可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ラ・メゾン 小説家と娼婦』

映画『ラ・メゾン 小説家と娼婦』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のフランス・ベルギー合作映画。
89分。
監督は、アニッサ・ボンヌフォン(Anissa Bonnefont)。
原作は、エマ・ベッケル(Emma Becker)の小説"La maison"。
脚本は、アニッサ・ボンヌフォン(Anissa Bonnefont)とディアステーム(Diastème)。
撮影は、ヤン・マリトー(Yann Maritaud)。
美術は、クラリス・ドフシュミット(Clarisse d'Hoffschmidt)とミロシュ・マーティニアック(Milosz Martyniak)。
衣装は、エマニュエル・ユーチノウスキー(Emmanuelle Youchnovski(。
編集は、マキシム・ポジ=ガルシア(Maxime Pozzi-Garcia)。
音楽は、ジャック・バルトマン(Jack Bartman)。
原題は、"La maison"。

 

これまでの人生で馬鹿げたことを考えたことが何度かあった。常に頭にあったのはこれだ。初めて思いついたのは心が砕けたときだと思う。でも正直に打ち明けると、実際にはそれよりずっと前からだった。たぶん少女と女性との違いが分かり始めたとき。ひょっとしたら読書をするようになったとき。それか最初の小説を書いたとき。単に初体験のときだったかもしれない。おそらく若い女性がこんな場所で何をしてるんだって思うだろう。いい質問だ。いい物語になる。結局のところ、私はそう思ってる。
赤い照明に照らされた部屋でエマ(Ana Girardot)が禿げ頭の太った中年男に後ろから犯されている。男は激しく腰を動かし、エマの胸を揉みしだく。エマは冷静な表情を浮かべている。
始まりは1年半前。ある晩交際相手とベルリンの街を歩いているときだった。
娼館を訪ねようとするエマをステファヌ(Yannick Renier)が追いかける。完全に狂ってるよ、エマ。あなたのことはよく分かってる。きっと気に入るわ。信じてよ。見ろよ、エマ、ドイツ人は違うな。娼館の隣に心理療法士だぜ。説明してよ。結婚記念日のお祝いって。来たがったのは君だろ。君が言えよ。結婚指輪もしてないのにすぐにバレるよ。そんなこと気にしないわよ。エマが回転木馬という娼館の呼び鈴を鳴らすと、怖じ気づいたステファヌが建物から逃げ出す。やむを得ずエマもステファヌの後を追って退散する。
夜。エマの部屋。ステファヌとベッドをともにしたエマが起き上がって煙草を吸う。眠れないのか? そう。スエファヌも体を起こす。どうしたんだ? 分かるでしょ。あなたが来る前は孤独でどうしようもなかったのに、今は息苦しさを感じてる。難しい女だな。精神分析医が儲けられそうだ。馬鹿言わないで。
朝。妹のマドレーヌ(Gina Jimenez)がキッチンに立つエマのところに朝食を取りにやって来る。ステファヌは? ロンドンに戻ったわ。既婚者と寝るのに抵抗感ないの? ないわ。だからこそうまくいってるんだから。よく眠れた。ここが気に入ったわ。そう言えば、すごく変な夢を見たの。姉さんがサイン会をしている夢。行列が出来てた。でもサインしているのは自分の本じゃなくてポーランドの歴史の本なの。ポーランドの歴史? でも姉さんの名前が入ってた。それに私がサインしてるわけ? そう、当然みたいに。変なのは私がその本を書いたことなの、それともサイン会に行列が出来てること? 姉さんの本は売れたでしょ。次のテーマが決まらないから自信を失ってるのね。エマは珈琲を飲みながら煙草を吸う。
エマは娼館回転木馬を訪れる。館主の女性(Ruth Becquart)はエマに英語で説明する。信用のある店よ。所属するのは熟練の女性たちばかり。分かります。初めて? 初めてとは? 娼婦の経験はあるの? はい、もちろん。本当にフランス人なの? もちろん。ベルリンで働いてるの? いいえ、実は最近越してきたばかりで。オーナーはいい人ですか? オーナーは女性に触れることはないわ。彼を見かけることさえさえまずないの。但し、見てはいるの。館主が監視カメラを示す。それで、名前は決めたの? 名前? 本名を名乗るつもりはないでしょ。ジュスティヌ。ジュスティヌね、じゃあ、この紙に名前を書いてくれる? ロッカーを用意するから、鍵は管理してね。館主は控え室の案内をミカに任せると、ロッカーにエマを連れて行く。客を1人取るごとにシャワーを浴びてね、それかビデ。石鹸は使いすぎないように、炎症を起こすから。ええ。
ジュスティヌを伴った館主が老齢の客にドイツ語で説明する。1時間で射精は2回まで。それ以上は20ユーロの追加料金。口へのキス、コンドームなしで咥えさせる場合にも20ユーロ追加。だけどジュスティヌはしないわ。1時間の通常ので結構。館主に支払いを終えた客に付いてきてとジュスティヌが声をかける。ジュスティヌは先に階段を上がる。廊下では部屋からの喘ぎ声が漏れ聞こえる。部屋に入る。
ジュスティヌはコンドームを2つベッドに取り出しておく。服を脱いだ客に音楽をかけるか尋ねる。結構だ。シャンパンは? 20ユーロです。要らんよ。来てくれ。ベッドに横たわった男に求められる。跨がってくれ。ジュスティヌが男の腰の辺りに跨がる。見せてくれ。男はジュスティヌの服を下げ、乳房を露わにさせると、手をかけて乳首をいじり始める。

 

フランスの作家エマ(Ana Girardot)は既に2冊の自著を上梓していたが3冊目のテーマが見つからない。長年温めていた娼婦をテーマに執筆することを思い立ち。交際する既婚の作家ステファヌ(Yannick Renier)とベルリンに滞在した際、結婚記念日を装ってベルリンの娼館「回転木馬」に入ろうとするが、いざとなって彼は尻込みしてしまう。エマはベルリンに拠点を移し、娼館「回転木馬」に娼婦として潜入取材を始める。ステファヌや妹のマドレーヌ(Gina Jimenez)が危険だと反対するが、エマは意に介さない。ところがある日、エマはコカインを無理矢理吸引させる暴力的な客に当たってしまう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

娼婦を描くために実際に娼婦として娼館で働いてみた作家の物語。
客を待つ際にメモを取ることを禁じられたのと暴力的な客に遭遇したことをきっかけに「回転木馬」から「ラ・メゾン」へ娼館を移る。「ラ・メゾン」では、娼婦たちと連帯感を築く。但し、他人には詮索しながら自らについては秘密主義を貫くドロテ(Carole Weyers)には信用されない。
エマにも親切なブリジダ(Rossy de Palma)は、以前「普通の」仕事を掛け持ちして働いて娘に会えない日々を送っていたのが、娼婦として働くようになって娘との時間を持てるようになったと述懐する。
デリラ(Aure Atika)はロルナ(Loriane Klupsch)の言葉を引き取って、娼館はパラレルワールドであると言ってみせる。デリラは性器を用いずにいかに射精させるかについて熟達している。彼女は娼館において男性=能動と女性=受動の関係を反転させるのだという。それは、現実社会の反転像を現出させているとも言える。
エマは娼婦たちに感銘を受ける。エマは付き合い始めたイアン(Lucas Englander)に娼婦をしていると告白する。イアンは満足させる自信がないと溢すが、エマは娼館が金銭を介在させた全てが機械的に進行する世界だと訴え、イアンに満ち足りていることを告げる。