可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『きっと、それは愛じゃない』

映画『きっと、それは愛じゃない』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のイギリス映画。
109分。
監督は、シェカール・カプール(Shekhar Kapur)。
脚本は、ジェマイマ・カーン(Jemima Khan)。
撮影は、レミ・アデファラシン(Remi Adefarasin)。
美術は、サイモン・エリオット(Simon Elliott)。
衣装は、キャロライン・マッコール(Caroline McCall)。
編集は、ガイ・ベンズリー(Guy Bensley)とニック・ムーア(Nick Moore)。
音楽は、ニティン・ソーニー(Nitin Sawhney)。
原題は、"What's Love Got to Do with It?"

 

室内には花を飾った舞台が用意され、そこに坐った新郎のファルーク(Mim Shaikh)と新婦のヤスミン(Iman Boujelouah)がはにかむ。
ゾーイ(Lily James)が自室でラップトップに向かって1人作業していると、母キャス(Emma Thompson)から結婚式が始まったとスマートフォンにメッセージが入った。慌てて着替えをして家を出る。橋の上でタクシーを捕まえると、車内で化粧を済ます。向かったのは実家の隣に立つカーン家。壁面の電飾で輝いている。ゾーイが家に入ると、踊る人たちの中にキャスの姿もあった。ゾーイは新郎の母アイシャ(Shabana Azmi)と挨拶を交わす。ゾーイの電話が鳴り、すぐに会場を飛び出す。すぐにどっかに消えちゃうとキャスが嘆く。
そちらに伺って話し合ってもいいですか? 他にもアイデアがありますから。庭に出て映画プロデューサーとの電話を終えたところで、ツリーハウスで煙草を吸っていたカズ(Shazad Latif)に声をかけられる。これはこれは受賞ドキュメンタリー作家さん。サインを頂けます? カズ、何してるの? いつも通り、隠れて一服さ。ご両親はあなたの喫煙をまだ知らないわけ? 僕は癌の専門医だからね。体裁は良くないよな。でも僕が結婚するから両親も幸せなんじゃないかな。あなたが結婚? おめでとう。幸運な女性は誰なの? まだ分からないよ。どういうこと? 結婚に関しては伝統に従うからさ。お見合いするんだ。結婚の手助けを受けるってことだ。自殺幇助みたい。知らない人と結婚なんて考えられないわ。知り合いと結婚するより楽かもしれない。絶対結婚したくなかったんだよな? 絶対は言い過ぎよ。まだ選考中なの。これはという人に出会ってないの。これはという人か。ドラマシリーズの全話を一緒に見られる人が理想。ところで妹さんは? ジャミラ(Mariam Haque)? 都合が付かなかった。そろそろ戻ろうか。新しい隠れ家を見付けないと。この樹を伐採するらしいから。まさか。そうなんだ。悲しい。私たちの樹なのに。
ゾーイとカズが式に戻ると、賑やかな会場でファルークやキャスが踊っていた。
踊って酔いが回ったキャスがアイシャに礼を言ってゾーイとともにお暇する。素晴らしくエキゾティックだったわね。ハレムってこんな感じかしら。エキゾティックっていい外国風ってこと。そうよ。そこにアイシャがビリヤニ持って来てくれた。ありがとう。カズが奥さんを探して欲しいってあなたに頼んだなんて信じられない。あなたは何て恵まれてるのかしら。ゾーイなんて旦那はおろか服を選ぶのだって許さないのに。ろくでもないのしか見付けてこないからでしょ。アイシャは親子の言い争いを止めて式に戻る。キャスとゾーイもアイシャに挨拶して隣に立つ家に入る。
ゾーイは映画制作会社にプロデューサーのサム(Ben Ashenden)とオリー(Alexander Owen)を訪ねる。君のドキュメンタリーはいいよ。『施設の子ども』ですか? そう。良かった、期待してたんです。残念ながら次回作の企画はねえ。破産裁判所とか、名誉殺人とか。暗い。憂鬱。好きだけどね。でもまあ評価は出来ない。もっと明るいのがいい。登場人物の魅力で引っ張るとかさ。心温まる作品。あれこれ考えてみたけどさ、名誉殺人がテーマで気分が良くなるなんて作品はないでしょ。まあ、ないでしょうね。足を運んでもらって悪いけど。雲の裏には太陽があるって言うし。前向きにね。ちょっと待ってもらえます? 現代の多文化の英国における見合い結婚はどうです? 何だって? 両親がパキスタン出身の幼馴染みの話です。幼馴染みはパキスタン生まれ? いいえロンドン生まれです。文字通りお隣さんで、一緒に育ちました。彼がちょうどお見合いをすることにしたんです。私なら両親の選んだ赤の他人と結婚する彼に密着取材できます。幼馴染みはどんな人なの? 素晴らしいです。面白くて格好良くて。面白いっていいね。本当に面白い人なんです。お見合なんてするとは思えない人。お見合いで結婚した他の夫婦にインタヴューもできます。年上も、年下も、幸せな夫婦も、そうじゃない夫婦もです。さながら『恋人たちの予感』だな。『ラプラス恋人達の予感』ってとこか。強制的な結婚じゃありませんよ。幼馴染みの彼が決めたんです。『マイ・ビッグ・ファット・アレンジド・ウェディング』。気に入った。お見合いって中世の政略結婚みたいなものを想像しますけど、実際のところは進化しています。両親が相応しいと思う相手を薦めるだけなんです。気に入った。『お先にミート・ザ・ペアレンツ』だな。彼女が『プリティ・ウーマン』だといいねえ。『ラブ・コントラクチュアリー』。気に入ったよ実のところ。女性監督ってのもポイント高いな。幼馴染みの彼や彼の家族の了解は取り付けてあるんだよな? 完璧です。

 

ロンドン。ゾーイ(Lily James)は受賞歴のあるドキュメンタリー映画監督。ファルーク(Mim Shaikh)とヤスミン(Iman Boujelouah)の結婚式のために実家の隣のカーン家を訪れた。電話で庭に出た際、ツリーハウスで一服するカズ(Shazad Latif)から声をかけられる。カズはファルークの兄でゾーイの幼馴染み。今は腫瘍専門の外科医をしている。カズは父ザイード(Jeff Mirza)と母アイシャ(Shabana Azmi)のお見合いの提案を受け容れたと言う。面白くて見た目もいいカズがお見合いと驚くゾーイ。カズ曰く恋愛結婚では過半数が離婚するのにお見合い結婚なら6%に止まるという。相手はこれから決めるらしい。ゾーイは映画プロデューサーのサム(Ben Ashenden)とオリー(Alexander Owen)に破産裁判所や名誉殺人で撮ることを訴えるが暗いと却下される。心温まる面白い作品を求められたゾーイは、パキスタンにルーツのあるムスリムで画になるカズに密着して、多文化英国の現代お見合い結婚を撮るとその場で思いつく。卓球で勝ってカズに事後承諾を得たゾーイは、結婚相談所でモー(Asim Chaudhry)と面談するザイード、アイシャ、カズに同行する。一方、カズのお見合いに刺激を受けたゾーイの母キャス(Emma Thompson)は、獣医のジェイムズ(Oliver Chris)と娘を結ばせようと画策する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

映画監督のゾーイがパキスタンにルーツのある幼馴染みカズの見合い結婚のドキュメンタリーを撮影する過程で、相手に対する愛情に気づいていくというテンポの良いラヴコメディ。ゾーイとカズの想い出のツリーハウスは、幼い2人、幼い愛、秘めた思いなどを象徴する。
カズの両親ザイードとアイシャも見合い結婚だった。最初の1ヵ月はほとんど口を利かなかったという。とろ火で煮るように愛を育むことを訴える。
恋愛結婚を描くことで、お見合い結婚に対するイメージが相対化される。カズの妹ジャミラは異教徒デイヴィッド(Michael Marcus)との恋愛結婚をきっかけにカーン家に絶縁されてしまう。ファルークの結婚式にすら呼ばれない。また、ゾーイの親友ヘレナ(Alice Orr-Ewing)とハリー(Peter Sandys-Clarke)は、双子の娘リリー(Grace Askew)とモード(Lolly Askew)という子宝にも恵まれたが、ハリーの浮気が発覚する。
結婚(に求めるもの)とは何かという問いを提示する。
カズの結婚相手となる、パキスタン在住もの静かな女性マイムーナ(Sajal Ali)は法学徒。人権派の弁護士を志している点に後の展開が暗示される。
ムスリムが偏見に晒されていることを台詞で示しつつ、3日間続くパキスタンの結婚式や、スーフィズムの音楽などが魅力的に描かれる。
ヘレナの家に子守に行くと、ゾーイはリリーとモードに有名な童話をアレンジして語る。「蛙の王様」を話すとシンデレラをせがまれるのは、Lily Jamesが『シンデレラ』(2015)に出演しているからだろう。
映画プロデューサーとの会話では恋愛コメディ映画の名前が次々に飛び出す。ゾーイの部屋には映画『裏窓(Rear Window)』(1954)のポスターが貼られているのは、ゾーイが私生活を覗き見ることを暗示しているのか。