展覧会『南桂子 銅版画展―静かな王国』を鑑賞しての備忘録
ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションにて、2023年5月27日~8月6日。
南桂子(1911-2004)の銅版画43点と油彩画1点を関連資料と併せて展観。
《牧場》[04]は、2つの弧を縦に"y"字状に入れ、その上部に単純な線で向かい合う横顔を描き、頭巾を被った女性がもう1人の同じ出で立ちの女性に接吻する様子を表わした作品。右側の女性については鼻の形が表わされ、また"y"の右側の線の下部から可能の左手が左側の女性に伸ばされることで、「タチ」(?)であることが分かる。2人の顎と衣装の間の空間には1本の木と1頭の牛の姿が覗く。長閑な牧場で交わされる愛を目撃するのは牛だけだ。その牛を女性たちの作るハートマークに近い形の隙間越しに見ることで、秘めやかな場面に出会した感覚を、鑑賞者は牛と共有することになる。牛は鑑賞者の鏡像なのだ。
《2人の少女》[07]は、花の入った籠を一緒に抱える2人の少女を描いた作品。2人とも正面を向くが、左側の背の高い少女はやや首を傾げている。それとバランスを取るかのように籠は右上がりになっている。画面右上には帆船が描かれているが、背の高い少女の顔と籠の傾きとは、船を揺らす波、あるいはバランスを取って進む船の動きを伝えるのかもしれない。それぞれが裾を底辺として頭を頂点とする二等辺三角形状の同じデザインのワンピースを身に付けているが、同時に、裾の高さがが揃っているために、2人の裾を底辺とした、ワンピースと相似であるより大きな二等辺三角形に二人の少女が収まるようで、二人の文字通りの一体感を生んでいる。羊を抱える少女と傘を差し掛ける少女とを描く《雨の日》[51]でも、それぞれの裾を底辺とした二等辺三角形の縞のワンピースは、2人の裾が揃うことで、より大きな相似の二等辺三角形の中に2人を収め、傘と相俟って2人の少女の親密さが表現されている。
《2つの町》[12]は画面下に十字架と風見鶏をそれぞれ持つ2つの塔のある町を大きく描き、画面上に3つの塔が聳える小さな町を配する。2つの町の間には、下の町から一旦右上に延び、そこから直角に近い形で左側に折れ、最後に真上に向かって垂直に延びる2つの直線が描き込まれている。それは2つの町を結ぶ道であるとは思えない。光の屈折を象徴するのではなかろうか。円状に集積した点で表わされた太陽が、蜃気楼を引き起こし、その結果2つの町が見えている、そんな空想を誘う。
《庭園にて》[21]には、円形に並んだ落ち葉とそこに立つ2本の木、木の中にいる赤い鳥と、飛び立った青い鳥、そして傍らに置かれた1脚の緑の椅子が描かれている。椅子は人物の不在を訴える。赤いビロードを貼った椅子と、絹糸のような艶やかな薄桃色の羽と青い冠を持った剥製の鳥との会話を描いた南桂子の童話を踏まえれば、椅子は不在の人物を思って考え事をしている。
《風船売りの少女》[23]は、赤と青の風船を売る少女と、飛ぶ鳥とを描いた作品。少女は空へと飛び上がることのできる風船をたくさん持っていながら、自らは飛び立つことはできない。空を行く鳥の姿に、いつか飛び立つ日を夢見ている。