展覧会『磯村暖個展「カ[kä]」』を鑑賞しての備忘録
EUKARYOTEにて、2023年7月14日~8月6日。
表題作のヒトガタの立体作品を始め、人の姿形を地球の重力の作用から、または他の生物の形態あるいは火星の重力との比較などから捉え直す立体作品や絵画で構成される、磯村暖の個展。
《I DON'T HAVE SHARP TEETH OR GASTROLITHS》(500mm×727mm)は、始祖鳥の化石とその両側にナイフとフォークを描いた作品。画面の上端と下端に"I DON'T HAVE SHARP TEETH OR GASTROLITHS"と書き入れがある。化石は生物の進化を、ナイフとフォークは鋭い歯などを持たない弱い人類が直立二足歩行によって自由になった手を使えるようになり技術を発達させたことを象徴する。
表題作の《カ》(850mm×990mm×540mm)は、いわゆる体育座りに近い姿勢で座るヒトの立体作品。頭部と背側の首から肩、手、脚を除いては、鋼鉄と竹によって大まかに身体の線が表わされ、とりわけ竹は裁断されることなく突き出したままにされている。頭部は薄汚れた顔と後頭部の部分が鉄片とボルトで接合され、額にも補修するように接着された部品がある。粗雑な補修を受け、しかもそれが中断されたような状況は、俯き加減で腰を下ろす姿と相俟って、うら悲しい。おそらく頭部・手・足などを部分的に想像で復元した現代人の化石標本だろう。直立二足歩行、手の利用、脳の発達というホモサピエンスの特徴を際立たせてある。New Balanceのスニーカーを履かせてあるのは、ニワトリの足に学んで社名を思いついたという同社のエピソードを介して、始祖鳥とヒトとを接続する、すなわち《I DON'T HAVE SHARP TEETH OR GASTROLITHS》と同じ主題を扱っていることを示している。
《カカカ》(2700mm×1900mm×1900mm)は、《カ》を踏まえれば、3体(以上)のホモサピエンスの標本ということか。藤棚のような竹で組んだ4本の柱と格子天井の構造物から2体のヒトが鎖で吊されている。1体はスニーカーを履き、1体は手先が付属するが、いずれも欠損部分が多い。床にはスマートフォンと右手、ピンヒールを履いた片脚が落ちており、あるいは刀を持った手が立て掛けられた竹に付属させられている。他のヒトの存在を示す。切断された脚は、見る(すなわち考える)行為から儿(足)を切り離し(刀)、目だけ(スマートフォン)になったことを象徴する。それは人類を宙に浮かせることになった。直立二足歩行によって手と脳とを発達させて来た人類が自らの存立基盤を喪失してしまった。それがホモサピエンス絶滅の原因である。《カ》や《カカカ》は、人類無き世界の博物館展示である。
レオ・レオニ(Leo Lionni)の平行植物(La botanica parallela)よろしく、作家は平行人間(La bioantropologia parallela)として、火星人を想定する。それが絵画《アロマトゥム岬人の骨格》(1167mm×910mm)である。地球の3分の1の重力が働く火星(アロマトゥム岬)でヒトがどのような形態をとるか。その際、参照されたのが海中に生きるウニであった。無論、同じ重力下でも浮力が働く環境下に、重力が低減されたの同様の環境を見出したのだ。では何故他の海洋生物ではなく、ウニなのか。それはウニの形態にある。ウニの多くは五放射相称の形態を持つ。作家は五放射相称に五芒星を見たのだ。五芒星は錬金術などで完全性を表わす形態と考えられている。そこで、作家はヒトの理想型として絵画《ウニ状に進化した人間》(1602mm×1303mm)を表わしたのである。絵画《アンドロギュノスの骨格》(1167mm×910mm)を並べるのも、アンドロギュノスが両性具有の完全体として存在しているからであり、作家はアンドロギュノスを「アロマトゥム岬人」や「ウニ状に進化した人間」に近しい形態として描き出している。
だが作家は五放射相称形(≒五芒星)が象徴する完全性に対して疑義を呈することも忘れない。種の画面にレモンの果実らしき形を描き、"ARE ROTTEN LEMONS SOURER THAN FRESH LEMONS?"と絵画《ARE ROTTEN LEMONS SOURER THAN FRESH LEMONS?》(1940mm×1303mm)に記して鑑賞者に問うている。完全なる外形を追い求めるのみでは意味が無い。その内実を考えよ、と。