可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 森ゆい個展『あの星によろしく』

展覧会『森ゆい展「あの星によろしく」』を鑑賞しての備忘録
巷房・2+階段下にて、2022年8月1日~6日。

版画によるモノクロームの作品群で構成される、森ゆいの個展。

《ザーザーとあかり》には、円に尻尾がついた形(小文字のaに近い形)がいくつか配されて、その間を短い線が埋める。タイトルからは雨の中に浮かび上がる街明かりが想像される。《浮かぶ影》には、上部が弧状の正方形を黒で塗り潰して表わし、その左上には角のような2本の線が付いている。下にはメガホンのような形と円とが描かれる。何の影であるかは不明だが、主要なモティーフが影であることはタイトルから分かる。
《距離感》には、黒く塗られた半円に近い形の上部で斜めに切断しものの上に、マッチ棒のような円と直方体が2つ配される。この2つの「マッチ棒」の間の距離が画題であろう。「マッチ棒」のヴァリエーションは、多くの作品に登場する。直方体が湾曲したもの、湾曲する直方体の両端に円が付いたもの、直方体側の端に効果線のような平行線が付されたものなどである。人のようにも、星(帚星)やロケットのようにも見える。
多くの作品で黒ずんだ紙を用いているものが多いこともあり、志野の器の色や、その抽象化された絵付けを想起させる。桃山時代の志野や織部などの焼き物には、当時世俗化した祝祭や祭礼の場の飾りである「風流(ふりゅう)」が意匠化された(出光美術館編『志野と織部出光美術館/2007年/p.147〔荒川正明執筆〕参照)。「風流」のデザインには、魔除けである星(五芒星)のモティーフも見られる。とりわけ干し柿と考えられていた「吊るし」文様(結界を表わす)などは「マッチ棒」に近い。無論、「マッチ棒」などのモティーフが「風流」を目指したものでは無いが、展示空間の壁を埋める作品群に室礼の残響を知覚することは不可能ではあるまい。なお、志野との類似性は、モティーフに留まらず、版画作品の複数性と量産された器との間にも認められよう。
現代の美術は世俗化ではなく個人化している。作家の個性や独創性が求められている。モティーフが抽象の度を上げれば、作家性を示すことはより難しくなる(例えば、ロゴのデザインを考えれば、類似したものが見られることは容易に想像できる)。それでも作家は、単純化ないし抽象化したモティーフを組み合わせ、独自の世界の構築を追究している(「自分の愛を示すことのできる場所を/探すことに決めた」)。版に描いたイメージが反転して作品に現れるように、個人の嗜好がいつしか普遍性を持つ可能性を探っている。