可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会『アートアワードトーキョー丸の内2023』

展覧会『アートアワードトーキョー丸の内2023』を鑑賞しての備忘録
行幸地下ギャラリー、新丸ビル3Fアトリウム、丸ビル外構部にて2023年7月21日~8月3日。

国内19の美術大学・大学院の卒業・修了制作展から選抜された165名の作家から、一次審査を通過した22名の作家の作品を展観する企画。

伊賀さな《グラフィー》[06]は、手前に向かって緩やかな弧を描くように並べた8枚の木製パネルにシルクスクリーンで多数の黒の太い直線を小気味好く配した、シンプルにして斬新な作品。木地をそのまま見せているためか、貯木場のパノラマに擬えられそうな風景が立ち上がる。力強い黒の直線が、中央の空白の周囲を渦巻くように配されているのは生々流転をテーマとするためだろうか。それならば版(シルクスクリーン)は一如の象徴となろう。
少女《NEW PINK》[09]は、白い布にショッキングピンクのうねる線を描き込んで、血の池とも火炎地獄とも見える世界を表わしている。そこにやはりショッキングピンクを用いて描いた大小の絵画を貼り付け、あるいは小画面の絵画を手前に置いた支柱に取り付けて展示している。一番大きな画面の絵画作品には爪を伸ばした女性が横たわり、その目からは光線が迸るように発されている。魔女による邪視だ。絵画を見るとは絵画に見られることであるが、作家はその絵画の効果を用いて鑑賞者を血の池(ないし火炎地獄)に嵌まる呪いをかけるのだ。
南谷理加のいずれも無題の絵画6点[10]のうち、群青のワンピースの女性が緑色の肌の息子(?)を笑いながら抱き留める作品は、女性の目の周囲の皺(隈?)や右の二の腕の悪魔(?)の刺青、背後のピンク色の巨大な月(?)が、ウジェーヌ・グラッセ(Eugène Grasset)の《硫酸魔(La Vitrioleuse)》に通じる不穏さを醸し出している。芝生に倒れて手前(画面下)に向かって手を伸ばした人物を描いた作品も、目と口を大きく開いた顔は笑っているが、死体にも見える。部屋で寝そべってスマートフォンを眺めて笑みを浮かべる1人と、その後ろから画面を覗いて驚くもう1人を描く作品では、スマートフォンを眺める人物の腕と顔が作る△、そして背後の人物の胴と左手足が作る▽という2つの▽によって、スマートフォンから2人の顔へと視線が誘導されるよう計算されている。組み合わさる2人の身体のフォルムの歪みは――例えばアンリ・マティス(Henri Matisseの《夢(Le Rêve)》のように――画面の中で絶妙なバランスを取る。手足だけに見られる迫真の描写は、画面越しの世界に興じる人物の姿を通じて、視覚に溺れず触覚を復権するよう訴える。諧謔による諷刺、デフォルメ、画中画(刺青)など、浮世絵の精神が宿った作品群である。
キム・ジウォン(Kim Jiwon)《ウーマン》[12]は、一見すると淡いピンク色が差した模糊とした画面であるが、数々の女性の身体(部位)を描き、縫い合わせて1枚の画面として提示された絵画である。背骨(の作る線)、臍、臀裂、陰部などの黒い影が身体を見付ける縁となる。絵画において女性の肌(裸)が数々描かれてきた歴史を踏まえ、群桜のように提示することで、女性が一方的に見られる対象であってきたことを訴える。その意味では、少女《NEW PINK》[09]と対となる作品と言える。
辻明香里《人像体系》[15]は、金魚鉢とそれを眺める人を中心に、その周囲に踊る人や浮かぶ頭部、鳥などをコラージュのように配し、さらに画中画を貼り混ぜ屛風のように挿入し、なおかつ右手にはモノクロームで多くの顔を闇に浮かび上がらせた画面を継ぎ足している。「その人たちのおかげで我々の現在がある」と思えるような死者を喪失することで歴史的繋がりを感知できなくなり、ゆえに未来への想像力を失った日本人の姿(大澤真幸「『我々の死者』の喪失」『毎日新聞』2023年8月2日夕刊4面)を描くのだろう。
的野哲子《MEBUKIが広がる》・《集める集まる》[17] は、音叉その他の科学実験装置らしきものと色取り取りの流体が絵かがれた作品。流出し、気化し、あるいは凝固して降下する様子は、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)の《大ガラス(The Large Glass)》を思わせる。
キム・ジス(Kim Jisoo)《祈り》・《新世界》[19]は、本の積み石の中に挟まれた女性の顔と、ところどころに目を有した地球儀とで構成される、何かの儀式が執り行われるかのようなインスタレーション
宇留野圭《12の部屋》[21]は、それぞれ形の異なる12のホワイトキューブが4層に組まれ、それぞれが孤立しながら、全てを取り巻く音によって接続される、立体作品。ネットワークによって生じるあらゆるものの接続と分断とを象徴する。