可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『浜の朝日の嘘つきどもと』

映画『浜の朝日の嘘つきどもと』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。114分。
監督・脚本は、タナダユキ
撮影は、増田優治。
編集は、宮島竜治。

 

福島県南相馬市原ノ町駅に降り立った浜野あさひ(高畑充希)が、ナップサックを背負い、スーツケースを引いて歩いて行く。道に迷ったり、馬に乗った人に擦れ違ったり。目指すのは、映画館「朝日座」。その朝日座の映写室では、館主の森田保造(柳家喬太郎)が、客のいない劇場のスクリーンに『東への道』のフィルムを投影していた。あさひがようやく商店に挟まれた路地の奥に"ASAHIZA"の赤い文字を発見したとき、建物の前では保造がフィルムを火にくべ始めたところだった。あさひは慌てて駆け寄ると、焼却炉代わりの一斗缶にペットボトルの水をかけて鎮火し、フィルムを回収する。突然押しかけてきた若い女性に驚く保造。あさひは映画館を立て直しに来たという。もう閉めることに決めたんだ。保造は再びフィルムに着火し始める。あさひは慌ててそのフィルムを奪い取る。フィルムには河を流れる流氷上で失神する女性の姿が写っていた。これ、『東への道』でしょ? 男に弄ばれて捨てられた女性が流れ着いた先でも素性をばらされて追い払われるっていう。彼女が古い無声映画を知悉しているのに驚いた保造は、祖父が1922年にこの作品を東京で目にして、地元でも上映しようと朝日座を開館したのだと説明する。何でそんなに大切なフィルムを燃やすの? …震災は何とか乗り越えたが、コロナで息の根を止められたんだ。こうでもしないと踏ん切りが付かない。…大体お前、何者なんだ? 映画館の窓口に目をやったあさひは、もぎ…りこ…、茂木莉子です、と答える。偽名だと分かるが保造は追及しない。震災後も必死に米作りしてた弟が自殺する直前、映画を見に来たんだ。映画じゃ人は救えねえ。そりゃ言い過ぎか。1人の米農家を救うことはできなかった…。ここ取り壊してスーパー銭湯とリハビリ施設を建てるって決まってんだ。もう終わったんだよ。バカヤロウ! まだ始まっちゃいねえよ。莉子は保造から再開発を仲介した不動産屋を聞き出すと、即座に店舗に走り出す。店主の岡本貞雄(甲本雅裕)に、あさひは、森田保造の親戚で、映画館を閉じるなとの祖母の遺言を守らないといけないと訴える。慌てて後を追ってきた保造も話に加わる。解体を阻止するためには、少なくとも借入金の450万円の返済が前提となることを知ったあさひは、クラウド・ファンディングにのぞみをかけることにする。
9年前。郡山市にある安積高校の校舎の屋上に、高校2年生のあさひが1人佇んでいる。震災・原発事故を機にタクシー会社に勤務していた父・巳喜男(光石研)は引き受け手のなかった除染作業員の送迎事業を引き受けるために起業した。社名は「浜野朝日交通」。事業は軌道に乗ったが「震災成金」との誹謗中傷に悩まされることになった。社名と同じあさひは高校で孤立した。折角入学できたトップ・レヴェルの高校を去り、あさひは母と弟とともに東京に引っ越すことになっていた。思い詰めたあさひが飛び降りるかもしれない。危険に勘付いた教師の田中茉莉子(大久保佳代子)は、屋上に上がってあさひに声をかける。自分の憩いの場が奪われてはたまらないと、あさひを空き部屋に連れて行き、一緒に映画『青空娘』を鑑賞する。そして、茉莉子は映画は半分は暗闇を見ているのだと、フィルムの映写の仕組みをあさひに解説する。

 

福島県内屈指の進学校安積高校の生徒だった浜野あさひ(高畑充希)は、震災を機に家族や友人との関係がうまくゆかなくなり、東京の転校先もドロップアウトすることになった。そんなあさひが頼ったのが、転校直前に親身になって接してくれた教師・田中茉莉子(大久保佳代子)だった。茉莉子は家出したあさひを無条件に受け容れてくれた。映画の配給会社で働いた経歴を持つシネフィルの茉莉子の影響で、あさひもまた大学卒業後、映画の配給会社で働くまでになった。そんなあさひに茉莉子が末期がんで余命幾ばくも無いとの連絡が入る。8年ぶりに再会した恩師から、あさひはある頼み事をされるのだった。

映画の半分は暗闇を見ている。茉莉子は落ち込むあさひに、光と闇とがセットであることを逆説的にあさひに教える。真っ当なことしか話さない大人は信用できないとの発言にも、茉莉子が常に光と闇とが共存する世界を見据えていることが示される。
茉莉子とあさひ、森田保造(柳家喬太郎)とあさひ、茉莉子とバオ(佐野弘樹)に、血の繋がらない「親子」関係(戸籍における「夫婦」関係と異なり、茉莉子はバオとセックスしない)を示すことで、血縁の「幻想」にすがらない、血のつながらい関係の可能性を示す。
地元を離れ、家庭での居場所を失い、高校を中退したあさひの口が悪さには、困難な情況を切り抜けてきたことが暗示される。
キャストが素晴らしいが、とりわけ度量が広く惚れっぽい田中茉莉子を魅力的に演じた大久保佳代子が印象に残る。
森田保造(柳家喬太郎)が映写機で投影する『東への道』、浜野あさひ(高畑充希)が田中茉莉子(大久保佳代子)に最初に見せられた『青空娘』、茉莉子が見る度に同じ場面で泣く『喜劇・女の泣きどころ』。この3本を見たことがあれば、これらの映画を作中に登場させた意味が分かるだろうか。