映画『少女は卒業しない』を鑑賞しての備忘録
監督・脚本は、中川駿。
原作は、朝井リョウの小説『少女は卒業しない』。
撮影は、伊藤弘典。
照明は、高橋拓。
録音は、鈴木健太郎。
美術は、宍戸美穂。
衣装は、白石敦子。
ヘアメイクは、杉山裕美子。
編集は、相良直一郎。
音楽は、佐藤望。
山間部の川沿いにある町。制服姿の高校生が坂を下り、橋を渡り、桜並木を抜けて登校している。県立島田高等学校、通称「島高」の生徒たち。校門では立ち番の教師が生徒たちに挨拶して迎え入れている。3年生の教室では、早くに登校した生徒たちが話に花を咲かせる。日直の女子生徒が教室の後ろの黒板の「卒業まであと2日」の数字を1に書き換える。
下駄箱の前で山城まなみ(河合優実)が上履きに履き替えていると、上着を羽織らず白いシャツ姿の佐藤駿(窪塚愛流)に声をかけられる。おう、おはよう。今日も鍵持ってる? まなみが頷く。じゃ、また昼休みな! 駿が立ち去る後ろ姿をまなみが黙って見詰める。
神田杏子(小宮山莉渚)が教室に向かって階段を上っていると、友人から卒業式の後にカラオケ行かないかと誘われる。杏子は卒業ライヴの準備があるからと断る。
作田詩織(中井友望)が教室の前まで来て立ち止る。しばし躊躇した後、詩織は踵を返す。詩織は図書室に向かうが、扉は閉っていた。本棚はほとんど空になっている。国語科の坂口先生(藤原季節)が段ボールを手にやって来た。おはようございます。作田さん、久しぶりですね。図書室に用ですか? 教室に居づらくて…。今、鍵開けます。…やっぱり教室、戻ります。…今日の午後、開いてますか? 開いてますよ。
生徒が続々と体育館に集まってくる。後藤、久しぶりじゃん。後藤由貴(小野莉奈)が女子バスケ部で一緒だった親友から声をかけられる。由貴は友人の姿に驚く。痩せたよね? 明日は写真撮るからね。席について下さい! 卒業式の予行演習が始まる。
在校生代表、岡田亜弓。司会の教師が送辞を述べる岡田にどこを通ってどこでお辞儀をするか説明する。体育館の入口では森崎剛士(佐藤緋美)が教師から赤く染めた髪について注意され、地毛だと言い張っていた。ああいうことされると私が怒られるんだよ…。剛士が所属する軽音部で部長を務めた杏子が嘆く。森崎のバンド名って何だっけ? ヘブンズドア。森崎の名前は? 刹那Ⅳ世。卒業ライヴ出るんだっけ? 同級生は剛士をネタにして杏子にあれこれ質問する。
在校生起立! 由貴が卒業生の中で1人立ち、周囲から笑われる。進路を巡って隙間風が吹いたままの寺田賢介(宇佐卓真)のことばかり気にして見ていた由貴は卒業式の練習など上の空だった。
卒業生代表、山城まなみ。まなみが舞台に上がる。一礼して答辞を読み始める。
練習が終わる。まなみが女子生徒から声を掛けられる。まなみが答辞読むんだ。こういうのって生徒会長だと思った。専門学校に行くから、早くに進路が決まってたから頼まれたんだと思う。
山間部の川沿いに立つ県立島田高等学校、通称「島高」。卒業式を明日に控えた3年生がいつもの通学路をいつもと違う気持ちで登校していた。
下駄箱の前で靴を履き替えていた山城まなみ(河合優実)は佐藤駿(窪塚愛流)に後で家庭科室で会おうと声をかけられる。料理部部長を務めたまなみは駿ために弁当を作ってきた。電子レンジを使うために家庭科室で密会してランチをとるのが2人の楽しみだった。栄養についての説明はまるで頭に入らない駿だが、いつの間にか野菜を食べてくれるようになったのがまなみは嬉しかった。早くに専門学校に進学が決まったためか、まなみは教師の指名で卒業式に答辞を読むことになっている。
作田詩織(中井友望)は教室に入れず、一旦は図書室に向かうが、扉は閉っていた。折良く国語科の坂口先生(藤原季節)がやって来て、今開けるよと言われたが、また来ますと言って改めて教室に向かう。借りている『朝焼けの空の下で』は、返却期限を過ぎても返せず、今も手にしたままだ。
体育館で卒業式の予行演習が行われる。後藤由貴(小野莉奈)は心理学を学ぶために東京の大学に進学することになり、地元で小学校の先生になりたいと地元の大学に進む寺田賢介(宇佐卓真)とは離ればなれになってしまう。だが、廃校になる島高の校舎が何かの施設に転用されればいいと言う由貴に、賢介はモールが出来た方が便利でいいと些細なことで仲違いして、年を越し、卒業式を迎えようとしている。由貴は賢介の姿ばかりを見ていて、在校生起立の声で1人立ち上がり、周囲から笑われてしまう。
軽音部のエアのデスメタルバンド「ヘブンズドア」は皆からネタにされている。バンドを率いる森崎剛士(佐藤緋美)と中学からの同級生でもある軽音部部長の神田杏子(小宮山莉渚)は、剛士に歌の才能があることを知っている。卒業式では剛士に皆にその才能を知らしめたいと強く願っていた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
4人の高校生が経験する別離を、卒業式前日と当日の2日間で描く。
由貴は賢介と卒業式当日になって初めて一緒に登校する。2人並んで歩く通学路は、バスケットボールに打ち込んできた2人の高校生活を辿る道だ。卒業式の後、2人が屋上でする花火は、華やぎつつも儚い2人の交際を象徴する。やがて2人は別々の道を歩むことになるだろう。
杏子は密かに想いを寄せてきた剛士に歌の才能があるのを知っている。剛士の歌を皆に知らしめて、剛士を馬鹿にしている連中を見返してやりたいと願っていた。だがその願いが叶うとき、杏子だけが知っている剛士という存在は喪われてしまうだろう。
教室で同級生とうまくコミュニケーションのとれない詩織は、坂口先生のいる図書室に居場所があったから高校生活を乗り切ることができた。詩織の坂口先生に対して感謝以上の気持ちを抱いている。図書室で借りた書籍は持ち運び可能なシェルターであり護符であり、何より坂口先生との絆であった。詩織は期限を過ぎても返却できずにいた。詩織の気持ちを知る坂口先生は、否定が関係の断絶ではなく、否定から始まるコミュニケーションも存在することを教える。
「少女は卒業しない」は否定文である。否定文は、肯定文を前提にしているため、肯定文を呼び起こす。すなわち「少女は卒業しない」と言えるのは「少女は卒業する」からだ。
不在も又然り。「存在しない」とは、存在が前提とされている。存在しないという思いが強ければ強いほど、その存在がますます意識に上る。しかも実体が存在しないが為に、時と場所を選ぶことがない。