可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『プアン 友だちと呼ばせて』

映画『プアン 友だちと呼ばせて』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のタイ映画。
128分。
監督は、バズ・プーンピリヤ(นัฐวุฒิ พูนพิริยะ)。
脚本は、バズ・プーンピリヤ(นัฐวุฒิ พูนพิริยะ)、ノタポン・ブンプラコープ(ณฐพล บุญประกอบ)、プァンソイ・アックソーンサワーン(พวงสร้อย อักษรสว่าง)。
撮影は、パクラオ・ジランクーンクム(ภาเกล้า จิระอังกูรกุล)。
美術は、パチャラ・ルートグライ(พัชร เลิศไกร)。
編集は、チョンラシット・ウパニキット(ชลสิทธิ์ อุปนิกขิต)。
原題は、"วันสุดท้าย..ก่อนบายเธอ"。

 

バンコク。人通りのない真夜中の商店街。チャンタラチョーク・レコード店の前に停まる1台の白い年代物の車。運転席に座るウード(ณัฐรัตน์ นพรัตยาภรณ์)がテープに録音したラジオの音楽番組を聴きながら、スマートフォンを操作している。親愛なるリスナーの皆さん、こんばんわ。「ミッドナイト・ライダーズ」の時間です。DJのチャーンウット・チャンタラチョーク(ภาเกล้า จิระอังกูรกุล)があなたのお供をします。金曜日の真夜中、どこでお過ごしでしょうか。あなたが特別な人と一緒なら、是非ロマンティックな夜をお過ごし下さい。でも、あなたがもし1人なら、私がすぐ隣にいることを忘れないで下さい。良い仲間と素敵な音楽があなたの孤独な旅のお慰みになります。今夜の1曲目の前に、まずはコマーシャルを。午前3時まで、是非お付き合い下さい…。ウードは目に涙を浮かべながら、スマートフォンに登録された連絡先を消去している。座席には薬瓶が転がっている。
ニューヨーク。バーテンダーのボス(ธนภพ ลีรัตนขจร)がカクテルを作り、カウンターの女性客に提供する。お店から。もう1杯、問題無いよね。女性のあしらいに長けたボスは、いつもの流れで今夜も狙いを定めた女性客を落とす。閉店後、彼女をソファに押し倒しところで、ボスの電話が鳴る。彼女は無視させたいがボスは電話をとる。ボス、聞こえる? 畜生、ウードか。俺の声、分かったんだ。何の用だ。タイミング悪かった? 急ぎの用件をさっさと言えよ。ニューヨークは真夜中だって分かってるだろ。そうだけどバーの経営者だったら真夜中に働いてるだろ。ま、どうせしけ込んでるんだろ。女性客は出て行く。いいから用件を話せよ。頼みがあってさ。俺のオヤジが癌で死んだだろ? ああ、それで? 俺もなっちまったんだよ、オヤジと同じやつに。真面目な話か? 冗談で癌だなんて言えるかよ。白血病だって。血筋ってやつ。死ぬ前にやりたいことがあってさ。お前の助けが必要なんだよ。分かったよ。何すりゃいい? とりあえずタイに戻ってもらえる?
ボスはタイに飛ぶ。チャンタラチョーク・レコード店の横引きシャッターは少しだけ開いている。店内は暗い。ボスが中に入って階段を上がると、水色のカーテンでほとんど窓を閉ざした薄暗い部屋で、ウードが1人レコードを整理していた。ボスが声をかける。姿を表したウードは見る影も無く瘦せこけて、坊主頭にしていた。本当に来てくれたんだな。抱き合う2人。お前の息は臭いよ。ウードがボスを詰って、水をやるという。歯ブラシをくれよ。俺のを使いたいのか? 遠慮する。癌になりたくないからな。ベランダで洗濯物を取り込むウード。傍らではボスが歯を磨いている。化学療法をしたくないのに、何で俺が必要なんだ? スカイ・ダイヴィングとか、ロック・クライミングとか、バンジー・ジャンプとか? それとも3Pか? やったことないだろ? 趣味じゃないね。真面目な話、何がしたいんだ? 返したいものがあるんだ。返すって何を? 誰に? アリス(พลอย หอวัง)に。アリスだって? お前の元カノの? 送りつけりゃいい話だろ。駄目だ。彼女に会いたい。元カノに返却。チェック。他には? 何も。それだけ。だったら何でわざわざ俺を呼んだんだ? 医者が運転するなって言うからさ。俺がタクシー・ドライヴァーに見えるか?

 

ニューヨークでバーを経営するパタヤ出身のボス(ธนภพ ลีรัตนขจร)は、自宅のペントハウスに居候させていたウード(ณัฐรัตน์ นพรัตยาภรณ์)から久方ぶりの電話を受ける。父親(ภาเกล้า จิระอังกูรกุล)を白血病で亡くしたウードは同じ病に冒されたという。まずは会いに来て欲しいというウードの願いを聞き入れて、ボスは彼の暮らすバンコクに向かう。ウードの自宅を兼ねたレコード店を訪ねると、頭を丸坊主にして瘦せこけた別人のような姿があった。ウードはかつての恋人アリス(พลอย หอวัง)に返却したいものがあるので連れて行って欲しいと言う。ボスはバーをウードと一緒に始めることにしていたが、ウードはその約束を蹴って、地元でダンス教室を開くというアリスと一緒にタイに戻ってしまったという経緯があった。ウードの父親の車で2人はコラートにあるアリスのダンス教室に向かう。2人でニューヨークへ向かう前に最後に会って欲しいとのボスの説得に、アリスは鬘と帽子を被ったウードの前に姿を表す。ニューヨークの公園で初めて出会った時の、軽やかに踊っていた赤髪のアリスの姿がウードの脳裡に瞬時に蘇った。

(以下では、冒頭以外についても言及する。)

冒頭、年代物の自動車、カセット・テープなどでノスタルジックな印象を作るとともに、テープに録音された穏やかなラジオの深夜放送、人気の無い商店街などで緩やかな時間を感じさせる。そこから「ウィップラッシュ」をBGMにニューヨークにあるボスのバーへ場面を切り替え、スピーディーな展開の落差を見せる。
対比は、色でも行われる。ボスが暮らし、かつてウードたちも暮らしていたニューヨークは、赤いカクテル(その名も「ビッグ・アップル」)、アリスの赤い髪など、赤で象徴される。それに対して、ウードの暮らすタイは、ウードを冒す白血病(白血球の増殖)、ウードの父親の白い車、ウードのかつての恋人で女優のヌーナ(ชุติมณฑน์ จึงเจริญสุขยิ่ง)が身に付けるウェディングドレスなど、白が象徴する。とりわけ新婦役のヌーナが新郎の胸を撃ち抜くシーンは、ニューヨークでの経験が血肉化していることを示すと同時に、過去を断ち切る決断をも表わす(ヌーナはウードを平手打ちにして立ち去らせながら、1人涙を流す。後にメディアの取材へのコメントでも、その思いは吐露される)。
ボスは、若い母親(รฐา โพธิ์งาม)の再婚によって、母親を「喪失」する。彼の暮らすホテルでバーテンダーをしていた年上の女性プリム(วิโอเลต วอเทียร์)との出会いは、彼の母親の「喪失」を埋め合わせるものであった。だが、ボスはプリムをもまた失うことによって、自暴自棄な生活を送ることになる。