可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ソフト/クワイエット』

映画『ソフト/クワイエット』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
92分。
監督・脚本は、ベス・デ・アラウージョ(Beth de Araújo)。
撮影は、グレタ・ゾズラ(Greta Zozula)。
美術は、トム・カストロノボ(Tom Castronovo)。
衣装は、ブリジット・ブルース(Bridget Bruce)とジリアン・ジョンズ(Jillian Johns)。
編集は、リンゼイ・アームストロング(Lindsay Armstrong)。
音楽は、マイルス・ロス(Miles Ross)。
原題は、"Soft & Quiet"。

 

エミリー(Stefanie Estes)が、慌ててトイレに駆け込む。パッケージを破くのももどかしく妊娠検査薬を取り出すと、パンツを下ろし、便座に坐る。尿を掛けた検査薬を手に祈りながら待つ。終了表示が出ても判定窓に変化は無かった。エミリーはむせび泣く。身嗜みを整えてトイレを出たエミリーは幼稚園の事務室へ向かう。擦れ違った清掃の女性(Jovita Molina)に会釈するどころか睨み付ける。
ブライアン(Jayden Leavitt)が中庭を抜けて門を出ると、車道脇でリュックを置いて縁石に腰を降ろす。そこへエミリーが通用口から姿を現わす。ブライアン! リーフ先生。お母さんが来ないの? そう。こんなところで1人で待たなくていいのよ。もしまたお母さんが遅れることがあったら昔の教室にいる私のところに来て、いい? エミリーが隣に坐る。宿題をこなしたり、歴史の授業の復習をしたり、ね? うん。それ何? ブライアンはエミリーが手にしている皿について尋ねる。ああ、これはね、これから会う友達を驚かせようと思って作ったの。見たい? もちろん。アルミホイルを外してパイを見せる。すごく美味しそうだね。電話をしまったら? 今でも本が好き? うん。実は初めて絵本を作ったの。最初の読者になって欲しいな。エミリーが手製の絵本を取り出してブライアンに渡す。リトル・スノーはかしこいしあわせなこいぬでした。うつくしいけなみをしていました…。ブライアンが絵本を読んでいると、清掃スタッフがモップ絞り器を押して事務所に入っていく。ブライアン、清掃の人が見える? うん。彼女のところに行ってモップ掛けをしないように言ってくれないかな? 滑って大怪我をしていたかもしれないでしょう? 先生はあなたに立派な人になって欲しいの、分かる? 周囲の人たちに大切にされるように教えてあげるの。自分のために立ち上がって! さあ、行きなさい。ここにいるから。
エミリーが外からブライアンの様子を窺っていると、ブライアンの母親(Nina E. Jordan)が迎えに来る。息子は何を? 清掃員が息子さんの歩いていた場所でモップ掛けをしていたんです。おかげで彼は滑って怪我をしそうになった。ブライアンは級友たちを助けるために真っ先に行動する子でしょう? 彼みたいな子供たちに私は積極的に行動してもらいたいんです。自活する能力を身に付けさせたいんです。とりわけ安全に関わる問題については。ブライアンが母親のもとにやって来る。遅くなってごめんね。僕、疲れたよ。リュックを背負って、帰りましょう。母親は息子に付き添ってくれたことをエミリーに感謝する。どういたしまして。あなたは素晴らしい母親になるわ。その言葉にエミリーは感極まる。エミリーは高ぶりを隠すように、母親と家路に着くブライアンにゲームをやりすぎないよう注意する。
エミリーがパイを手に持ち、幼稚園の前に広がる森の中へと入っていく。

 

幼稚園教諭をして5年になるエミリー(Stefanie Estes)は、教会の集会所を借りて近隣女性とのある集会を企画する。当日、幼稚園での仕事を終えたエミリーはトイレに駆け込む。夫クレイグ(Jon Beavers)と不妊治療を行っているが、今回も望んだ結果を得られず、失意のエミリー。園舎を出たところ、かつての教え子ブライアン(Jayden Leavitt)が1人母親の迎えを待っていた。エミリーは彼に付き添い、自作の絵本を読んでもらっていたところ、清掃員がモップを持って通りがかる。エミリーは生徒の帰宅完了前にモップ掛けをしていることをブライアンに非難させる。迎えに来た母親(Nina E. Jordan)とブライアンが帰宅するのを見届けたエミリーは幼稚園の目の前の森へ歩いて行く。途中、道に迷ったレスリー(Olivia Luccardi)と出会し、2人で教会へ向かう集会所では既にキム(Dana Millican)、マージョリー(Eleanore Pienta)、アリス(Rebekah Wiggins)、ジェシカ(Shannon Mahoney)がお茶と菓子を楽しんでいた。エミリーが手土産の手製のラズベリーパイを披露すると、そこには鉤十字が刻まれていた。エミリーたちの集いは「アーリア人を1つにする娘」を名付けられていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

エミリーが起ち上げた「アーリア人を1つにする娘」は、文明を築いた白人に自らを恥じるよう洗脳する文化多元主義や、伝統的な家族を衰頽させ女性の男性化を訴えるフェミニズムを批判する、白人女性のみによるグループ。有色人種に奪われた白人の権利を回復し、白人男性に選ばれる女性になろうと、まずは何が出来るかアイデアを出し合う。見合の機会提供、同好会活動、会報の発行、さらには学校の建設まで様々な意見が出る。
真面目に暮らす自分たちが貧しい生活を強いられ、結婚相手に恵まれず、子供を授かることができない。それは移民の流入によって、かつて白人が優位であった社会が変質した結果に帰責され、怒りの矛先が有色人種に向けられる。
マージョリーは自らが就くはずだった管理職の地位をコロンビア人に奪われたと憤慨している。マージョリーは自らに資格があるにも拘らず、アファーマティヴ・アクションの犠牲になったと考えている。だが、会合の主宰であるエミリーがマージョリーを軽んじている様から、マージョリーの職場の上司の判断が決して逆差別によるものではないことが示される。
キムの経営する食料雑貨店の商品が万引きされると訴えるケースでは、実際に有色人種による万引きがあったのかもしれない。もっとも、エミリーが牧師(Josh Peters)から危険な会合に場所は貸せないと集会室から出て行くように言われ、エミリーの家で二次会を行う前に立ち寄った際のキムの店でのアジア系のアン(Melissa Paulo)やリリー(Cissy Ly)に対する対応は、たとえ営業時間外だという事情は考慮するにしても、有色人種(のみ)による被害というキムの主張に疑念を抱かざるを得ない(白人であるエミリーの兄がレイプで服役していることも明かされる)。
子供を望みながら得られず鬱屈するエミリーは、白人優位主義の活動を天啓と捉える。主流派を刺激にしないように穏便に事を進めようとする周到さを訴える一方、メンバーの発言への対応や夫クレイグとのやり取りから彼女がキレやすい危うさを持つことが明かされる。
真面目に生きると自負する一市民が計画的と思い込んで短絡的な行動をとってしまう、そこに恐ろしさがある、一種のホラー映画である。エミリーたちの火遊びは、レスリーというガソリンの投入で大火事になるだろう。
森の中に分け入っていくエミリーの描写は、魔女のイメージを引き寄せる。会合はサバトなのだ。箒に乗って飛翔する代わりにヴァンで移動する。