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芸術鑑賞の備忘録

映画『母性』

映画『母性』を鑑賞しての備忘録
監督は、廣木隆一
原作は、湊かなえの小説『母性』。
脚本は、堀泉杏。
撮影は、鍋島淳裕。
照明は、北岡孝文。
録音は、深田晃。
美術は、丸尾知行。
装飾は、藤田徹。
スタイリストは、高橋さやか。
ヘアメイクは、永江三千子。
編集は、野木稔。
音響効果は、佐藤祥子。
音楽は、コトリンゴ

 

何をすれば母は私を必要としてくれるのだろうか。愛してくれるのだろうか。
田園地帯にある屋敷。庭に立つ大きな桜の木。枝にかけたロープで首を括った制服姿の少女がぶら下がっている。
高2女子死亡。発見者は母親。県立高校2年の女子生徒が自宅の庭で倒れているのを母親が見つけ119番通報した。生徒は搬送先の病院で死亡が確認され…。
高校の職員室。教師2人が女子高校生の首吊りのニュースを話題にしている。母親の愛能う限りっていうコメントが胡散臭いと事件と勘繰る女性教師(さとうほなみ)。自殺した生徒の高校が前任校だった男性教師(淵上泰史)も、彼女は自殺するような生徒ではなかったと言う。担任も彼女に悩む様子は無かったって…。前の席で交わされる2人の会話を田所清佳(永野芽郁)が黙って聞いている。
清佳が廊下を歩いていると、桜の花びらが舞い込んでいるのに気が付く。外では満開の桜の花が散り始めていた。
人気の無い教会の礼拝堂。田所ルミ子(戸田恵梨香)が1人跪いて祈りを捧げている。ルミ子は告解室に入る。私は愛能う限り娘を大切に育てて来ました。神父(吹越満)が、あなたの言う愛能う限りとは何でしょうか、と尋ねる。溢れ出す感情をそのままに話してみて下さい。
私は24歳で結婚しました。当時通っていた市民センターの絵画教室に田所哲史(三浦誠己)がいました。彼の描く絵は暗くて嫌いだったんです。課題で描いたバラの絵が選ばれて展示されることになり、母(大地真央)に報告しました。仁美(中村ゆり)がね、私の絵を見たら愛されてもらってるのが分かるって。彼女は役場で働いていて教養があるもの。あなたの絵に愛が溢れているのはね、私たちの愛をあなたが受け止めてくれたからよ。母と展示を見に出かけたところ、私の作品の隣に飾られた田所のバラの絵を、生き物の一番美しい瞬間を映していると、母がとても褒めました。母と異なる評価をしていたことに私は動揺しました。そこで田所に絵を譲ってもらえないかと持ちかけました。田所は私が彼の作品を気に入ったことに驚いていましたが、母の言葉をアレンジして伝えて納得させました。田所から送られた絵にはリルケの詩集が添えられていて、それも母を喜ばせたものです。すぐに田所から2人だけで会えないかと誘われました。
3回目のデートで出かけたジャズ喫茶で、私は田所から結婚を切り出されました。1度母に相談してから返事をしたいと伝えると、彼も自分の親に会わせたいとのことでした。田所の幼馴染みの仁美からは、彼が面倒な性格で、なおかつその母親がもっと厄介だと忠告されましたが、私は田所の家を訪ねました。私を気に入らない大人などいないという自信があったんです。彼の父(加藤満)と母(高畑淳子)は出迎えはしてくれましたが、終始素っ気ない態度でした。気に入られてないみたいと田所に訴えると、あの人たちはいつもああだからと慰められましたが、私は落ち込んで帰宅しました。母は、湖の底に沈めた情熱をお日様に当てる機会を待ち望んでいると独特の比喩を用いて田所の気持ちを推し量るので、私はお日様になれるかしらと不安を洩らしました。するとこんなに幸せにしてくれているじゃないのと褒めてくれるので、私は周りの人を笑顔にしたいと口にしていました。絵画教室で田所にどんな家庭を築きたいか尋ねたところ、陽の当たる美しい家庭を築きたいとの答えを得て、私は喜びの感情が湧き上がり、その場であなたと結婚しますと伝えました。
新居は雑木林の中に立つ屋根と外壁がピンク色の一軒家で、周囲に花壇もありました。室内の壁は水色です。私たちを結び付けたのだからと母から譲られた田所のバラの絵は寝室に飾ることになりました。夫よりも早く起きて朝食と弁当を作り、夫を起こして一緒に食卓を囲み、弁当を手渡して夫を仕事に送り出します。母から料理を習って食事のレパートリーを増やしても、髪を切っても、窓の掃除をしても、田所は褒めてくれません。それでも母が褒めてくれれば、それだけで私は幸せでした。ある日、吐き気を催し、自分の中に生き物が存在する。その生き物が私の身体を突き破って出て来る。それはとても恐ろしいことでした。母は身籠もった私に怖がらなくていいと、そして、今は2倍の幸せを感じているの、自分の命がより未来に繋がっていると分かったんですもの、と言ってくれました。お腹の中の生き物を育てるのは花を育てることや絵を描くのに似ています。母の喜ぶ顔が見たいとの一心でした。分娩室に夫しか入れないと知ったときには病院の選択を誤ったと後悔しました。それでも無事出産すると、すぐに看護婦さんが母を中に入れてくれました。夫から赤子を抱かせてもらった母は今日ほど嬉しい日はないわ、愛する娘がこんなに素晴らしい宝物を授かったんですものと喜び、本当によく頑張ったわねと褒めてくれました。

 

教会の告解室。田所ルミ子(戸田恵梨香)が神父(吹越満)に告白している。ルミ子は24歳の時、市民センターの絵画教室に通っていた田所哲史(三浦誠己)と結婚する。ルミ子は田所の絵は暗いと嫌っていたが、母(大地真央)が生命の最も美しい瞬間を切り取っていると彼の絵を気に入ったために、彼の絵を譲り受けたことをきっかけに交際が始まった。友人の佐々木仁美(中村ゆり)からは田所の母親(高畑淳子)は厄介な人物だと忠告された上、実際に挨拶に訪れた田所の両親のつれない態度から不安に駆られるが、母に励まされて田所との結婚を決意する。ルミ子は結婚しても、いつも自分を評価してくれる母を喜ばせることに心血を注いでいた。娘の清佳(落井実結子)に対しても、周りの人たちの気持ちを考えて行動するよう躾けていた。ところがある日、清佳が母の刺繍ではなく市販のキャラクター商品を求めているのを知る。ルミ子は驚き、清佳に再考を強く促す。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ルミ子にとって、常に自分を肯定してくれる母親からの評価が全てである。冒頭、自分の好みではない絵画について母親が褒めると、母親の評価に摺り合せるという形で、それが示される。結婚(相手)も、子供を持つことも、全て母親からの評価によって受け容れていく。ルミ子が母親か娘かどちらを選択するか迫られる非常事態において、ルミ子は躊躇無く母親を選ぶ。そのとき母親はルミ子の抱える問題にようやく気が付き、解決のための策を講じることになる。その結果、母親の評価を得ることができなくなったルミ子は、自らの存在理由を義母の評価に求めようとする。だが農家に嫁いでいびられた過去を持つ義母は、ルミ子に対して自分が受けたのと同様の仕打ちをし、実母とは逆にルミ子を否定するだけである。それでも自己のアイデンティティーを保持するためには、義母の評価を求め続ける。
清佳はルミ子から周囲の人たちの気持ちを斟酌するよう躾けられてきた。そのためルミ子のためを重い、祖母(ルミ子の義母)に反抗する。だがそれは義母のルミ子に対する評価を下げることになるので、ルミ子にとっては受け容れがたい。ここにルミ子と清佳とが相容れない状態が生まれる。
ルミ子が清佳に投げ掛ける言葉は、実母の言葉をなぞりながらその内実を欠いた空虚なものであり、それがホラーである。
清佳は父・哲史がかつて祖父(哲史の実父)から暴力を受けていたことを知る。そして、哲史が学生運動に参加していたのは、家庭内の問題の捌け口を、政治問題に求めていたためだと見抜く。だが外部に捌け口を持たず、なおかつ祖母の死因が自分にあると知った清佳は、自らの行き場を失ってしまう。
清佳は女性には2種類あり、それは「母」と「娘」だと言う。ルミ子の実母(清佳の母方の祖母)が「母」、ルミ子が「娘」であれば、清佳は「母」のキャラクターを背負う他ないことになる。母性とは学習により獲得されるものであるならば、それは可能であるはあるだろうが。
高畑淳子が演じるルミ子の義母(清佳の祖母)のキャラクターが強烈。彼女からの視点で彼女を「慈母」として描くパートを導入したら、正真正銘のホラー映画になっただろう。