可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『ルネ・ラリック リミックス 時代のインスピレーションをもとめて』

展覧会『ルネ・ラリック リミックス 時代のインスピレーションをもとめて』を鑑賞しての備忘録
東京都庭園美術館にて、2021年6月26日~9月5日。

ルネ・ラリック(1860-1945)の宝飾品やガラス工芸品を展観。「イントロダクション:ルネラリックと朝香宮邸」(本館1階/大広間・第一応接室)[001-007]、「ルネ・ラリックのジュエリー」(本館1階/小客室・大客室)[008-025]、「複数の自然」(本館1階/大食堂・喫煙室・小食堂)[026-039]、「古典の再生」(本館2階/広間・若宮寝室・合の間・若宮居間・書庫)[040-058]、「エキゾティシズムとモダニティ」(本館2階/殿下居間・殿下寝室・妃殿下寝室)[059-073]、「女性たちのために」(本館2階/妃殿下居間・北の間)[074-091]、「装飾の新しい視点をもとめて」(新館ギャラリー1)[092-127]の7章で構成。

【イントロダクション:ルネラリックと朝香宮邸】(本館1階/大広間・第一応接室)[001-007]
滞仏中、アール・デコ博覧会(1925)を訪れた朝香宮夫妻は、主なパヴィリオンの内装を手懸けたアンリ・ラパンに、自邸の部屋の設計を依頼した。ルネ・ラリックも内装に関与し、正面玄関のガラス・レリーフ・パネル[002]が制作された(裸体像に薄布を纏わせるとの書き込みがあるデザイン画[003]も展示)。なお、夫妻は、滞仏時、ペンダント《三匹の蝶》[005]など、ラリックの作品を3点購入している(「受領書綴」のルネ・ラリック社からの請求書[007])。

ルネ・ラリックのジュエリー】(本館1階/小客室・大客室)[008-025]
ラリックは16歳で金銀細工をパリで、18歳でアートをロンドンでそれぞれ2年間学んだ後、メゾンに作品を提供し、25歳で独立。貴石だけでなく象牙・獣角・七宝などを素材に採用し、植物・昆虫や女性をモティーフに斬新なジュエリーを発表した。
《ナルシス》[013]は花の中にガラスで横顔を表わしたチョーカー。顔の左側にもう1つ顔を角度を変えて配し、水鏡を表現している。ペンダント《冬景色》[014]では、ガラスでできた白い木立を背景に、エナメルの雪で木の枝が撓む様子を表わす。中央下の真珠はがその重力を強調している。《シルフィード》[018]は、身体を捻る風の精を金で表わす。蝶のような羽を精一杯後ろに伸ばす様子は力強く、十分な揚力が生み出される予感がある。ペンダント/ブローチ《サランボーあるいはサロメ》[019]は、長く引き延ばされた両腕を左右に伸ばし、身体を左に捻るような裸体の女性像。両手首と首からは透ける薄布が垂らされ、とりわけ大きな臀部を肉感的に見せる。

【複数の自然】(本館1階/大食堂・喫煙室・小食堂)[026-039]
ラリックはシャンパーニュ地方の自然豊かな町で生まれ育った。慣れ親しんだ自然から得た知識がデザインに活かされている。日本の芸術に見られるような自然に対する等価な眼差しを、ラリックの作品に窺うことができる。章題の「複数の自然」とは、ジャポニスムの影響だけでなく、シンプルな器体の左右にゴシック様式の葉状ヴォールトのようなデザインをあしらった花瓶《ピエールフォン》[038]や、複数の鹿の間を樹木で埋め尽くした、中世のタペストリーを思わせる花瓶《雌鹿》[039]など、ウィリアム・モリスを始めとする同時代の自然表現に目配りを利かせていることを指摘するためである。
角で作られた櫛に、本物のナッツを取り付けた金細工のヘーゼルナッツをあしらった《ヘーゼルナッツ》[030]、弧状の草が交差する中に多数のバッタを配した花瓶《バッタ》[035]、群生する大小の瓢箪を表わし、豊臣秀吉の馬印も思わせる花瓶《ヒョウタン》[036]など。

【古典の再生】(本館2階/広間・若宮寝室・合の間・若宮居間・書庫)[040-058]
ハインリヒ・シュリーマンのトロイ遺跡発掘(1869年)などがもたらした古代ブームを経て、1910年頃には、パブロ・ピカソやアリスティド・マイヨールを始めとした芸術家の作品にも古典回帰が顕著となった。そこには、アール・ヌーヴォーから脱却し、同時代の前衛芸術に反発するとともに、普遍性を探求する狙いもあった。ラリックの作品にも古典を再解釈したデザインが見られる。
装飾パネル《競技者C》[040]は右方向に向かって腕を伸ばす6人の裸体男性の群像。躍動感よりもスローな動きが目立つ、運動の象徴的表現となっている。エドワード・マイブリッジの連続写真の影響が指摘されている。花瓶《射手》[042]では、器体の上側を10羽(?)の鳥が埋め尽くし、下側の10人(?)の射手がそれらを狙う。ヒッチコックの『鳥』(1963)を連想せずにいられない。花瓶《パストレル》[041]や花瓶《バッカスの巫女》[043]では器体の周囲を取り巻く10人の人物が様々なポーズで表わされている。立像《シュザンヌ》[044]や立像《タイス》[045]は、《サランボーあるいはサロメ》[019]に近いデザインで、左右に伸ばした腕、捻るような身体、腕から垂らされた薄布が共通し、女性の身体の肉感を表現する。立像《ツタの台座の裸婦像》[046]では、持ち上げた左腕で顔(目)を、右腕で乳房を隠し、足を蔦が覆うことで、腰から脚の部分が強調される。花瓶《ナディカ》[048]では、器体の表面に表わされた体を絡ませる2人の人物の脚が、器体の左右のイオニア式柱頭のような渦巻きへと連なっている。香水瓶《サテュロス》[051]では、アモン角と長い顎髭が印象的なサテュロスが香水瓶の蓋が、透明の器体の中に差し込まれている。

【エキゾティシズムとモダニティ】(本館2階/殿下居間・殿下寝室・妃殿下寝室)[059-073]
セルゲイ・ディアギレフが率いるバレエ・リュス、ツタンカーメンの墓の発見によるエジプト・ブームなどの影響をラリックの作品に窺うことができる。また、モダンな感覚は、娘のシュザンヌのデザインによるところが大きいという。
テーブルセンターピース《火の鳥》[059]は、女性の上半身の背に大きな羽を広げた火の鳥を半円のガラス一杯に表わす。バレエ・リュスの「火の鳥」の影響が指摘されているという。中央の円の中に牧神とニンフとが手を取り合ってキスする場面を表わした香水瓶《牧神のくちづけ》[060]も、バレエ・リュスの「牧神の午後」に影響されたものという。
ネックレス《スカラベ》[063]やパウダーケース《スカラベ》[064]はエジプト趣味の典型。
写実的に表わされた蛇が螺旋状に巻き付く花瓶《蛇》[065]に対し、菱形と山括弧(angle bracket)で幾何学的に表わしたエンゼルフィッシュを埋め尽くしたガラスの花器《パンティエーブル》[066]や柊の葉を図案化したような緑のガラスの花瓶《ラングドック》[068]が対照的。複数の三重の正三角形で表面を覆った《ナンキン》[071]、埋めたバベルの塔あるいは剣をイメージしたと思しき鋭角2等辺三角形を並べた《ニムロード》[072]、拡大した唐草模様を太い浮き彫りで表わしたような《つむじ風》[073]は、透明のガラスの器体に図案化された黒い線が映え、洗練された落ち着きと力強さを感じさせる。

【女性たちのために】(本館2階/妃殿下居間・北の間)[074-091]
コティ社との仕事(コティ社関連の作品[079-081])を通じ、ラリックは香水瓶を香水の容器から香りを視覚化する芸術作品へと変身させた(ウォルト社の《真夜中》を始めとした香水瓶[074, 082-091])。戦間期に女性の社会進出が進んだことと相俟って、女性がラリックの作品に触れる機会を増やすことになった(化粧品[076]、女性向けの喫煙具[077,078])。

【装飾の新しい視点をもとめて】(新館ギャラリー1)[092-127]
ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフト運動の影響もあって、19世紀後半には、(ファイン・アートに対して)装飾美術の地位を高める動きが顕著となった。ラリックは、完成品を取り出す際に型が壊される蝋型鋳造(cire perdue)によるような1点ものの作品[092-095,097,098]と同時に、廉価な日用品[099,101,103,105]にも注力し、多くの人々に作品を届けようとしていた。ここでは、アール・デコ博覧会に関する作品・資料[111-122]なども併せて紹介される。