可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『そして僕は途方に暮れる』

映画『そして僕は途方に暮れる』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
122分。
監督・脚本は、三浦大輔
原作は、三浦大輔の脚本・演出の舞台『そして僕は途方に暮れる』。
撮影は、春木康輔と長瀬拓。
照明は、原由巳。
録音は、加唐学。
整音は、加藤大和。
美術は、野々垣聡。
スタイリストは、小林身和子。
ヘアメイクは、内城千栄子。
編集は、堀善介。
音楽は、内橋和久。

 

2020年11月19日木曜日。東京。マンションの1室。捨てるために縛った映画雑誌の束やプロジェクターの入った箱などが隅に置かれている。鈴木里美(前田敦子)がドライヤーで髪を乾かしていると、ベッドで眠っていた菅原裕一(藤ヶ谷太輔)が目を覚ます。おはよう。ごめん、起こしちゃった? 最近、同僚の子が辞めちゃったから。バイトは? 休み。どっか行く? 夜、伸二と飲みに行くけど。良かったら食べてねと言って、里美がテーブルの上のラップをかけた皿を示す。じゃあ、行くね。行ってらっしゃい。裕一は皿を手に取るとテレビを点けてカウチに坐り、トーストを囓る。天気予報が流れる。リヴィング・テーブルに裏返しに置いて充電していたスマートフォンを取り上げ、いじり始める。
新宿。雨の降る中、歩道橋にビニール傘を差した裕一の姿がある。もう着いたよ。LINEにメッセージを入力する。傘を差した白い服の女性が裕一の前に姿を現わす。2人はホテル街へと歩き出す。裕一は何度も後ろを振り返る。
里美が真っ暗な部屋に帰宅する。明かりを点け、提げてきたレジ袋をテーブルに置く。着替えていると、裕一が帰って来る。今帰って来たの? 遅くなるって言わなかったっけ? 裕一はすぐにカウチに坐り、テレビを点ける。テレビ前のリヴィング・テーブルには朝食の皿が置きっ放しになっている。結構残してるけど、美味しくなかった? 別に。裕一はカウチに横になってスマホをいじる。トイレの明かり切れてたから買ってきて。買ってきたよ。里美がテーブルの上のレジ袋を示す。じゃ、付けといて。お母さん(原田美枝子)から連絡あったよ。北海道に遊びに来ないかって。前に行ったの3年前だよね。裕一はテレビを見て笑いを漏らす。…ごめん、我慢できないから言うね。何を? ケータイ見るときいつも私の方に画面を向けないよね。意識してるのかどうか知らないけど。置くときもいつもひっくり返すよね。私に知られたくないことがあるからじゃないの? 急に雲行きが怪しくなり、裕一は戦々恐々。…何が言いたいの? 昨日の夜、LINE見ちゃった。今まで女の人と会ってたんでしょ? いい機会だから、話し合いたいの、今後のこととか。裕ちゃんも、私に言いたいことあるなら言って。弁明の機会を与えられているにも拘わらず、裕一は煮え切らない。裕ちゃんがケータイ使う時、ずっとパスワード探ってたんだよ! ヤバい人でしょ、私! ラインでああいうやり取りするのってどういう関係の人なの? 裕一は慌ててリュックに服や持ち物を詰め始める。何してんの? 俺、出てくわ。このアパート、里美の名義だから。里美もいろいろ考えてよ。私は何を考えればいいの? …全体的なこと。話を聞いて。浮気して私のこと裏切ったって、そういうことでいいんだよね? あれ? どうしたんだろう…急に立ちくらみが…。裕一はリュックを背負ったまま床に崩れ落ちる。目の前がぼやけて…。水飲む? 休んだ方がいいんじゃない? 裕一は立ち上がるとゆっくりと玄関へ向かう。俺、大丈夫かな? 取り敢えず、気合だ。ドアを出た途端、裕一は駆け出す。自転車に飛び乗ると、全速力でペダルを漕ぐ。時折振り返りながら裕一は商店街を抜けていく。
駅前で裕一が腰を降ろして缶コーヒーを飲んでいると、スマホが鳴る。里美からだった。里美の連絡は無視して、裕一は幼馴染みの今井伸二(中尾明慶)に連絡を入れる。丁度今帰ったとこ。ヤバいことになっててさ。どうしたんだよ、大丈夫かよ。
11月26日木曜日。居酒屋。ホール・スタッフの裕一は、入店した客を里美と思い慌てて姿を隠すが、見間違いだった。
夜の街を自転車で疾走する裕一。
ただいま。裕一が帰って行ったのは居候先の伸二のスタイリッシュで落ち着いた雰囲気の部屋。バイトもう終わったの? 洗濯物を丁寧に畳みながら伸二が尋ねる。客がいないから早退してきた。シフト朝まででしょ、大丈夫なの? 大丈夫でしょ、バイトなんだから。裕一がテレビを点け、買ってきた弁当を食べ始める。テレビにはバナナマンの2人が映っている。ちょうど一週間か。お前来たとき、ちょうどこれ見てたから。裕一のスマホに着信がある。出なくていいの? 母親からだから。何かあったらどうすんだよ。いいんだよ。で、里美ちゃんには連絡したの? してない。俺の予想だけど、里美ちゃんも引き留めれば良かったって思ってると思うけどな。お互い意地張っててもしょうがないだろ。俺が一緒に行って話を付けて…。里美との問題を先送りにしたい裕一は、突然、芸能人のYouTube利用について熱く語り始めるのだった。

 

菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は、女を作って出て行った父親・浩二(豊川悦司)の影響もあって、大学では映画研究会に所属するなど映画に熱を上げていた。だが今では夢も潰え、先輩・田村修(毎熊克哉)の勤める居酒屋のアルバイトでその日暮らし。鈴木里美(前田敦子)の部屋に転がり込んで5年になる。それでも助監督として精進する後輩・加藤勇(野村周平)には見栄を張って能書きを並べてみたりする。裕一も姉・香(香里奈)も東京に出て、苫小牧で1人暮らしの母親・智子(原田美枝子)からは遊びに来いとの連絡があるが、無視している。ある晩、裕一は里美から浮気を咎められる。この機会に今後のことについて話し合いたいと詰め寄られた裕一は部屋を飛び出す。幼馴染みの今井伸二(中尾明慶)の部屋に1週間ほど居候させてもらったが、里美に対してそうしていたように、家事その他を伸二に押し付けてのうのうと暮らしたために、人のいい伸二を激昂させてしまう。裕一は田村先輩の部屋に置いてもらう。裕一は同じ過ちを繰り返さないよう、家事に精を出していたのだが…。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

何もしないで要求ばかりする裕一のダメさ加減はよく伝わる。他方、裕一の父親・浩二が人を惹き付ける色気に溢れているのと異なり、裕一の長所がどこにも見当たらないため、里美や伸二らが裕一をなぜ受け容れて来たかが全く分からない。それをファンタジーとして受け容れることが要求されているのだろうか。
裕一の背後(新宿東宝ビル)に映画『ノマドランド(Nomadland)』(2021)の広告が掲げられていたのは偶然かもしれないが、裕一の行く末を暗示するようだ(なお、裕一は神田で浮浪者の姿を見て、自分の行く末に一瞬思いを馳せるシーンもある)。
浩二が気まずい思いをするからと避けていた元妻の家に姿を見せる。まだ終わってないんだと、大晦日の深夜零時(新年)を目前にして、息子に頑張った姿を見せる。彼の照れ隠しと達成感と綯い交ぜになった呟きに痺れる。
お気に入りの映画監督なら、たとえ失敗作を見てもたまたまだ今回だけはと許せる、人間だって同じだという趣旨の伸二のセリフが印象に残る(ある伏線を張るためのセリフではあるのだが)。
見ててイライラさせられるダメ人間を藤ヶ谷太輔が体現。
豊川悦司が素晴らしい。やはり失踪した父親を演じた映画『子供はわかってあげない』(2021)もお薦め。