映画『そばかす』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
104分。
監督は、玉田真也。
原作・脚本・企画は、アサダアツシ。
撮影は、中瀬慧。
録音・音響効果・音楽は、松野泉。
青空の下、波打ち際で1人胡座を掻いて海を見詰める蘇畑佳純(三浦透子)。
居酒屋で男女4人が卓を囲んでいる。佳純の同僚の絹子(佐藤玲)が紺のスーツの男(山科圭太)を落とそうと必死にアプローチする傍らで、佳純は黙々と料理を平らげている。須藤(田村健太郎)は2人の仲を取り持つためにも佳純に声を掛ける。蘇畑さん、楽しんでます? …ええ、料理美味しいですし。絹子も、須藤が佳純の顔を覗き込むようにするところにキュンとするなどと、須藤のアシストをする。蘇畑さんてどんな男がタイプなの? ていうか蘇畑さんて謎だよね。デートってどんな感じ? 普通ですよ。映画とか。トム・クルーズくらいしか知らないな。トムの『宇宙戦争』いいですよ。走るシーンが。スパイとか特別な目的を持って走るんじゃなくて、一般市民としてただ逃げるんです。佳純のマニアックな話題に付いていけずスーツの男は煙草を吸いに席を立つ。すると絹子が私もと後を追う。2人きりになった須藤は佳純に映画に行かないかと誘う。絹子も一緒にと言う佳純に、2人だけでよくないかと訴える。俺さ、蘇畑さんのこと結構好きかも知れない。佳純の顔が引き攣る。
佳純が1人ラーメン芝浜のカウンターでラーメンを啜っている。餃子お待ちどうさま。店員(伊島空)が皿を置くや否や佳純は餃子を口に運ぶ。形崩れちゃったんでサーヴィスです。煮卵の載った小皿が佳純に差し出される。
佳純が帰宅すると、妹の睦美(伊藤万理華)が来ていて、居間で祖母の宮子(田島令子)と差し向かいで言い争っている。祖母は睦美の夫(前原瑞樹)が浮気をするというので睦美が腹を立てていた。妊娠中なのにそういうこと言うのやめてくれる。妊娠中だから浮気するんだ。私も3回結婚するなんて思ってもみなかった。父の純一(三宅弘城)は聞いているのかいないのか、奥の椅子にただ黙って坐っている。母の菜摘(坂井真紀)は帰宅した佳純にどこに行っていたのか尋ねる。すかさず祖母が佳純は合コンに行っていたと告げる。そそくさと自室に向かう佳純を母が追い、ベッドに座る。いい男はいた? 母は常に佳純が交際相手を見付けて結婚に至る展開を期待している。高身長の金持ちがたくさんいた。佳純はいい加減な返答をすると、結婚の話は止めてと釘を刺し、父の様子を母に尋ねる。お父さん最近調子いいみたいだね。最近料理始めたの。佳純が結婚の話題を嫌がり殻に籠もったと判断して菜摘は立ち上がる。もっと明るい服を着なさい。ハンガーラックにかかった服を見た母はそう言い残すと、部屋を出て行った。
コールセンター。佳純が1件対応を終えて屋上へ、1人ベンチで煙草を吸っていると、絹子がやって来て、合コンの男が最悪だったと佳純に訴えた。最悪の男を想像して。その7倍最悪だから。本当ヤダ、忘れるしかないかなあ…。佳純が職場に戻ろうとすると、明日ご飯あるんだけどと、性懲りも無く絹子が佳純を誘う。佳純は体を半分に折り曲げるほど深いお辞儀をして断った。
喫茶店。菜摘が結婚相談所の鈴原(鮎川桃果)に親が婚活なんかおかしいですかと尋ねている。今の時代はそういうものですよ。娘は結婚の話をしようものなら私を睨み付けるんです。鈴原がパンフレットを示して案内を始めようとすると、こないだ娘が合コンしてきてね、と菜摘が話し始める。
佳純が公園を通りかかると、父親が縄跳びをしていた。ネットを見たら縄跳びが抗鬱剤よりいいって。父は二重跳びに挑むがうまくできない。いつまでコールセンターで働くんだ? いつまでって生活しないといけないから。
佳純は波打ち際で1人胡座を掻いて海を見詰める。
佳純が家に戻ると、テレビでは俳優の内田和宏(浅井浩介)の結婚を報じていた。何処行ってた? 母が尋ねる。海。また? ちゃんと砂はたいた? 祖母は熱心にテレビを見ている。佳純がカウチに坐る。
服買いに行くんだよね? 佳純は母に料亭のようなところに連れられてくる。そうよ。お待ちしておりましたと迎え入れられたのは、屏風を立てた和室。何か隠してるよね。あなたはこれからお見合いをします。巫山戯ないで、帰る。待ちなさい、結婚しないでどうするの? こないだ無理強いしないって言ったよね。こないだはこないだ。付き合ってる人は? いない! 気になってる人は? いない! じゃあお見合しかないでしょ。お見合しないなら明日家を出て行きなさい! 母娘が言い争っているうち、お連れの方が見えましたと係の者に告げられる。
蘇畑佳純(三浦透子)は7歳のときに始めたチェロを続け東京の音大を出た。だが今は実家に戻ってコールセンターで働いている。鬱病を患っている救命士の父・純一(三宅弘城)は、物置に置きっ放しにされたチェロをいつか佳純が再び手にするときのために時折調弦している。妹の睦美(伊藤万理華)は結婚して家を出て、現在妊娠中。母の菜摘(坂井真紀)は佳純をどうやって結婚させるかを四六時中考えていた。菜摘は服を買いに行くと言って佳純をお見合に連れ出した。お見合をしないならすぐに家を出て行くように言われた佳純はやむなくお見合することになる。見合い相手の木暮翔(伊島空)は佳純と2人になると、母親に無理矢理見合いさせられただけで今は仕事に打ち込みたいから恋愛するような気分じゃないと吐露する。そんな木暮と佳純は意気投合する。
(以下では、全篇について言及する。)
佳純は7歳からチェロを初めて音大まで出た。だが佳純はチェリストの道を断念する。
人間の声に一番近い楽器と言われているチェロを演奏するには、抱きかかえなければならない。チェロは、他人に対して恋愛感情や性的感情を覚えない佳純にとって、恋人や夫といった「相手」の代わりなのだろう。チェロを演奏することは、恋人や夫などの「相手」がいないことを詮索されるプレッシャーから逃れるための手段であった(映画『宇宙戦争』(2005)のトム・クルーズに佳純が共感するのは、クレーン作業員のトムがただ逃げるためだけに走るからだ)。だからチェロ演奏によっても結婚のプレッシャーを躱すことのできない年齢に差し掛かると、もはやチェロを続ける気力も続かなくなったのではないか。だが佳純には迷いがある。父親が娘の演奏再開のために調弦するのを止められない。揺れる気持ちは、佳純が度々訪れる波打ち際が象徴する。
佳純は、中学校の同級生・世永真純(前田敦子)と再開し、彼女がアダルト・ヴィデオに出演した過去を持ち、周囲の好奇の視線に晒されても臆することなく、また自分の気持ちをはっきり相手に伝える姿に打たれる(真純が佳純との同居計画を結婚を理由に一方的に破棄するのもすがすがしいと佳純は感じたことだろう)。とりわけ、夜、キャンプ場でテントを離れて1人月を見上げる真純の姿は、夜、ホテルで佳純の部屋を訪れ佳純の隣に接近した木暮――木暮の行動は非難されるべきものではないが――と対照的である。岩の上に坐る真純がテントを出てきた佳純に気が付いて手を振り、佳純が手を振り返すのは、セクシュアルな存在とアセクシュアルな存在が共存できる可能性を示唆する象徴的なシーンであった。
そして、佳純は、最終的にはチェロを放棄することになる。海岸に(胡座を掻くのではなく)大の字になって横たわるのは、チェロを手放すとともに、自らの性的指向を明らかにすることを表現している。
映画『ミューズは溺れない』(2021)もアセクシュアルを描いた作品である。