映画『もう、歩けない男』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。
100分。
監督は、マイケル・アッペンダール(Michael Uppendahl)。
脚本は、マイク・ヤング(Mike Young)、マイケル・バーク(Michael Burke)、ロビン・ファイト(Robin Veith)、ブレット・ジョンソン(Brett Johnson)。
撮影は、トバイアス・デイタム(Tobias Datum)。
美術は、ジョン・パイノ(John Paino)。
衣装は、デュリンダ・ウッド(Durinda Wood)。
編集は、ジョセフ・タルボット(Joseph Talbot)。
音楽は、ブライアン・H・キム(Brian H. Kim)。
原題は、"Adam"。
雪の残るデトロイト。住宅街に立つジェリー・ニスカー(Barton Bund)の家。グラブを返せ。アダム(Brandon Muzzey)が叫ぶ。やってみろよ、デブ! ロス(Gabriel Anderson)が弟を挑発して逃げる。殺してやる! アダムが兄を追いかける。床を綺麗にしたばかりなの、お兄さんのことは放っておきなさい! 母のアーリーン(Valentina Arnold)がアダムを注意する。ロスがリヴィングの窓を開けて雪の上にグラブを放り投げると、アダムがグラブを取りに出る。ロスは窓を閉めて鍵をかけ、アダムを馬鹿にして踊る。ジェリーが日曜大工のために出していた金槌を拾い上げると、アダムが窓ガラスに向かって投げつけ、粉々のガラスを踏み付けて部屋の中に入る。
フィデリティのデトロイト支社。アダム・ニスカー(Aaron Paul)が電話で話しながら出社する。最初の2年に節約した分で変動金利の住宅ローンの上昇分を賄えますよ。金利が上昇しない場合もあります。市場の動向次第です。経験上は変動しないことが多いですね。下がることもありますよ。実際下落もありました。複数のディスプレイを見詰めて仕事をするスタッフたちの脇を抜けて、アダムは会議室へ向かう。ガラスの向こうではミッキー(Jeff Daniels)が社員を前に話している。しまった! レニックさん。電話番号をお伝えしたのは気にしているからですよ。そうでなければ今朝もこの半年間も電話にでませんでしたよ。…素晴らしい! また話しましょう。電話を切ったアダムが会議室に入る。住宅ローンは顧客にとって人生最大の金融取引だ。動揺の原因に正しく対処できれば顧客を安心させられる。アダム、君が時間通りに来てくれると嬉しいがね。すいません、顧客の対応をしていまして…。金を追うんじゃない。専門家になるんだ。心配するな、金は付いてくる。数字や金を追いかけても堂々巡りになるだけだ。会議にも遅刻することになる。10時30分だ。西海岸のご新規さんですぐに回線が塞がる。デスクについて仕事を始めろ。
バーにアダムが同僚たちと繰り出した。ミッキーから伸び代が大きいと声を掛けられたと誇るアダム。レニックさんと契約したことも伝えたよ。太客じゃないだろ、半年前には切り捨てた。ニック(Yuriy Sardarov)が皮肉る。そりゃお前さんが住宅ローンの販売が何だか分かってないからさ。時間を無駄にしたくないんだよ。見込みがある客に? ミッキーは7万ドルの住宅ローンにご執心だって言うのか? 彼女の上司が300万ドルの豪邸を探しているからだ。アダムはカウンターに酒をもらいに行く。トレント(Paul Walter Hauser)が追ってきてアダムに尋ねる。昨日の晩、ラークで誰に会ったと思う? 高級レストランに出かけたのを自慢したいのか? 祖母ちゃんの誕生日だったんだ。ヘンリーに出会してね。ランボルギーニを回してもらうところだった。本当か? 奴は辞める際に顧客リストを持ち出して独立したんだ。フィデリティは気付かなかったのか? 大した問題じゃないし、訴訟には金がかかりすぎる。アダムはトレントと話しながら女性店員(Shannon Lucio)に目を奪われていた。ウィスキーを呷ると、お前の奢りでと言い捨てて、彼女の後を追う。すいません? トイレならあちらです。身分証をチェックされた? それって口説き文句? 何ですって? 俺の名前が知りたければ単に訊いてくれたらいい。免許証なんて見る必要はないってこと。いいわ。彼女はクリスティーンと走り書きした紙をアダムに手渡して立ち去る。
帰宅したアダムは冷蔵庫を開き、飼い犬のアレックスに語りかける。ラムとビーフか、ビーフとレバーか? よし、ビーフとレバーだな。皿に缶詰の中味を開ける。
犬を助手席に乗せたアダムは通りでクリスティーンを見かけ、慌てて車を止める。アレックスを降ろすと、クリスティーンを追わせる。アレックスはクリスティーンに駆け寄る。車が嫌いでね。リードを摑んでくれた彼女にアダムは感謝する。道路を横断させたら駄目よ。クリスティーンはカフェに入っていく。アダムはアレックスを褒めてリードをベンチに繋ぐと、彼女の後を追って店に入る。カプチーノのミディアム、無脂肪乳で? 店員がすぐにクリスティーンの飲み物を用意する。アダムはクリスティーンに何にしたか尋ねる。カプチーノ。良さそうだ。きちんと分かってる? 俺はいつもこんがらがるけどね、カプチーノかマキアートか何だとか。お店に来たらいいでしょ? 通りで私の後を付けないで。俺が君を知っていると? クリスティーンは笑うしかない。店員に今日は持ち返ると告げる。アダムが止める。どうやって君を知ればいいのか教えてよ。彼女は店内で飲みたいんだ。いいえ、私は自分が欲しいものは分かってるわ。分かったよ、持ち帰りにするなら、一緒について行ってもいいかい? 本気なの? そうだよ。いいわ。じゃ、持ち帰りで。店を出るとアダムはアレックスのリードをベンチから外す。紹介してよ。アレックス。ビール会社で出会ったんだ。名前だけで番号は教えてくれなかったよね。本当に望んでるならもっと必死になるわよね。苗字を知りたければ腕立て伏せしなきゃならない? 段階を踏んで。これからどこへ? こっちよ。すぐにバーに到着する。番号は教えてもらえる? 私がどれだけ美しいか言ってもらえる? 間違いなく俺が出会った中で一番美しいよ。この日差しも君の前じゃ形無しだ。吹き出すクリスティーン。頼むよ、良かったろ? 彼女はアダムから電話を受け取ると、電話番号を入力する。アダムは喜ぶ。
フィデリティのデトロイト支社。住宅ローン部門の営業のアダム・ニスカー(Aaron Paul)は職務に打ち込んでいた。熱心さで状況が見えなくなる嫌いもあるが、上司のミッキー(Jeff Daniels)からも期待していると声をかけられる。大口契約に繋がる顧客を獲得したことに気を良くしたアダムは、ニック(Yuriy Sardarov)やトレント(Paul Walter Hauser)ら同僚と繰り出したバーで店員のクリスティーン(Shannon Lucio)に一目惚れすると、必死にアプローチして見事口説き落とす。1ヶ月後、ミッキーに呼び出されたアダムは部長に起用すると告げられた。アダムは喜び、自宅にクリスティーンや同僚、兄のロス(Michael Weston)を湖畔の家に招いてパーティーをする。酔っ払って目の前の湖に飛び込んだアダムは、頸椎を損傷してしまう。アダムは一命を取り留めたものの、四肢が麻痺して、統計上再び歩ける可能性はないと医師(Jan Radcliff)に告げられ、アダムの母アーリーン(Celia Weston)と父ジェリー(Tom Berenger)は嘆き悲しむ。見舞いに訪れたクリスティーンは病室に立ち入ることができず病院を後にする。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
冒頭、アダムの子供時代のエピソードが描かれる。兄のロスに家から外に閉め出されたアダムは母親に開けてと頼むまでもなく、足下にあった金槌を拾って窓を割って家に入る。その無鉄砲さは後の悲劇の伏線になっている。
顧客からの電話対応を優先して営業会議に遅刻するアダムを上司のミッキーは買っている。バーで一目惚れしたクリスティーンに対するアプローチもかなり強引だが、アダムは受け容れられた。向こう見ずと分かちがたい一途さがアダムの魅力なのだろう。
不慮の事故により四肢が不自由になったことを受け容れられず、家族に我が儘という形で甘えてしまうアダム。そんな彼を変えるのはシベリアの大地が生んだ介護士のイェフゲニア(Lena Olin)。生きるために愛する子山羊を屠った女性。彼女の人間の大きさを象徴する、帯同する夫のサッシャ(Wayne David Parker)を呼ぶ声は、氷河の名残である巨大な湖に響き渡りそうだ。彼女がアダムに提供するヴィデオも素晴らしい。Hello, stranger! 誰でも最初はstrangerだ。
事故後に初めて酒場に出かけたアダムがビールの美味さに感激し、さらには障害のある男性と付き合っていたという女性に言い寄られたところ、アダムは急な便意によってその場を抜け出さねばならない(しかも兄の手助けが必要)。幸福から一気に惨めな思いに突き落とされる。手の操作のみで運転する車に乗りこなせるようになった後の出来事も、やはりアダムの気持ちを沈み込ませることになる。いかにして前向きな気持ちを取り戻すか。