可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『クレイジー・デートナイト』

映画『クレイジー・デートナイト』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
105分。
監督・脚本は、マニュエル・クロスビー(Manuel Crosby)とダレン・ナップ(Darren Knapp)。
撮影は、マニュエル・クロスビー(Manuel Crosby)。
編集は、ザック・パッセロ(Zach Passero)とマニュエル・クロスビー(Manuel Crosby)。
音楽は、ケビン・ケンテラ(Kevin Kentera)、マニュエル・クロスビー(Manuel Crosby)、ノア・ローダーミゥク(Manuel Crosby)。
原題は、"First Date"。

 

トニー(Todd Goble)が自室から落ち着かない様子で電話をかける。ターシャ、聞こえる? ええ、トニー、何なの? 今晩出よう。聞こえてる? ええ。通信状況良くない? 問題無いわ、聞こえてる。20分で迎えに行く。明日朝10時…。何の話? 日焼け止めは? 忘れちゃったんだ。真面目な話? 一緒にメキシコに逃げたいって言ったの覚えてる? 何で初デートでの話を本気にするの? トニーは慌ただしくトランクに荷物を詰め込む。初めから分かってたって言ってたからさ。僕らは一緒になるべきなんだ。ずっとね。だから次の段階に進むべきだよ。マルガリータを3杯飲んでたのよ。トニーの住まいのフェンス越しに、トニーの部屋の盗聴と監視が行われていた。友達から車を借りてるんだ。彼の家に置いてあるから取りに行かなきゃ。トニー、今夜は無理よ。大きなピザを注文しちゃった。僕はメキシコにちょっと関わりがあるんだよ。トニーが拳銃を用意する。トニーの部屋に数人の目出し帽の人物が近付いていく。君にはこれまで感じたことのないくらいの愛情を感じるんだ。最高に綺麗なメキシコのビーチ以上にさ。一緒に来てよ。ずっと愛情を注ぐって誓うからさ。待って、ピザが届いた。トニーは何かが割れる音を耳にする。トニーが玄関の方を窺う。話し声が聞こえてくる。奴はいるんだろうね。もちろん。奴だ! トニーは咄嗟に部屋に隠れてドアを閉める。押し入ってきた連中がドアを叩く。開けやがれ。蹴破れ。突然銃声がしてドアに張ってあったピンナップに穴が開く。死んじまうだろ! 女の怒鳴り声が聞こえる。ドアの外では言い争いが続いている。トニーは突然倒れる。胸の銃創からは血が滴っていた。トニーの耳元の受話器からはターシャの声が聞こえる。私たち別れた方がいいわ。同じ世界に住んでいるとは思えないもの。メキシコとアメリカってだけじゃなくてね。トニー、聞いてる?
ケルシー(Shelby Duclos)がガレージでサンドバッグにパンチを打ち込んでいる。そのとき、ケルシーの家の前の道を2台の自転車が通り過ぎるところだった。課題なんてやりたくない。俺の15分が無駄になる。ブレット(Josh Fesler)が蛇行しながらぼやく。数学はばっくれる。マジで嫌いなんだよ。英語もな。英語ばっくれようぜ。全部やらない方がいい。マイク(Tyson Brown)はブレットの話を聞き流し、ケルシーの家に目をやる。サンドバッグ打ちをするケルシーの姿が見えた。マイクにはケルシーの姿しか目に入らない。マイク、危ない! チェット(Brandon Kraus)の車にぶつかりそうになり、マイクが自転車ごと転倒する。ケルシーがマイクに気付いて大丈夫かと声をかける。そこにチェットが割り込んで気をつけろとマイクに告げると、すぐにチェルシーに向かって数学の最終試験の勉強を一緒にしようと誘う。いつがいい? 来週の第2火曜は? それって何日? 絶対にやって来ない日。ケルシーはガレージのシャッターを下ろす。いずれ彼女は俺のものだ。チェットはへこたれることなく立ち去る。ブレットは腹が減ったから行こうと自転車を漕ぎ始める。
マイクの部屋。ブレットがオレンジジュースと皿を手に入ってきて、ベッドに座る。お前の母さんがチミチャンガを作ってくれてたよ。最後のやつじゃない? いや、まだあるはず。ブレットが貪りながらマイクに尋ねる。いつ彼女を誘うんだ? 何? いつ彼女をデートに誘うつもりなんだ? メールのパスワード、彼女の名前だろ。何でお前が知ってるわけ? 字面になんか拘るな。ただ電話して彼女と約束すりゃいい。だけど番号なんて知らないし。もちろん知ってるさ。何でお前が知ってるの? ジャニス(Renée Sprouse)の電話で調べた。ジャニスの電話を盗み見たわけ? これで電話できるだろ? 俺たちは今晩デートだ。ブレットは紙切れをマイクに取らせる。スマホ失しちゃって。服の下、机の傍の。何で分かるの? アプリがあるから。追跡してるわけ。お前は触れるもの全て失うからな。俺がいなけりゃお前は玉袋さえ失しちまうだろうよ。お前はまだ俺の言ったことやってない。まずは電話しろ。1つずつ着実に。電話を手に取り、電話番号を打ち、耳に付けて呼び出し音を聞くんだ。慌てるな。シャワーを浴びてるかもしれない。そしたらタオルを捲かなきゃならない。電話に出るのはそれからだ。時間はないぞ。マイクがケルシーに電話をかける。呼び出し音が鳴る。マイクはケルシーがチェットといる場面が思い浮かんでしまう。もしもし? マイクはケルシーが電話に出たことに動揺してしまう。早く応答しろとブレットが急かす。業務用のゴミ袋なんかに興味が無いので、もう電話しないでね。違うよ、マイクだ。…マイク? 私の番号知らないと思ってたけど。ブレットがジャニスの電話を盗み見たんだ。お前の玉袋はどうしたんだ? 玉袋って言った? 違うんだ。確かに聞こえたけど、玉袋って。ブレットが…。あなたの持ってるわけ? いや、これはメタファーなんだ。一番最後にそれがあるって思った。見つけたか教えてくれない? 見つかったよ。それが私に電話した理由なの? 違う。…良い音楽だね。ジャクソン&ジャッキー。聞いてよ。緩やかな音楽が流れる。8トラック・プレーヤーなの。今朝ゴミに出されたのを拾ってきたの。こっそりね。何で? ママはね、捨てたものを再び目にしたくないの。たくさん捨ててたわ。VHSのヴィデオプレーヤーもね。カセット入ったままで。何の? 『タイタニック』。それにしてもずいぶん話してなかったわよね、いつ以来? ようやくマイクとケルシーの会話が盛り上がってきたところで、ケルシーに声を張り上げる母親(Desalene Jones)の声が響く。どこにいるの? キッチンを掃除してって言ったでしょ! すぐ行くわ! ごめん、行かないと。大丈夫だよ。今夜忙しい? 全然。デートしない? ケルシーに誘われ、マイクの顔がほころぶ。7時に迎えに来て。喜んで。じゃ、また今夜。また今夜。意外な成り行きにブレットも驚いた。

 

マイク(Tyson Brown)は同級生のケルシー(Shelby Duclos)に仄かな恋心を抱いてきた。ケルシーの隣人チェット(Brandon Kraus)は、身体を作り上げて良い車に乗り、ケルシーのつれない態度にもめげずアプローチを繰り返している。マイクはチェットがケルシーをものにするのではと気が気でない。そんなマイクを見かねたブレット(Josh Fesler)は恋人ジャニス(Renée Sprouse)のスマートフォンでケルシーの連絡先を盗み見て、マイクにケルシーをデートに誘うようけしかける。何とかケルシーに電話をしたもののマイクはしどろもどろ。だがマイクが電話越しに聞こえる音楽を気に入ったと伝えて流れは一変。それはケルシーの母親(Desalene Jones)が捨てた8トラックプレイヤーから流れるジャクソン&ジャッキーだった。マイクはケルシーから今晩7時に迎えに来てとデートに誘われる幸運に恵まれる。ところがマイクの両親(NJ Brown、Keldamuzik)がラスヴェガスに出かけたために車がない。ブレットが近所ですぐ入手可能な車をネットで注文し、資金不足だと言うマイクに両親のへそくりを拝借させる。早速販売先に向かうと、銀色に輝くトヨタカムリは期待以上。喜びも束の間、一足早く別の女性(Brittany Rietz)に売約済みとなっていた。落胆するマイクを売主のヴィンス(Ryan Quinn Adams)が倉庫に案内する。そこにはボロボロの65年型のクライスラー300が埃を被っていた。曰く付きの車を立て板に水で売り込むヴィンスに辟易するマイク。ところがダッシュボードには8トラックのプレイヤーがあり、カセットもあるとヴィンスが取り出したのはジャクソン&ジャッキーだった。運命を感じたマイクはハンドルを握っていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

マイクはケルシーに想いを寄せているが、引っ込み思案で挨拶するのもやっと。ケルシーの隣人チェットは鍛え上げた身体とオープンカーとを見せつけ、自信満々にケルシーを誘う。マイクはケルシーがチェットのものになるのではと不安を募らせる。だが何もしないマイクにチャンスが訪れることはない。差し出がましいブレットの存在が無ければ、マイクがケルシーとの距離を縮めることはないだろう。ブレットはチミチャンガのみならず、パンケーキも振る舞われて然るべきだ。
ケルシーは優しいマイクを憎からず思っている。内気なマイクが電話してきた勇気にも――ブレットの差し金であるとは言え――感じ入った。だからケルシーは自らマイクをデートに誘ったのだろう。
1つの問題の回避のために取った手段が別の厄介事を引き寄せるというように、マイクに災難が次々と降りかかる。メロウな音楽に乗って緩やかに展開していくうち、いつしか些細な出来事は大きな陰謀へと連なっていく。マイクとケルシーにとっては吊り橋効果が発生することになろう。
(後半まで見ると繋がりがようやく分かる)冒頭のトニーのシーンをどう解釈するか。カットされても――マイクとブレットが自転車に乗っているシーンからでも――ストーリーは成り立つ。最初のデートで相手の言葉を鵜呑みにする危険など恋愛に纏わるいくつかの教訓を訴えているわけでもあるまいが。
古い車、古い音楽プレーヤーなど。レトロな物事が現代に闖入することで世界を動かし(あるいは変容させ)ていく。ヴィンスが車の中を宇宙に喩えていたが、個々の閉鎖空間の中には宇宙(時空)が広がっていて、ときに他の宇宙(時空)との交差する。当然、玉袋にも宇宙が広がっているだろう。