可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 重野克明個展『新作銅版画展 ダダダ、』

展覧会『重野克明 新作銅版画展 ダダダ、』を鑑賞しての備忘録
日本橋高島屋美術画廊Xにて、2021年1月20日~2月8日。

重野克明の銅版画展。卑近な題材を漫画のように表現しつつ(時折添えられるコメントも漫画を連想させる)、インクの盛り上がりや反面の切り込みといった銅版画の凹凸を味わわせる線で魅せる作品群。

《行方》は、郊外(水戸芸術館の塔が聳えているので水戸)の道路で、猫を両手で抱えながら立つ少女の像。広い空、雲(の配置)、正面奥に向かって真っ直ぐに延びる道、両足で立つ姿などは、松本竣介の《立てる像》を連想させる。電信柱が道の奥から電線を繋いで等間隔に立ち並んでいるのだが、少女の背後で途切れている。少女はこれまでのしがらみを振り切って新たな一歩を踏み出したようだ。少女の行方へと想像を誘う作品。
《行方》と近い構図で猫を抱えて道に立つ少女を描いた《行方、ロマンス》では、向かい合う男女の顔が空に映し出されている。また、少女が抱える猫が足を揺らしていることが足を二重に描くことで表されている。さらに、街灯自体は描かれていないが複数の街灯が立ち並んでいるようで、前からの光と横からの光とで少女の影が足元から二方向に延びている。少女と男女の顔、猫の足、少女の影と繰り返される二重のイメージによって現実と空想との間で揺れ動く少女の心が描き出されている。
作家がトイレの便座に腰掛けているところへ男性が闖入するハプニングを描いた作品を《出会い》と題し、女性が右手を頬について物思いに耽る作品に《歯痛》とタイトルを付す。それぞれモティーフとタイトル(言葉)との間にあるギャップに諧謔がある。
暗い部屋でベッドに寝ている少女が布団の上に置かれたぬいぐるみを見つめる《友達》は《エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)がベッドにいる少女を描いた《病める子》や《思春期》を連想させる。
飛翔する四つ足の動物にまたがる獣頭の人物(?)を描く《スピード》は、画面の上下を黒と白とで塗り分けることで抽象的に表された右方向の斜面と、平行四辺形の画面とによって疾走感が強調されている。手斧を振り上げた人物がもう一人の人物を破壊する場面を描く《事件》とともに、フランシスコ・デ・ゴヤ(Francisco de Goya)の「ロス・カプリチョス」や「戦争の悲惨」といった版画シリーズを想起させる(《スピード》の斜面はゴヤの絵画《犬》で犬が頭を覗かせている斜面に通じるものがある)。
湯船に横たわる人物を描く《合宿所》の湯に歪むタイルは小倉遊亀(おぐらゆき)『浴女その一』を、コンビーフの缶とそれを見つめる人物を目の粗い網線の中に表す《君とコンビーフ》は服部一成の「キューピーハーフ」のグラフィックデザインを、それぞれ思い出させる、格子模様を楽しむ作品。
職人が量産される焼き物に絵付けをするように、熟れた線で描かれた木々やウサギに加え、画面を横断する緩やかなサイン波が球体を連想させることから、《山が笑う》は磁器のデザイン画に見える。
パッケージに入った牛肉の切り身を描いた《beef》や石膏像をそれを覆う透明のビニールとともに描く《ビニールに包まれた石膏像》は、透明の皮膜を持つ静物画となっている。