可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 早川桃代個展『I Like You』

展覧会 早川桃代個展『I Like You』を鑑賞しての備忘録
金柑画廊にて、2022年4月16日~5月8日。

主に鉛筆と色鉛筆で描いた絵画24点を中心とする、早川桃代の個展。

出展作品中最大の作品《花も団子も》(728mm×1030mm)には、花を銜えた亀の甲羅にリンゴが2個積み上げられ、その上に大小の気泡のある切断面を見せる田舎パンが載り、恰も(吸水性の高そうな)パンがフローラル・フォームであるかのように、その上部にスイセン、ヒヤシンス、タンポポ、チューリップなどの草花が植えられる様子が写実的に表わされている。その描写の迫真性に反するかのように、他のモティーフに比して極端に大きく描かれている岩石のようなパンが何よりも目を引く。そのパンと一番下に位置する亀とは鉛筆によりモノトーンであるのに対し、リンゴと草花は色鉛筆により天然色である。亀が花を銜えるのは、風流のメタファーとしての「花」を、食(すなわち実利)を連想させる銜える動作によって、「花も団子も」というタイトルが示す風流と実利との両得を表現するためと考えられる。亀がモノを載せる姿は、黄檗宗の寺院などで見られる亀のような台座「亀趺」(実際は亀では無く贔屓)を思わせる。「亀趺」に巨大なパンを直接載せず、間にリンゴを組み込んで「たてもの」(バランス芸)よろしく危なっかしい状況に構成したのは、「花」が表わす芸術が危機に曝されていることを示す狙いもあるのではないか。「不要不急」なる唾棄すべき空虚な表現が罷り通る社会への異議申し立てである。あるいは、リンゴはニュートンのメタファーであり、地球と宇宙とが同じ物理法則が通用していることを介して、近視眼的には摑めない大局的判断を訴えるものとも解される。

《フルーツ・サンド》(148mm×210mm)には、丸い皿の上に、イチゴやキウイと生クリームを挟んだ三角形のフルーツ・サンドが載せられ、その頂部には火を灯した蝋燭が1本立てられている様子が描かれている。ところで、英一蝶の『雑画帖』(大倉集古館蔵)に収められた《布袋図》は、一筆書きの円で袋を表わし、その中に眠る布袋を描いている。禅画において眠りとは無我であり、円相は悟りの境地を象徴するという。それならば、翻って、三角形のフルーツ・サンドは坐禅を組む姿に見えないだろうか。そして、丸皿が示す円相。蝋燭に灯が灯るのは、悟りの境地に至ったことを示すのではなかろうか。あるいは、丸皿の「○」、フルーツ・サンドの「△」、画面の「□」から、仙厓の《○△□》(出光美術館蔵)と共通するテーマを読み取ることもできよう。幾何学的モティーフに還元したあらゆるもの、すなわち宇宙を、1つの画面に収めたのである。

《柑橘Ⅰ》(257mm×318)は、(果梗だけでなく)茎と葉が付いた蜜柑(?)を画面の中央に表わした作品。やや赤身を帯びた黄色の皮に浮き出る染みのような小さな点。「蜜柑」の周囲の地にも、さらにはマットにもうっすらと点が表わされ、それが直線で繋がれて、蠍座や射手座が表わされている。極早生や早生の蜜柑の収穫時期と、星占いの蠍座や射手座の時期は重なっている。夏に見られる射手座や蠍座がその時期に見えないのは、太陽と重なるからである。すなわち、描かれた「蜜柑」とは、実は太陽であったのだ。