可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 奥谷葵個展『ANDERSEN』

展覧会『奥谷葵個展「ANDERSEN」』を鑑賞しての備忘録
JINEN Galleryにて、2022年10月4日~16日。

紙やテープを貼り付けたように見える部分も含め全ては描かれている、ある種のトリック・アートのような作風の奥谷葵の個展。ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen)の童話「はだかの王様(Kejserens nye klæder)」、「すずの兵隊(Den standhaftige tinsoldat)」、「人魚姫(Den lille havfrue)」、「赤いくつ(De røde sko)」、「マッチ売りの少女(Den lille Pige med Svovlstikkerne)」、「みにくいアヒルの子(Den grimme Ælling)」、「おやゆび姫(Tommelise)」をモティーフとした絵画12点(いずれも333mm×333mm、ベージュの背景)で構成される。

はだかの王様Ⅰ》には、皇帝(王)のメタファーとして、モノクロームで描かれた雄のライオンの横顔が描かれている。百獣の王であるライオンは服を着ないとの意味も込められていよう。ライオンの首の周りの襟飾りのような白いレースは、愚か者には見えないという高価な服が表わされている。それは機織りを騙る詐欺師によって「クモの巣のような(som Spindelvæv)」と説明されるため、蜘蛛が垂下がるかのように画面の下に向かって糸が垂れている。頭上から垂下がるのは皇帝が自らの姿を確認した鏡と(物語には登場しない)権力の象徴である王冠である。
はだかの王様Ⅱ》では、皇帝(Keiser)はスペードのKとして表現されている。2人の詐欺師(to Bedragere)のメタファーであるジョーカー2枚によって(画面にセロテープで留められたように描かれている)カードから切り抜かれた「キング」は、両手を挙げ踊るような恰好で1人(物語には描かれないが王宮を表わすのであろう)四角い黒い枠から彷徨い出る。

《すずの兵隊Ⅰ》は、古い錫製の匙を溶かして作られた25体の兵隊の人形のうち、錫が足りず唯一片足だった兵隊が憧れた紙製の少女(踊り子)を、(画面にテープで貼り付けたように描いた)バレリーナの写真で表現している。片足で爪先立ちするバレリーナの写真は半分で切られたものが繋ぎ合わされている。片足が無い兵隊は、片足を宙に持ち上げた姿を見て、自分と同じように片足がないと勘違いしたことを、切り離された写真によって表現しているのだ。また、右半分はコップを置いた跡が付くなど汚れが表わされている。連続する輪染みは上昇運動の効果線のようで、踊り子が風に吹き飛ばされる行く末を物語っている。なお、写真の貼られている画面には、兵隊の人形などが置かれたテーブルに飾られた紙製の城が、複数の塔を持つ立派な城館として白い絵具で表わされている。
《すずの兵隊Ⅱ》は、イギリス近衛兵のような黒い帽子と赤い制服の兵士が英字紙で作られた舟に立ち、ストライプや水玉のテープで表現された水面を進んでいく様子が表現されている。窓から落ちた片足の錫の兵隊が、2人の少年に拾われ、新聞紙で作った舟で側溝に落とされた場面を表現している。《すずの兵隊Ⅰ》の左側に組み合わせて展示されることで、兵隊がバレリーナに向かって流れていく定めが浮かび上がる。

《人魚姫Ⅰ》は、髪を短く切った女性を斜め後ろから捉えた写真がテープで留めらている(ように描かれた)上に、尾鰭や泡などを表わす青い絵具を載せ、さらに画面を横断する白い2本の曲線が描かれている。写真の女性の首下を横断する白い線は何より海面を表わす。切り離された尾鰭が女性の顔を覆っている(口を塞いでいる)のは、声を失う代わりに脚を手に入れた人魚姫の換喩であろう。
《人魚姫Ⅱ》は、俯く女性の写真が貼られている。背後を物語に登場しない(春を告げる花である)ミモザが飾るのは、人魚姫が(春を告げる鳥である)ツバメのように(som Svalen)舞ったことに因んでのことであろう。また、画面下の白い5本の線は、還ることのできない海であるとともに、音符の無い五線譜として、失われた(歌)声を表わすものと解される。