可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 南谷理加個展『WONDERLAND Ⅱ』

展覧会『南谷理加「WONDERLAND Ⅱ」』を鑑賞しての備忘録
Bambinart Galleryにて、2021年1月23日~2月7日。

南谷理加の絵画展。

《untitled #72》には、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)がクレヨンで描いた《叫び》の背景を連想させるような、オレンジ・ベージュ・緑が織りなす夕空が広がる。ひょっとしたらフィヨルドなのかもしれない。空を背に玩具のような洋館が2棟並び立ち、その手前にある"MONDAY"と読めるような水溜まりに夕空が映り込む(なお、水鏡は《untitled #60》にも表されている。そこで樹木を映す水溜まりが仮面のような形をしている)。水鏡は異界への入り口を示唆する。俄然、"MONDAY(=day of the moon)"が"lunatic"への連想に誘う。いずれかの建物に入り、テーブルの上に置かれたノートブックを見つけることになりそうだ。
《untitled #53》は、焦げ茶色のテーブル(?)の上に開かれた厚いスケッチブック。右側のページには、寝そべるような人物とそれをみつめる二人(?)の人物の横顔と、それらの間の花とが素描調で描き込まれている。左のページには水色で表された女性の顔のペインティング。ノートの手前には水色の絵の具が垂れている。女性の肖像が描かれたばかりであるかのように装うことで、作者と鑑賞者とが画面を前にしているかのような感覚を生む。さらに垂れた水色の絵具を画面の中に辿っていくことで(やはり水色=水鏡は異世界への入り口であった!)、絵というワンダーランドの中へと入り込むしかけとなっている。

《untitled #24》は、(オレンジの地塗りの上に?)紫を塗り込んだ背景に横を向く秀でた額を持つ女性の胸像。強い風に煽られて豊かな髪が彼女を取り巻くように靡いている。髪を表す筆のストロークの伸びやかさや流れに作者の関心が集中している。鑑賞者もその渦に巻き込まれていく。
《untitled #36》に描かれるのは、下草の生えた林の中に立つ犬。アフガンハウンドだろうか、黄色味を帯びた毛足の長い犬が姿が描かれている。モップのようなコモンドールも舌を巻く毛の量だ。顔と尻尾こそはっきりしているものの、滝のように全身を流れる毛によって足の存在は全く分からない。縦に長い画面に合わせて上下方向に体(足)が伸ばされることで、長く伸びた毛のカスケードのような流れが強調されている。
《untitled #49》は森の手前の草原を右方向に向かって疾駆する馬が描かれる。胴の長さが異様に長い上、後ろ(画面左)を振り返る馬のたてがみが尻よりも長く伸びている。横に長い画面に合わせ、とりわけたてがみが横方向へ伸ばされることで、右から左への流れが誇張されている。
《untitled #54》は、スモーキーグリーンを中心とした緑でまとめられた画面に3本の樹木が表される。クロード・モネ(Claude Monet)がアルジャントゥイユの洪水を描いたように、木立が流水に浸かっている場面に見える。だが、犬や馬を描いた作品からの流れを踏まえれば、下草が風に吹かれて流れる様を表したものではなかろうか。樹上に茂る葉も風を受けて流れるように表現されている。

《untitled #34》は、ジョージア・オキーフ(Georgia O'Keeffe)がオーストラリアにいたら描いたかもしれないような、沙漠の岩山にかかる虹を描く。オレンジ、黄緑、緑の三色の虹は、雨をもたらす虹蛇なのだろう、岩山に背を擦りつけるように弧を描く。

《untitled #61》に表されるのは、大きな葉を茂らせる樹の中に掲げられた白い絵。画中画に赤味を帯びたオレンジの線で描き出されるのは、一人の人物を背後からヘッドロックするもう一人の人物。首を絞める人物の右肩の背後に描き込まれた線は翼を表すのだろう。ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)の《説教のあとの幻影(ヤコブと天使の闘い)(La Vision après le sermon ou La Lutte de Jacob avec l'ange)》における祈る女性たちの姿をカットし、「ヤコブと天使の闘い」の「画中画」とその枠となる樹木とを「本歌取り」したに違いないからだ。このことに気が付くと、名画へのオマージュとなった作品が他にもあるのだろうかと考えを巡らさざるを得なくなる。