可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『イノセンツ』

映画『イノセンツ』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のノルウェーデンマークフィンランドスウェーデン合作映画。
117分。
監督・脚本は、エスキル・フォクト(Eskil Vogt)。
撮影は、シュトゥルラ・ブラント・グロブレン(Sturla Brandth Grøvlen)。
美術は、シモーネ・グラウ・ロニー(Simone Grau Roney)。
衣装は、マリアンネ・セムスモーン(Marianne Sembsmoen)。
編集は、イェンス・クリスチャン・フォドスタッド(Jens Christian Fodstad)。
音楽は、ペッシ・レバント(Pessi Levanto)。
原題は、"De uskyldige"。

 

イーダ(Rakel Lenora Fløttum)が父親(Morten Svartveit)の運転する車の後部座席で眠っている。陽射しを浴びて、イーダが目を覚ます。姉のアナ(Alva Brynsmo Ramstad)は何を見ているのかは分からない。水筒を手に唸るような声を断続的にあげている。イーダは窓に貼り付けておいたチョコレートを口に含む。助手席の母(Ellen Dorrit Petersen)の見ていないのを確認し、姉の太腿をつねる。姉は痛いのか痛くないのか。反応は変わらない。山の上に立つ団地が車窓から臨めた。
部屋では両親が引っ越し作業をしている。ヘンリエッテ、僕の工具は持って来た? 車の中じゃない? アナが電灯のスイッチを入れたり切ったりする。イーダは1人ベランダに出て唾を吐く。車と牽引トレーラーを停めた脇の植え込みに唾が落ちていくのを眺める。
イーダが団地の外に出る。電話が鳴るが気にしない。小さな池がある。ミミズを見付け、踏み潰す。対岸でイーダを見詰める少年の姿があった。
夜。母親がイーダを寝付かせようとして娘の隣にいる。アナがどんな風か分かるでしょう。新しいものには耐えられないの。パパはアナと一緒でいいよ。一緒に出かけようよ。空港で雑誌が買えるよ。パパは新しい仕事を始めたところだから休暇を取れないの。それにママもやらなきゃならないことがたくさんあるの。楽しいことがあるわ。学校で新しい友達もできるでしょう。嬉しくない? でも夏休みだよ。みんなが休暇で出かけるわけじゃないわ。もう眠る時間よ。お休み。眠りたくない。いいわ、起きていても。部屋を出て行く母親。もう少し一緒にいてよ。いられないの。ドアは開けておくから。声は聞こえるからね。お休み。母親が出ていく。壁に観葉植物のような影が映るのがイーダの目に入る。生きものが蠢いているようにも見える。
飛行機が団地の建物を超えていくのをブランコで仰向けになったイーダが1人眺める。グラウンドでサッカーをしている子供たちを眺めているが、イーダに声をかけてくる子はいない。とぼとぼと団地の周りを歩いていると、池の対岸にいた少年(Sam Ashraf)が声をかけてきた。引っ越してきたの? うん。見せたいものがあるんだけど。何?
イーダは少年に連れられて森の中に入る。少年は木の間に木材を渡して腰掛ける場所を作っていた。ツリーハウスを作ったんだ。パチンコも持てて、敵をみんな撃ったんだ。引っ越したの? しょっちゅうね。これを持ってここに立って。少年がイーダに石ころを手渡す。少年がイーダの近くに跪く。投げるの? 落として。用意はいい? 少年が集中する。今だ! イーダが石を落とす。石は地面に転がる。もっと軽いのじゃないと。瓶のキャップを拾って、イーダが構える。用意はいい? 今だ! キャップは落下の途中で横方向に飛んだ。驚くイーダ。どうやってやるの? 何度も練習したんだ。もう1回。イーダが石を拾って落とすと、やはり横に飛ぶ。私も試していい? イーダは少年と同じことをやってみたがる。いいよ。よく集中するんだ。いい? 落として! 少年がキャップを落とす。キャップは地面に転がる。駄目だね。イーダは自分の得意技として肘を反対方向に曲げるのを少年に見せる。少年も真似てみるができない。イーダは両腕を逆に曲げて見せる。何か怖いよ。2人は辺りを棒で突いたり、石を落としたりして遊ぶ。
引っ越しの作業がまだ終っていない部屋。家族は床に坐りピザの夕食を取る。イーダは少年の発揮する落下物を横に飛ばす能力について説明する。少年はパチンコを使ったのかい? ううん。何も使わずにやったの。パチンコには注意しなきゃ駄目よ。彼は魔術が使えるのか? そう。アナは飲み物を欲しがってコップを倒してしまう。父親が僕がやるよと言って立ち上がる。
イーダはサッカーのウェアを着てグラウンドに向かう。だがグランドには誰もいなかった。
部屋に戻ったイーダは床の隅にガラスの破片が落ちているのに気が付く。イーダはアナの靴の中にガラスの破片を入れる。
パパが待ってるから。行かないと。母親がアナに靴を履かせて出て行く。
アイシャ(Mina Yasmin Bremseth Asheim)が部屋で1人金髪のウィッグを櫛で梳かしている。私の髪はあなたのより少し太いの。ずっと暗い色をしてるの。色の違いを見て。アイシャは編んだ自分の黒髪とウィッグの金髪とを比べる。自分のことを悪く言っちゃった。誰だって美しい髪をしてるんだよ。じっと坐ってないで髪が梳かせないよ。そのとき、飼い猫が部屋を飛び出して行く。
台所ではアイシャの母親(Kadra Yusuf)が泣いていた。ママ…。
アイシャが靴を履く。痛い! アイシャが靴を脱ぐと、靴下の足先が血に染まっている。アイシャにはそう見えた。
イーダの一家はアナについて相談するために施設を訪れた。3人がスタッフの話を聞いている間、イーダは部屋の外からアナの様子を窺っていた。

 

イーダ(Rakel Lenora Fløttum)の一家は、自閉症の姉アナ(Alva Brynsmo Ramstad)の生活環境を整えるべく、父親(Morten Svartveit)が転職して、山の上にある団地に引っ越した。引っ越しの作業を進めながら、療養施設に行ってアナの支援について相談する。父は新しい仕事に対応するべく忙しく、母(Ellen Dorrit Petersen)はアナの世話にかかりっきりだ。イーダは家族がアナ中心に廻って、自分に構ってもらえないことが寂しくてならない。
イーダが団地の子供達の輪の中に入れず、1人ブランコを漕いだり歩き回ったりしていると、ベン(Sam Ashraf)に声をかけられる。彼はイーダを森の中の秘密基地に連れて行き、落下物を横方向に弾き飛ばす特殊な能力を披露する。
イーダがアナを外に連れ出した際、イーダはアナをブランコに残してベンと2人で遊びに出る。ベンが拾った猫を虐待するのを見て怖くなり、ベンを置いて戻ると、アナはアイシャ(Mina Yasmin Bremseth Asheim)と仲良く遊んでいた。アイシャはイーダには摑めないアナの気持ちを完璧に理解しているようだった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

まだ幼いイーダ――夜、1人で寝ていると、影が怖いものに見えてしまう――は、家族が自閉症の姉アナにかかりっきりで、寂しい思いをしている。アナに嫉妬して、姉に意地悪をしてしまう。姉の太腿をつねったり、靴にガラスの破片を入れたり。また、ベランダから唾を吐いたり、ミミズを踏み潰したりする。大きな石を投げつけるのも、ストレスの捌け口を求めてのことだ。
イーダに自らの破壊行動の恐ろしさを気付かせるのは、ベンである。ベンは見付けたネコを虐待し、殺してしまう。もともと2人が共鳴しているのは、孤独感からであった。つまり似た者同士である。だからこそベンの行動は自らの行動の延長線上にあるとイーダは気付く。そしてイーダはベンの禍々しさに付いていけず、自らの破壊行動を抑えることを学ぶ。だが、ベンはイーダに自らが避けられたことによって、却って破壊衝動を増幅させてしまう。猫を破壊する行為は、人に向けられるだろう。
ベンは虐待されている。虐待の連鎖によって、ベンは猫、そして人へと危害を加えていくことになる。馬鹿にする者を許せず、その怒りが彼の特殊能力を高めていく。
顔には斑があるアイシャはやはり孤独を抱えている。アイシャには強い共感力がある。例えば、アナがイーダによって靴にガラスの破片を入れられた際、アイシャは自分の足先に痛みを感じ、血の滲むのが見える。
日常的な音を大きく聞かせること。その増幅効果が、何でもないことが異常な状況へと外れていくことの予兆となっている。念動力やテレパシーのような特殊能力も、当初は些細な能力として描かれるが、次第に増幅される。(読んだことがないので漏れ伝わることで恐縮だが)特殊能力を有するキャラクターが活躍する某有名漫画では、キャラクターが空中に浮かんでいるだけで話が進行したらしいが、本作でも、ベンが集中する顔をするだけで、そこには特殊能力が発揮されていると感じさせられてしまう。特殊能力は繊細な描写に留められ、周到な流れの設定によって、鑑賞者を不穏な濁流に呑み込んでしまうのである。そのため、マーフィーの法則よろしく(?)、事態はますます不穏になることを鑑賞者は想定せざるを得ず、最後まで緊張感を途切れさせることができない。映画の尽きせぬ可能性を見せてくれる秀逸な作品である。
監督の創造した世界にリアリティを与えた主演の4人の子供たちが素晴らしい。