映画『かがみの孤城』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本のアニメーション映画。
116分。
監督は、原恵一。
原作は、辻村深月の小説『かがみの孤城』。
脚本は、丸尾みほ。
演出は、長友孝和。
キャラクターデザイン・総作画監督は、佐々木啓悟。
ビジュアルコンセプトは、イリヤ・クブシノブ。
美術監督は、伊東広道。
CGモデリングディレクターは、稲垣宏。
CGアニメーションディレクターは、牛田繁孝。
撮影監督は、青嶋俊明と宮脇洋平。
編集は、西山茂。
音楽は、富貴晴美。
アニメーション制作は、A-1 Pictures。
安西こころ(當真あみ)がベッドで眠っている。日差しを浴びて目を覚ます。
南東京市。雪科第五中の1年生のこころは、フリースクール「心の教室」を訪れる。小さな子供たちが賑やかに遊んでいる中、こころは誰もいない部屋に案内される。こころが1人坐って待っていると、若い女性(宮﨑あおい)が姿を現わす。こんにちは、あなたが安西こころさんね。私、喜多嶋って言います。喜多嶋はこころの向かいに坐る。雪科五中の生徒さんなのね。私もそうだったのよ。
例えば、夢見るときがある。教室の扉が開いて、転入生が入って来る。何でもできる素敵な子。数多くいる生徒の中に私の姿を見付けて、親しげに声をかけてくれる。こころちゃん、久しぶり。そんな奇蹟が起こることを。…そんな奇蹟が起こらないことは分かっている。
教室の中に1つだけ、誰もいない机。こころの机。
5月。じゃあ行くよ。父が仕事に出かける。行ってらっしゃいと母(麻生久美子)が送り出す。こころが階段を途中まで降りて来る。お母さん、お腹痛い。どれくらい? いつもと同じくらい。行くの行かないの? …分かった。母は電話に向かう。今日伺う予定でした安西ですが、体調が優れないので本日は…。
こころは階段から自室へ引き返す。腹部に確かな痛みを感じる。行かないのではなくて、行けないのだ。ベッドに座る。昼になると、テレビを見ながら、1人弁当を食べる。こころは再びベッドに横になる。
こころの暮らす家は、昼間は人気のない住宅街にある。自宅のポストに投函された音がはっきり聞こえる。いつものように同じクラスの東条萌(池端杏慈)が学校からの配布物を届けてくれたのだ。斜向かいに住む萌とは親しかった。こころは窓から帰宅する萌の姿を眺める。
こころは姿見が七色に輝いているのに気が付く。近付くと輝く鏡面は水面のように見えた。こころが触れてみると、手がすんなりと鏡の中に入った。突然こころの手が中から引っ張られ、こころは鏡の中に入ってしまった。
ねえ、起きて。こころは気を失って地面に倒れていた。起きてってば。オオカミのお面を被った赤いドレスの少女(芦田愛菜)の声にこころが目を覚ます。ようこそ、安西こころさん、お待ちしてました! 何? こころは目の前に大きな扉のある建物に気が付く。お城? その通り、あなたはこの城のゲストとして招かれたのです。こころは扉の反対側に鏡があるのに気が付くと、逃げ込もうとする。想像しないのか、冒険が始まるとか。異世界ファンタジーだとか、小さな少女が何で怪力なのかとか。少女はこころをあっさり捕まえると、足首を引き摺って城へ向かう。こっちは6人面接してもううんざりなんだ。さっさと済ませたいんだよ。扉を抜けて、閉じられる。仲間がお待ちかねだ。こころが立ち上がって辺りを見回す。吹き抜けの円形の広間には上階に向かってカーヴを描く階段があり、こころと同世代に見える6人の男女が腰を下ろしていた。こんにちは、あなたを待ってたのよ。7人揃わないとダメなんだって、その子が。デニムのジャケットの女子(吉柳咲良)がこころに告げる。オオカミ様と呼べ! 少女は憤慨する。オオカミ様が、あなたが最後だからって。1時間くらい待ったかな。ぽっちゃりした少年(梶裕貴)がぼやいた。
南東京市の雪科第五中の1年生・安西こころ(當真あみ)は、フリースクール「心の教室」を訪れ、五中の卒業生だという喜多嶋(宮﨑あおい)に迎えられる。だがいざ通おうとすると腹痛に襲われ、こころは家を出ることができない。母(麻生久美子)に欠席の連絡を入れてもらうと、両親が働きに出て誰もいない家で1人過す。五中の級友・東条萌(池端杏慈)が配布物をポストに投函していくと、こころはその姿を窓から追った。萌は斜向かいに住んでいる大学教授の娘で、家には立派な本がたくさんある。だが萌との仲は真田美織(吉村文香)によって引き裂かれていた。こころは部屋の姿見が七色に輝くのに気が付く。鏡面に手を触れると、こころは鏡の中へと引っ張り込まれる。気が付くと、目の前にオオカミのお面を被った赤いドレスの少女(芦田愛菜)がいて、聳え立つ城に無理矢理連れて行かれた。広間にはこころと同世代の6人の男女の姿があった。オオカミ様と名乗る少女は、城内のどこかにある鍵を見付け出して願いの部屋に入ることができれば、1人だけにどんな願いでも叶えてやると言う。状況をよく飲み込めない7人。とりあえずお互いに自己紹介し、こころは、他の6人が中学3年生のアキ(吉柳咲良)、中学1年生の嬉野(梶裕貴)、中学2年生のフウカ(横溝菜帆)、中学1年生のリオン(北村匠海)、中学2年生のマサムネ(高山みなみ)、中学3年生のスバル(板垣李光人)だと知る。
(以下では冒頭以外の内容についても触れる。)
学級委員を務める真田をある事情から敵に回してしまったこころは学校に通えなくなる。フリースクールの喜多嶋が救いの手を差し伸べるが、その手を握り返すこともできない。そんな中、鏡の向こうに広がる絶海の孤島に聳える城で、同世代の6人と思い思いに時間を過すチャンスを与えられる。こころはその城にすらなかなか足を向けることができない。何とか再び城を訪れたこころは温かく迎え入れられ安心する。女子のアキやフウカと過すうち、男子たちとも交流できるようになる。
部屋の外に、家の外に、地元の外に、どんなに広い世界が待っていようとも、そこに足を踏み入れることは難しい。鏡の向こう側、すなわち想像の世界でさえ、こころは二の足を踏んでしまうのだ。こころがオオカミ様にわくわくすることを想像しないのかと叱責されるのは、こころが狭い枠組みに囚われていることを伝えている。そして、スパルタなオオカミ様の指導(?)によって、こころは次第に世界を違う視座から捉えることが可能になっていく。繊細な「心」が過酷な現実で生き延びるための方途。それは、同世代の発想からの脱却をも意味しよう。
隔絶した島という閉鎖環境は1つの理想郷でありながら、そのホステスである少女はオオカミとして峻厳な存在であり続ける。彼女の存在こそが現実との接続を可能にしているのだ。
こころの自室の姿見から、オオカミ様の城へ。そして、そこを支配するルール。7人の中学生とともに、鑑賞者も状況をよく摑めない立場に置かれることで、鑑賞者は彼/彼女らど同化する仕掛けとなっている。そして、ファンタジーの背後にある過酷な現実が次第に明らかになっていく中で、鑑賞者は否が応でも物語に没入することになる。
オオカミ様が指摘する通り、初めから繋がりは示されていた。ただこころと同様、その繋がりを目にしていながら理解していなかっただけなのだ。