可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『イビルアイ』

映画『イビルアイ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のメキシコ映画
100分。
監督は、アイザックエスバン(Isaac Ezban)。
脚本は、アイザックエスバン(Isaac Ezban)、ジュニア・ロザリオ(Junior Rosario)、エドガー・サン・フアン(Edgar San Juan)。
撮影は、イシ・サルファティ(Isi Sarfati)。
美術は、アデリ・アシャール(Adelle Achar)
編集は、オスカル・フィゲロア(Óscar Figueroa)
音楽は、カミラ・ウボルディ(Camilla Uboldi)。
原題は、"Mal de ojo"。

 

遠い昔、今ではお伽噺の中でしか目にすることのできない神秘的な地に、ある姉妹が住んでいました。姉妹は三つ子で、町へ出かける度に人々の注目を集めました。しかし、皆の注目を集めるということは、魔女の注目を集めるということにもなります。
森の中、物を売る小屋が建ち並び、食料や日用品を手に入れようと人々が集まっている。買い物を終えた母親が3人の娘に声をかけ、帰途に就く。籠の鶏に気を取られた娘の1人が遅れをとり、追いつこうと慌てて駆け出して転んでしまう。頭巾を被った女が近付いて娘が起き上がるのを助けるが、その際、娘の頭からリボンをこっそり抜き取る。その晩、3人の娘たちが部屋で眠っていると、1人が奇妙な音を聞いて目を覚ます。音のする方向を見ると、転んだ娘の寝台の脇に何かがいた。悲鳴をあげる。娘の脚に噛み付いて血を啜る、皮膚を脱いだ魔女がいた。
ナラ(Paola Miguel)が悪夢を見て目を覚ます。隣のベッドでルナ(Ivanna Sofia Ferro)が痙攣し、ベッドサイドテーブルのグラスを床に落とす。音を聞いて母レベッカ(Samantha Castillo)と父ギレルモ(Arap Bethke)が駆け付ける。レベッカは夫に注射器を持ってくるよう頼み、ルナの首に注射する。意識を取り戻したルナが母に尋ねる。何があったの? 何でもないの。レベッカはルナを落ち着かせる。今週に入って3度目の発作だとレベッカが夫に零す。ナラは妹にかかりっきりの両親を見ている。
早朝、医師が駆け付けた。リヴィングで診察した医師は、ルナの臓器が機能不全に陥りつつあると在宅治療の限界を指摘して、入院を勧める。レベッカはショックを受ける。医師が出て行くと、レベッカはギレルモに泣き付く。その様子をナラが柱の影で見詰めている。
夜、ナラがベッドでスマートフォンをいじっていると、両親の言い争いが聞こえてくる。ナラは部屋を出て両親の様子を蔭から窺う。先生の話を聞いただろ? ルナを連れて行くのは病院だよ、辺鄙な町なんかじゃない。ルナを入院なんてさせない。何故専門家の意見を聞こうとしない? 専門家は自分の行動の意味を把握してる。専門家の見解じゃ、ルナが助かる見込みはないの。もうあらゆる医師に診せたでしょ? 科学じゃ効果が無いの。狂ってる。ルナの命を委ねるつもりはない。誰に? 私が責任を持つわ。うまく行くから。私を信じて。明日出発よ。
朝。レベッカがベッドのルナに尋ねる。このお人形さんは鞄の中にしまう? それとも手で持ってく? 持ってく。レベッカはルナに象の人形を手渡す。レベッカは隣のベッドでスマートフォンを眺めるナラに早く荷物をまとめるよう言い付ける。動かない娘のところに行って、耳からイヤホンを取り上げる。早く荷物をまとめてもらえる? ナラは何も言わずイヤホンを取り返すと耳に付け直す。準備はいいかい? ナラは手に負えないわ。ギレルモがナラに声をかける。ご機嫌斜めのようだね。何も無い田舎になんて行きたくない。ルナのためだよ。ママはルナのためにできることがあるって考えてるんだ。ルナのことばっかり。ギレルモは答えに詰まる。部屋を出る際に娘に告げる。水着を持っていくといい。ママがプールがあるって言ってたことがあるから。
ナラがようやく荷物をまとめた。母娘がドアを出たところ、ちょうど隣の母子も出かけるところだった。ルナを病院へ? いいえ、実家に帰省するの。いいわね。病院と転々するのは無理よ。ミゲル、ルナに近付かないで。母親は息子を引き留める。ルナは病弱なの。予防した方がいいわ。また感染症が流行ってるから。息子に感染させたくないの。ルナはもうね。ええ。子供たちがどこで感染するのか分からないけど、もう同じ症状の子供たちがたくさんいるの。レベッカは忘れ物をしたと言って部屋に戻ろうとする。隣家の母親が感染予防のビラをレベッカに手渡す。
車に乗り込む前にレベッカがナラを諭す。あなたはもうほぼ大人でしょ。私を支えてくれるようになってもらわないと。今回の旅行は楽しいものではないの。あなたの助けが必要なのよ。ルナはあなたが頼り、私もあなたを頼りにしてるわ。もう旅行に付いて行ってるよね? まだ私に求めるわけ? 育て方を間違ったのかしら。間違いをリストにしてあげようか? ナラは先に車に乗り込む。
父親の運転で出発する。助手席にはレベッカ。後部座席にナラとルナ。ルナの傍の窓には象の人形をぶら下げた。都会を離れて車は森を抜ける道へ。手持ち無沙汰なナラは母親と同じく髪の毛をいじっているのに気が付く。前を見やがれ ウスノロ! 突然父親がハンドルを切る。パパ、わるいことばだね。おこってるの? 怒ってないよ。パパは義母に会うから緊張してるのよ。ギボって? 頭が痛くなる人のことだよ。
延々と続く森の道を抜け、ようやく母の実家のあるラスアニマスの村に入った。鳥籠を背負った人や家畜を連れて歩く人たちの姿がある。石を積んだ塚に小さな柩を運ぶ行列も目に入った。あれは何? 子供が死んだの。ナラ! お別れのパーティーよ。子供が天国に行くの。てんしといっしょ? そうよ、天使たちと一緒なの。
道が直線になり、突き当たりに屋敷とその門が見える。車が敷地に入ると、建物の前にはサングラスをかけ、杖を突いたホセファ(Ofelia Medina)が娘の一家を待っていた。

 

ドミニカ。サントドミンゴ瀟洒なアパルトマンに暮らすナラ(Paola Miguel)は思春期を迎え、母レベッカ(Samantha Castillo)と父ギレルモ(Arap Bethke)は扱いに手を焼いている。ナラは病気の妹ルナ(Ivanna Sofia Ferro)ばかり構う両親に不満を抱いていた。ルナはこれまでにヒューストンを始め各地の医師に診てもらったが打つ手が無い。発作を注射で抑えていたが、かかりつけ医にルナを入院させるよう勧められたレベッカは、現代医学に見切りをつけ、実家のあるラスアニマス代替医療を試すことにする。一家でレベッカの母ホセファ(Ofelia Medina)の屋敷に向かうと、両親は娘2人を残して出かけてしまう。何もない田舎と、口答えを許さない厳格なホセファにナラは辟易する。祖母の使用人ペドロ(Mauro González)の恋人で屋敷の賄いを務めるアビゲイル(Paloma Alvamar)から退屈凌ぎに魔女の伝説を聞くと、ナラはホセファこそ魔女だと疑う。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ナラは母レベッカと父ギレルモが幼い病気の妹にばかり構うのを僻んでいる。自らの愛情が満たされないダメージを最小限に留めるため、敢て家族と距離をとる。だがその視線は常に両親に向けられている。
それに加え、ナラは思春期を迎え、性的関心が高まっている。父ギレルモとスキンシップをとる母レベッカに女を認める。あるいは、ホセファの屋敷の使用人ペドロが半裸で作業する姿に目を奪われる。
ホセファの屋敷のプールは汚れていて使えない。ホセファが性を封印していることの象徴だ。ホセファが水着を身に付けたナラを娼婦呼ばわりするのは、孫娘に対する教育だけでなく、自らの性的欲望を押さえつけようとしているのだろう。既に義理の息子ギレルモと顔を合わせた際、ハンサムな男が必要だったと漏らし、年をとったように感じるから「さん(Doña)」付けしないように求めていた点には、回春への欲望が透けている。
アビゲイルによって語られる、3人の娘たちの前に現れた魔女の伝説。魔女により生き血を吸われて病気になった娘の1人を救うため、2人の娘が魔法使いに助けを求める。魔法使いは願いを叶えるバカの秘術――ダチョウの卵にヤギ、ヘビ、子供の血を加え、満月の夜にある場所に埋める――を授ける。但し、バカは見返りを要求するという。秘術を実行する2人。病の娘は恢復する。魔法使いの見習いになった娘の1人は、ある日病気になった娘のリボンを魔法使いの家で見付ける。魔法使いこそ娘の生き血を啜り若返った魔女だったのだ。魔女が出かけた隙に脱ぎ捨ててあった彼女の皮膚に塩を振りまいておいたため、再び皮膚を身に付けた魔女は悶え死ぬ。だがその様子を窺っていた少女達に魔女は邪視によって嫉妬で破滅する呪いをかける。娘たちの母親はバカの秘術の見返りで死んでしまう。
魔女の伝説を聞いたナラは、ホセファこそ魔女だと考える。
ラスアニマスに向かう自動車でナラはレベッカと同じ仕草をする。母娘が似た者同士であることが指摘される。レベッカとホセファもまた似た者同士である。祖母・母・娘の相同性。さらにアルバムの中では曾祖母にまでの繋がりが示される。
言い付け通りにしない――性的な事柄に接触しようとする――ナラをホセファは地下室に閉じ込める。地下室が象徴するのは、ナラの潜在意識である性的欲望だろう。
ナラが大人になるということは、少女として死ぬことでもある。その際流される血は、初潮のメタファーである。
寿命が延びるとともに若くありたいとの欲望、あるいは性的欲求もまた増大する。