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芸術鑑賞の備忘録

映画『コンペティション』

映画『コンペティション』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のスペイン・アルゼンチン合作映画。
114分。
監督は、ガストン・ドゥプラット(Gastón Duprat)とマリアノ・コーン(Mariano Cohn)。
脚本は、アンドレス・ドゥプラット(Andrés Duprat)、ガストン・ドゥプラット(Gastón Duprat)、マリアノ・コーン(Mariano Cohn)。
撮影は、アルナウ・バイス・コロメル(Arnau Valls Colomer)。
美術は、アライン・バイネ(Alain Bainée)。
衣装は、ワンダ・モラレス(Wanda Morales)。
編集は、アルベルト・デル・カンポ(Alberto del Campo Tejedor)。
音楽は、エドゥアルド・クルス(Eduardo Cruz)。
原題は、"Competencia oficial"。

 

ピエロの肖像画、ガラスのドームに入ったマリア像、犬の陶器、酒、クマのぬいぐるみ、サッカーのユニフォーム、肖像彫刻、ライフルなどなど。広々としたオフィスの壁面がまるごと誕生日のお祝いでいっぱいになっている。80歳を迎えたウンベルト・スアレス(José Luis Gómez)はプレゼントの山を前に溜息をつく。
夕べは眠れなかった。あれこれ考えてしまってね。ウンベルトは街を見下ろせる窓辺に立ち、秘書のマティアス(Manolo Solo)相手に愚痴を溢す。世間は私をどう思っているかね? 裸一貫から製薬業界のトップに上り詰めた1万世帯もの家族を養っている大立者でしょう。それが何だというんだね。世間が私をどう評価しているか。億万長者だ、桁外れの資産を持つ、だが敬意は一切払われていない。財団を通じて種々のプロジェクトの立ち上げを支援して…。誰もが財団の目的を知っているさ、あの建物は実際には使われていない。80になった。イメージを刷新したい。何かね、後世に残るものとは。橋か、高名な建築家に設計させた、私の名を冠した橋。資金を融通して政府に寄付するか。ウンベルト・スアレス橋。それか映画か。映画? 監督するのですか? 違う、愚か者。どうしたら私が映画など撮れる? 映画制作に資金を投じるんだ。製作者になる。映画の支援者だと世間に知らしめるためにな。だがどんな映画でもいいという訳では無い。偉大な映画だ、偉大な監督、有名な俳優、粋を尽すんだ。そうだ、これが最良の選択だ。すいません、それはどんな作品です? 私の知ったことか!
ウンベルトの豪邸に招かれた映画監督のローラ・クエバス(Penélope Cruz)は、テラスに出て、鬱蒼とした緑に覆われた庭を眺めながら煙草を吸っている。これから監督と面会するウンベルトにマティアスが説明する。彼女は現在最も権威があります。賞という賞をを総なめにして、評論家からも高く評価されています。インタヴューを一切受けません。風変わりな人物です。1996年の『逆さ雨』、処女作で世界で絶賛。2001年の『虚/雨露』、極めて奇妙で前作ほどは評価されず終い。2015年の『霞』は彼女の傑作との誉れ高いです。既に監督をお待たせしています。今回の計画について留意すべき点は? 問題ありません、映画化の権利を手に入れました。交渉は難航しましたが…。そりゃそうだろう、かなり注ぎ込んだんだ。権利獲得が最優先とのお達しでしたので…。優先するのとぼったくられるのとは違うがね。まあいい、権利は手に入れたんだ。ローラ…? クエバスです。
庭を臨むカウチでウンベルトがローラの話を聞いている。イバン・トーレス(Oscar Martínez)とフェリックス・リベロ(Antonio Banderas)が本作にはぴったり。打診中だけど、全て順調。覚悟していた多くの障害にも拘らず。2人は住む世界が全く異なるの。イバンは名優として名が通ってる、フェリックスは世界的なスター。2人の間に生じる緊張に興味があるの、それが映画製作にすごくプラスになると思う。これまで2人の共演は無かったの。分かりかねるがね、欲しいのは最高のものだ。2人は最高かね? 善し悪しを芸術家の評価に使うつもりはないの。だけど趣旨は分かるし、答えはそう、彼らは作品に絶対必要よ。素晴らしい。ウンベルトがアイスクリームを薦めるがローラは断る。原作の権利を手に入れるのは大変だったよ。ウンベルトは『敵対』という厚い本を手に取ってローラに示す。権利は私達にある、私のものだよ。原作を自由に解釈するのが私の流儀だって分かってるんでしょ? 打診された時に最初に言ったと思うけど。だが本の内容を踏まえたものにはなるだろう? 私は大金を投じたんだ。本の感想を聞かせてもらえないか? いい作品のはずじゃないか? ノーベル賞作家なんだ。是非内容を教えて欲しい。読んでないんだ。実のところあまり本を読まないのでね。微笑みを浮かべてアイスを食べるウンベルトに呆気に取られるローラ。どう話せばいいの? 『敵対』は2人の兄弟の物語。マヌエルはぼんやりして内向的、兄のペドロは自信家で裕福。1970年の田舎町が舞台。マヌエルは両親を乗せて運転していた。夜、酔っていて、ハンドルをとられて車は横転。私は酔っ払いが嫌いでね、とウンベルトが独り言つ。両親は事故死。マヌエルは無傷だった。兄のペドロが通報する。それでマヌエルは有罪となって数年の懲役を喰らう。一方のペドロの生活は順風満帆で、風俗街の娼婦ルーシーと関係を持ってる。ペドロの暮らし向きがいいことに誰もが疑いの目を向けてるの。経営している鋳物工場が金の出所だとは誰も信じてないから。時が経ち、マヌエルが出所。ペドロは弟が娑婆に出たって知ってるけど2人が会うことは無かった。マヌエルが風俗街でルーシーと寝るまではね。それを知った兄はルーシーに求婚、贅沢な暮らしを約束する。ルーシーは応じるわ。マヌエルは酷い鬱になる。彼はルーシーの妊娠を知ると自分の子じゃないかって悩み始める。ルーシーが出産。赤ん坊はマヌエルのかね? 待って、今話すわ。ある日、覚悟を決めたマヌエルがペドロの家へ。ドアをノック。ペドロが姿を見せる。マヌエルはありきたりな光景の中に赤ん坊と一緒のルーシーを見るの。マヌエルは兄に話し合いを懇願する。兄弟は夜、屋敷を歩き回るの、真っ暗な中ね。マヌエルはペドロに謝罪する。ペドロが折れる。巨大は抱き合い、子供のように泣くの。男は泣くものだから。気に入った。結末がいい、兄弟が和解できたんだ。待って、それでお仕舞いじゃないの。結末はまだなのよ。
ローラとウンベルトの話し合いは続く。
夜、ローラは自宅でフェリックスとイバンの写真を切り貼りしてモンタージュを作っている。うまくイメージが作れず、ぐちゃぐちゃにする。

 

裸一貫から製薬業界のトップに登り詰めたウンベルト・スアレス(José Luis Gómez)は80歳の誕生日を迎え、虚しさを感じていた。巨万の富だけでなく、人々から敬意を勝ち取りたいと願うウンベルトは最高の映画作品を製作することを思い立つ。秘書のマティアス(Manolo Solo)は、ノーベル賞作家の『敵対(Rivalidad)』という小説の映画化権を手に入れるとともに、当代一流の映画監督ローラ・クエバス(Penélope Cruz)に話を付けた。ウンベルトはローラに会い、最高の原作を最高の映画にして欲しいと訴える。ローラは名優イバン・トーレス(Oscar Martínez)と世界的スターであるフェリックス・リベロ(Antonio Banderas)の初共演で期待に応えると応じる。だがウンベルトは原作小説を読んでもおらず、ローラに内容を教えて欲しいと頼む。ローラは、飲酒運転で両親を事故死させて懲役を喰らった弟マヌエルと、鋳物工場を経営し豊かな生活を営む兄ペドロの物語のあらすじを語る。疎遠になった兄弟が娼婦ルーシーを巡って再び交錯し、和解へと到る。だが物語はそこでは終わらなかった。
ローラは使用されていないウンベルト・スアレス財団の建物にイバンとフェリックスを招き、本読みを開始する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

製薬業界のリーディングカンパニーの創設者ウンベルト・スアレスは80歳を迎え巨万の富に飽き足らず名声を得ることを望み、映画製作を思いつく。秘書のマティアスがノーベル賞作家の小説の映画化権を獲得し、鬼才ローラ・クエバスに監督させるお膳立てをする。もっともウンベルトは最高の映画を製作したという栄誉に浴するために投資しているだけであり、対面したローラに原作小説も読んでいないので内容を教えて欲しいと求めて憚らない。一応はばつが悪いと思っているらしく悪戯っぽくにやけてみせる。ローラが断ったアイスクリームを1人で食べ、ローラの話の腰を折るなど、その幼稚さには辟易させられるが、そこには成功を手に入れることだけを考えられてしまう成り上がりの強みが示されてもいる。
原作小説『敵対(Rivalidad)』は、鋳物工場で成功した兄ペドロと、飲酒運転で両親を事故死させてしまう弟マヌエルとの確執を描く。ローラは、演技の理想を追求し後進の指導にも熱心な名優イバン・トーレスと、大衆に愛され、またそのための努力を欠かせない映画スターのフェリックス・リベロという対照的な2人のお互いに持つ対抗心が引き起こす相乗効果に期待している。
イバンがタクシーで会場に到着したところへ、フェリックスが恋人に運転させたスポーツカーで乗り付ける。イバンがペドロがどんな人生を歩んできたか、その人物像を入念に造形してきたのに対し、フェリックスは、白衣、聴診器、医師免許があれば医者と判断するのであり、来し方など気にしないように、キャラクターは台本に書かれている範囲で存在すれば足りると、プロファイリングを否定する。このように出会い頭から2人の対照性が描かれる。
ローラは1つの花芽から2つの実が成ったサクランボを示して、兄弟は元は1つでありながら2つに分裂しているに過ぎず、両者は一蓮托生であるとの考え方を気に入っていると、サクランボを床に落としてみせる。実際、ローラは2人を1つの実体に結び付けるために様々な仕掛けを用意する。その1つがマヌエルが法廷で両親の死に対する責任を問われるプレッシャーをクレーンで吊した5トンの岩の下でイバンとフェリックスに味わわせるというものだ。2人は試練によって結び付けられていく。例えば、イバンが指導する生徒たちに大声で自分の名前を叫ぶことで自分を客観視するという訓練を課しているのを知ったフェリックスは、生徒たちが可哀想だと言いながら、フェリックスは1人のとき、その訓練を自ら実践してみる。
映画の冒頭はマーブル模様で始まる。マーブル模様は稽古を行うウンベルト・スアレス財団の建物の壁面にも現れる。映画に登場する兄弟の兄はペドロであり、岩である。2人の俳優にプレッシャーを与えるためにクレーンで吊された岩石。それは落下して砕けるだろうか。
ある出来事が後の出来事に繋がっていく。1つの花芽から出来た2つのサクランボの実の一方が落下するとき、他方もまた必然的に落下するように。
待って、それでお仕舞いじゃないの。結末はまだなのよ。宙吊りにされる楽しみ。