうかもしれない重要な局面なんだ。
セドリックはプロデューサー(Chantal Ladesou)のオフィスのソファで彼女が来るのを待っていた。電話でキャスティングについて俳優とやりとりしながらオレンジのスーツのプロデューサーがやって来る。テレビはまだ直らない? 修理工は微妙なジェスチャーをするだけ。どっちなのよ。彼女はセドリックをじろりと眺めると、「バッドマン」と題された台本を机に置く。セドリックの向かいに座った彼女が説明する。私の次回作は『バッドマン』。スーパーヒーローもののフランス版よ。アメリカ人がキャプテン・マーヴェルを呼ぶなら、キャピテヌ・マーロウを手懐けないと。すごい。…でも「バッ「ド」マンがバッ「ト」マンに聞こえたらどうしようなんて思わないんですか? 何の繋がりもないもの。どんな力があるんです? 予算はないけど、ガジェットと「バッドモービル」という車を用意してる。それと悪役の道化師を演じるのは彼よ。プロデューサーが雑誌を取り出して表紙の人物を見せる。アラン・ベルモント(Georges Corraface)! 大物ですね。僕が若い頃にこの仕事をしたいと思わせた人ですよ。税務調査が入って悲惨な状況なの。ヴォクレソンの城を撮影のために貸してくれるって。あなたには主役のキャスティングのために来てもらったのよ。理由は2つ。1つは、他の役者に断られた。もう1つは、あなたが完璧に合ってるのよ、ひどい負け犬に。でもひとたびコスチュームを身に付けたら精力を漲らせるのよ、男らしさを感じさせるの。修理していたテレビが直り、プロデューサーの背後では、探検家の恰好をしたセドリックがジャングルで歌いながら自らの股間を確認して、極小サイズコンドーム(極小)を宣伝するコマーシャルが流れる。プロデューサーの眼には入っておらず、セドリックは男を感じさせるヒーローになれるとの期待を失わずに済む。セドリックは、窓越しに巨大な広告を目にする。『最凶のふたり2 彼は再び歩き出す』。あなたのプロデュースですか? 第1作はすごく好きです。続編って難しいのよ。広告が極小コンドームの「スモレックス」に切り替わり、極小の股間を見るために虫眼鏡を手にするセドリックの姿が現れる。
セドリックの部屋。中央のカウチにはセドリックと2人の友人が向かい合わせで座っている。主役の件はどうなった? アダム(Tarek Boudali)が尋ねる。よく分からないんだ。僕がいいって、役にはまってるってプロデューサーは言ってたけど。ちょうど恋人に捨てられたところで、ちょうどいい面をしてると思ったんだ、とアダムが茶々を入れる。未練たらたらでフェイスブックの更新もできないし、とセブ(Julien Arruti)が付け加える。僕が彼女に捨てられたんじゃなくて僕が彼女から去ったんだ。彼女の家で生活してたのはいいけどさ。お前は真っ当な仕事を探したくないんだよ。アダムはセドリックに壁際に積み上げられた段ボール箱が天井にまで達しているのを示して、役者の仕事はもう限界なんだと示唆する。そこへフィットネスウェアに身を包んだエレオノル(Élodie Fontan)がプロテインシェイカーを振りながらやって来る。にこやかに挨拶を交わすが、突然彼女は血相を変えて、セブの座っているソファの赤い染みを指摘する。セブとアダムが知らないと狼狽えると、エレオノルは前からあった兄貴の血だと笑ってトレーニング・マシーンへ向かう。妹のヨーグルトを食べたんだと小声で自白するセドリック。哀れな奴だ。兄貴は君の部屋に転がりこんだばかりかヨーグルトをこぼしてるぞ。エレオノルはセブの言葉を聞き流す。最高じゃないか。ブーメランが返ってくるぞ。お前こそ俺のお袋と暮らしてるじゃないか。彼女と付き合ってるんだから当然だ、と開き直るアダム。俺にとっちゃ問題なんだよ。セブ、自分の母親が幸せだってのに嬉しくないのかよ。まあ、いいや。宅配ピザを頼んでおいて良かった。1人13ユーロな。アダムの突然の提案にセドリックは動揺する。立て替えてくれないか。月末に口座を確認するから。もう月末じゃない、とベンチプレスでバーベルを上げながら兄を突っ込むエレオノル。僕が取りに行くから。フレデリックはフードデリバリーサービスのバックパックを背負うと部屋を出て行く。チップは渡さないよな。渡すもんか。サイトに文句を書き込んでやろう。

 

売れない役者のセドリック・デュジモン(Philippe Lacheau)、同棲していた恋人に振られ、これといった収入もないために、妹のエレオノル(Élodie Fontan)の部屋に居候していた。映画で主演を務め、警察署長の父ミシェル(Jean-Hugues Anglade)の自慢の息子になるという夢は叶う日が来るだろうか。ところが、映画プロデューサー(Chantal Ladesou)からアクション映画『バッドマン』の主演候補として声をかけられる。冴えない落ちこぼれが打って変わってマッチョなヒーローになる。プロデューサーはその落差を体現するのにセドリックがうってつけだと目を付けたのだ。ところが、セドリックが奇矯な歌と踊りを満面の笑みで披露していた極小サイズ用コンドームの広告を目にして、プロデューサーは考えを改めてしまう。
金のないセドリックは、友人のアダム(Tarek Boudali)が注文したピザをデリバリーしようと道を急いでいたところ、鞄をひったくられた老人から犯人を捕まえるのに協力しなかったと責められる。杖で殴られたセドリックが堪らず壁を乗り越えて逃げ込むと、老人の杖にひっかかったパンツがずり落ちて、園児たちの前に下半身を曝け出している自分に気が付く。セドリックは父の警察署長から事情聴取を受ける羽目になる。
友人のセブ(Julien Arruti)の家にいたセドリックの電話に、プロデューサーから連絡が入る。バッドマンに決まったとの連絡に、セブやアダム、アダムと交際しているセブの母親ブリジット(Valeria Cavalli)とともに大喜びするセドリック。ところが、プロデューサーは、ルドヴィックと勘違いして電話をかけていた。

セドリックが役者として大成せず、とりわけ警察署長として社会的地位のある父ミシェルとの関係で、劣等感を抱いている。極小サイズ向けのコンドームにコミカルに出演するセドリックの挿話は、マッチョな男性像にふさわしくないとのネガティヴな評価をプロデューサー(女性)から下されることを表わすのみならず、劣等感の象徴として短小な陰茎があり、それを自虐的な笑いに転化することでやり過ごすしかない状況を描いている(フランスのシンボルである「ガリアの雄鶏(le coq gaulois)」にもcock=陰茎が含まれているではないか!)。
セドリックは自動車事故をきっかけに、過去の自分を忘れ、事故当時身に付けていたバッドマンの衣装によって、自分をスーパーヒーローだと認識する。コンプレックスによって自らにかかっていたリミッターが、意識の変化により解除されるのだ。主人公の外見の変化の有無という違いはあるが、事故をきっかけに劣等感に苛まれる主人公が自信を持つようになるという点では、『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング(I Feel Pretty)』(2018)に近い。
セドリックが自身を得たことは、劇中劇『バッドマン』の結末で明らかになる。(バッドマンのモノではないが)、陰茎が増大して大団円を迎えるのだ(ケルヒャーの掃除機なら伏線も回収できます!)。
バットマンはもとより、アヴェンジャーズなど、DCコミックスやマーヴァル・コミックスといったアメリカン・コミックを原作とした映画へのオマージュが鏤められている。ところで、セブの名は『ラ・ラ・ランド(La La Land)』(2016)の主人公のセブからとられているのだろうか。夢を見ていたのだ。