可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『夜を越える旅』

映画『夜を越える旅』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。
81分。
監督・脚本・編集は、萱野孝幸。
撮影監督は、宗大介。
照明は、和田直也。
録音は、中堀良栄。
美術は、稲口マンゾ。
特殊メイクは、中堀つぐみ。
ヘアメイクは、田中優深。
音響監督は、地福聖二。
音楽は、松下雅也。
スチルは、和田直也。
漫画制作は、SHiNPEi a.k.a. Peco。

 

時河春利(高橋佳成)が、制作中の漫画をプリンターで印刷する。カバンに服を詰め、書棚から1冊本を選び出す。滝谷悦子(時松愛里)が歯磨きしながら部屋を覗く。春利は財布を確認し、3万、いや2万ほど貸して欲しいと悦子にねだる。近場でしょ。融通してくれたがアルバイトを増やすようせっつかれる。賞の発表は? もうそろそろ。バイトは絶対増やさないと言い捨て、春利が出かける。卒業して疎遠となっていた大学時代のゼミ仲間と3年ぶりに集まって旅行するのだ。
待ち合わせ場所の駅前の駐車場。春利はサトミ(井崎藍子)やツツダ(桜木洋平)と、接骨院の隣にスタバが出来たなどと卒業後の一帯の変化を語っていると、危なっかしい運転の車が駐車場にやって来る。ケント(青山貴史)は後部座席で寝ていて、ユリ(AYAKA)が運転していた。
じゃんけんに負けた春利の運転で旅がスタートする。ツツダが話しかけたケントが寝言で反応したり、サトミが記念撮影をしたり、ユリがネットで見付けたカレー屋を通り過ぎたり。立ち寄った食堂では春利が野菜炒めのタマネギを抜いてもらおうとして店主(有馬和博)と女将さん(加藤志津子)が揉める原因を作ってしまい、皆に苦笑される。そういえばサエキさんムタと結婚したって? ゼミで接点あった? 卒業してから偶然出会ったらしいよ。公園に立ち寄り、童心に返って草スキーに興じる一行。春利はユリと近況について語り合う。ユリは相変わらず広告代理店で忙しいという。サトミが代わろうかと言ってくれたが、酔わなくて済むからと引き続き春利がハンドルを握った。恋人は? ファミレスのバイトで知り合った人。ヒモかと後部座席から茶々を入れるツツダ。うるさい、黙れ。どんな漫画描いてるの? 不条理なファンタジーもの。サトミが読みたいというので春利が原稿のコピーを渡す。これ学生の時から描いてない? 春利は未だ描き切れていないとずっと同じテーマに取り組み続けていた。間もなくサトミは車に酔ったと読むのを中断した。トイレに寄って欲しいというツツダの願いを無視して車は今晩宿泊する山中のロッジへ向かう。そこはかつてゼミ合宿で利用していた馴染みの宿泊施設だった。
春利はカメラを手に附近を散策すると、ケントもロッジから出て来た。ケントはスピリチュアル系の雑誌の編集をしているという。原稿料のしっかり入る作画の仕事を回そうと申し出てくれたが、コンペで賞を取れたら持ち込むための作品を作らなくてはならないからと断る。風水とか信じてるわけ? まさか。信じてる読者はいるけどね。実体よりも信じるかどうかの問題じゃない? そう考えると深いな。でも次号はタイムトラベル特集だよ。最高じゃん!
夜になり、皆で宴会をする。春利の電話が頻繁に鳴る。緊急の連絡かもしれないからと電話を受けるように言われた春利が電話に出ると、悦子からだった。賞の結果が発表されているとの連絡だった。帰ってから確認するから結果は言わないでと一旦は電話を切った春利だったが、気になって旅行を楽しめないと改めて悦子に電話する。結果は落選だった。一次も通過できなかったことのショックと、落ちた結果を旅行先に連絡してきた悦子に対する忿懣から、春利は電話を切る。1人階段で酒を飲む春利。漫画を読ませて欲しいと言われ、春利は原稿のコピーを取り出すと、ベランダから投げ捨てた。ツツダは漫画家らしいと何故だか感心する。
1人、風呂に入る春利。春利の脳裡に学生時代が蘇る。研究室。ラップトップに向かう春利。ソファに寝転がって二ノ宮小夜(中村裕美子)が本を読んでいる。何読んでるの? 『春と修羅』。読んだことある? それ、俺の。面白い? 分からない。誰か待ってるの? 9時からバイトだから時間潰してる。お腹空かない? 何か食べに行こうか? いいね。

 

マンガ家志望の時河春利(高橋佳成)は大学卒業後、ファミレスのバイトで知り合った滝谷悦子(時松愛里)の家に転がり込み、漫画を描いているが、鳴かず飛ばず。3年ぶりに大学のゼミ仲間、サトミ(井崎藍子)、ツツダ(桜木洋平)、ケント(青山貴史)、ユリ(AYAKA)と旅行に出かけることになった。卒業以来疎遠だったが、集まるとすぐに学生時代のノリが戻った。ゼミ合宿で利用していたロッジで宴会をしていると、春利に悦子から連絡が入り、応募していた漫画賞の一次に落選したことが分かった。ショックで深酒する春利の脳裡に、二ノ宮小夜(中村裕美子)と過ごした学生時代がフラッシュバックする。風呂から上がって横になったところ、遅れてきた小夜が姿を現わす。

(以下では冒頭以外の内容についても言及する。)

漫画家(志望)の春利を主人公にしたドラマである本作品自体が春利の漫画になっている。
『夜を越える旅』の「夜」とは、冥界のことである。漫画賞の落選と同棲相手からの仕打ちというストレスによって、異世界への道が開かれる(それは閉鎖されていた橋が通行可能になっていることによって示される)。鉄道の遊具が銀河鉄道を、切り通し(?)が黄泉比良坂を、などと冥府下りのイメージをうまく作り上げている。
『夜を越える旅』の「夜」とは、漫画家として芽が出ない状態を指している。夜が明ければ、漫画家の道が開かれるだろう。
春利がケントを自らの身代わりに黄泉の国のイザナミ的存在に差し出すことは、漫画家の道を諦めることである。なぜなら、ケントとはケント紙であり、マンガ(の原稿)のメタファーとなっているからである。
説明しすぎない脚本が良い。
ショートカットが似合う、大きな目が印象的な小夜を演じた中村裕美子。既視感の理由は、『闇金サイハラさん』で、サイハラに動じないクラブのママを演じていたからであった。
イツキ(長谷川テツ)とナオコ(あやんぬ)のスピンオフを制作して欲しい。