可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『かかってこいよ世界』

映画『かかってこいよ世界』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
80分。
監督は、内田佑季。
脚本は、畠中沙紀。
撮影は、御園涼平
照明は、横尾慶。
美術は、SAKI。
録音は、森永昇吾。
衣装が、中村絢。
ヘアメイクは、菅沼凌子。
編集は、橋田夏美。
音楽は、安田ラミファ。

 

古いフィルムの映像。突堤のある海岸。赤ん坊の顔に翳される、様々な仕草をする手。
浜田真紀(佐藤玲)は現在25歳。脚本家、ではなく脚本家志望のフリーター。祖父・設楽正一(菅田俊)の家に居候して居酒屋の店員をしながら、脚本を書いている。目下、懸賞課題のラヴストーリーに取り組んでいる。参考にしようと入手した恋愛心理学の本は開かず、玩具の銃を手に言葉を口に出してみながら、ラップトップに台詞を打ち込んでいく。その最中、香川で暮らす母・文代(武藤令子)からメッセージが届く。予定が立たないからいつ帰省するか連絡して欲しいから始まり、矢継ぎ早に質問が送信されてくる。
階下のリヴィングに祖父の姿が無い。バナナを手にした真紀が屋上に行くと、祖父が1人太極拳をしていた。一緒にやるか? 私は忙しいんですよ。
川岸の芝生に坐って、真紀が電話をしている。『決戦のミッドナイト』の初稿を読んだ友人は面白いと言ってくれた。でも、これってラヴストーリーなの? アクションラヴストーリー。そのとき向こうで赤ん坊の泣き声がする。ごめん子供起きちゃった。またかけるね。
居酒屋。韓国映画の配給会社パステルの社長ムン・スヨン(鈴木秀人)が韓国の映画会社のスタッフと電話で話している。卓を囲む部下のイ・ソジュン(幕雄仁)と新井国秀(飛葉大樹)が社長の電話が終るのを待っている。『いつか出会う家族』。韓国の大学生が日本で暮らす親戚を訪ねる話。ソジュンが国秀に社長が配給権を取得した作品について説明する。
やっと来た。真紀が赤い制服で厨房に向かうとウーロンハイを作っている店長にぼやかれる。若松さんがまた生理痛で休んでんだよ。いいよな女子は。俺も生理痛来たらな。ドリンクお願い。
作業服姿の2人組。眼鏡をかけた方(小沢和義)が韓国パブを出禁になったと大声で話している。オッパ、オッパって言うからさ、おっぱい触ったらさ。やっぱり日本人の女の子が一番いいわけよ。男は近くに坐っていた若い女性たちに年齢を尋ねるが、相手にされない。それにも拘らず男は絡むのを止めない。近くに坐っていた国秀が制止に入ると、男に触られる趣味はないと激昂。国秀が困っていると、ちょうどドリンクを運んでいた真紀がすかさず男の顔にウーロンハイを浴びせかける。真紀の頭の中では咄嗟に映画のワンシーンが思い浮かんでいたが、我に返る。失礼しましたと頭を下げる真紀。
頭いかれてんの? 店長が店の隅で真紀を叱責する。思わず手が滑って…。馘だよ馘。こっちから辞めてやる! 真紀が啖呵を切って出ていく。真紀と店長のやり取りを見た国秀は、慌てて真紀を追いかける。
すいません、俺のせいで馘に。真紀に追いついた国秀が頭を下げる。お客様のせいではありませんので。真紀が立ち去る。慌てていた真紀が落としていった脚本と懸賞のチラシに国秀が気が付く。

 

浜田真紀(佐藤玲)は脚本家志望の25歳。母・文代(武藤令子)の言い付け通りに暮らしてきたが18歳の時反対を押し切って東京の大学に進学。卒業後は祖父・設楽正一(菅田俊)の家に居候して居酒屋でアルバイトをしながら脚本を書いている。ラヴストーリー懸賞の応募作品として『決戦のミッドナイト』の初稿を書き上げたところ、面白いけれどラヴストーリーかどうかについては疑問符が付くというのが友人の評。恋愛が弱点だとの自覚はあった。
居酒屋で女性客に絡む男(小沢和義)が仲裁に入った若い男性(飛葉大樹)に凄んでいるのを目撃した真紀は、咄嗟に男にウーロンハイをかけていた。店長に馘だと言われた真紀はこっちから辞めてやると啖呵を切って店を出る。助けてもらった男性が真紀を追いかけ謝るが、お客様のせいではないと言って真紀は立ち去る。若者は慌てていた真紀が落とした脚本を拾う。
年寄りが数えるほどしか集まらない名画座「白鯨座」。館主の正一が珍しく若い男性客を迎える。見覚えがあり、昔よく母親と一緒に来ていたでしょうと声をかけると、なつがしがって館内を見回す男性は母は3年前に他界したと答えた。上映が終了し、真紀が清掃のため客席に入ると、居酒屋で助けた若者の姿があった。え、なんで? 驚く二人。祖父の映画館なんです。そう言う真紀に、男性が真紀の落とした脚本を手渡し、名刺を差し出す。「映画配給会社パステル 新井国秀」。一応映画関係の仕事をしてます。脚本、面白かったですよ。何回も読み直しました。でも、これってラヴストーリーですか?

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

真紀は、出会い親密な関係になりかけていた新井国秀から韓国籍の在日三世박국수であることが明かされる。国秀は以前長く付き合っていた相手から国籍を理由にフラれた経験があり、大切な真紀には恋人になる前に告白しておくべきと考えたのだった。在日の人たちは日本の人を恨んでいるなどと母親から言われて育った真紀は、国秀に距離感を抱いてしまう。母とともに国秀と遭遇した真紀は、恋人や友人としてではなく「配給会社の人」と紹介する。ショックを受けた国秀は、「俺、別人になっちゃったみたいですね」と言って去る。
新井国秀=박국수である。生まれたときからそうだった。真紀の目の前にいるのは同じ人物(新井国秀=박국수)である。別人になったのは自分だと、真紀は気が付く。「大切な人が目の前にいたのに、見えないフリした」。見えない銃で真紀は国秀を撃ち殺したのだ(冒頭、自室で銃を撃つ真紀の姿が描写されている)。
生まれたときのままで世界をまなざしているか。冒頭、赤ん坊の澄んだ瞳を鑑賞者に突き付ける。その評価は、対象を見て判断しているのか。その評価は、本当に自分が下したものなのか。
変わらないものの象徴が名画座である。その名は白鯨座。日本の古い映画をかけていた小屋で、韓国の若手作家の作品をかけるとき、エイハブ船長のような妄執に捕らわれ、白鯨座をまなざす者が姿を現わすだろう。
この作品がラヴストーリーかどうか。それは自分の目で見て考えるべきだ。それこそ監督のメッセージである。
蛇足ながら、オッパ[오파]は年上の男性への呼びかけの言葉。