映画『ブラック・フォン』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
104分。
監督は、スコット・デリクソン(Scott Derrickson)。
原作は、ジョー・ヒル(Joe Hill)の小説『黒電話(The Black Phone)』。
脚本は、スコット・デリクソン(Scott Derrickson)とC・ロバート・カーギル(C. Robert Cargill)。
撮影は、ブレット・ユトキービッチ(Brett Jutkiewicz)。
美術は、パティ・ポデスタ(Patti Podesta)。
衣装は、エイミー・アンドリュース(Amy Andrews)。
編集は、フレデリック・トラバル(Frédéric Thoraval)。
音楽は、マーク・コーベン(Mark Korven)。
原題は、"The Black Phone"。
1978年。デンバー北郊。野球場では少年たちの試合が行われている。フィニー・ブレイク(Mason Thames)がマウンドに立つ。迎える打者はブルース・ヤマダ(Tristan Pravong)。初球はど真ん中。ストレートがミットに突き刺さる。チームメイトや観客が沸く。2球目。ブルースは思い切りバットを振るが空を切る。歓声が上がる。フェンスの向こうには、フィニーが想いを寄せるドンナ(Rebecca Clarke)の姿も見える。ゲームの行方を熱心に見守っている。3球目。三振を取りにいったフィニーの渾身のストレートを、ブルースがバットの真芯で捉える。センターは振り返ってボールを負うが、柵越えするボールを見送ることになった。笑顔で軽快にベースを回るブルース。彼のチームメイトが名前を連呼する。ドンナは球場を後にした。両チームの選手が挨拶を交わす。ブルースはフィニーの投球を褒める。
ブルースは気分良く自転車を漕いでいる。通りがかった2人の少女は、ブルースと目が合ったことを喜んでいる。野球のグラウンドでは、フィニーが1人ロケットを打ち上げる。発射音ととも打ち上がったロケットから落下傘が落ちてくるのを、自転車のブルースも目にする。黒いバンがブルースの行く手に現れる。
朝。フィニーがシリアルを音を立てないように注意して食べている。核兵器製造工場の工員のユニフォームを身につけた父親のテレンス(Jeremy Davies)が、向かいに座って新聞を広げている。ちったあ音立てて食べりゃいい。ボルダーまで響きゃしねえ。台所で大きな音がする。妹のグウェン(Madeleine McGraw)がパンを取り出そうとしたのだ。ごめんなさい、パパ。父親からは明らかに怒りが伝わってくるが、癇癪を起こすには至らなかった。グウェンは事なきを得た。
フィニーがグウェンと学校に向かって歩いている。みんなフォンジーかリッチーだって。ミリーはポッシーって言うけど、大人になってポッシーと結婚したいなんて言う人を信用する人なんていないんじゃない。私はずっと考えてた通り、ダニーと結婚したい。ドラマの出演者と結婚することになんてならないよ。彼、すごく格好いいんだよ。彼の声、大好き。フィニーが真新しいチラシに気が付く。行方不明のブルース・ヤマダの情報を求めるものだった。ヤマダさんがまた貼ってるんだ。どうせ見付けられないって思ってるんだろう? 思うようにはいかないよ。行こう、送れるよ。
やれ! やれ! やれ! 通学路の途中で、子どもたちが集まって騒いでいた。騒ぎの中心にいるのは恰幅の良いムース(J. Gaven Wilde)と頭にバンダナを巻いたロビン(Miguel Cazarez Mora)だった。睨み合う2人の少年と、彼らを取り囲み囃し立てる生徒たち。自分を強いと思ってたりするんじゃねえの? ムースが吐き捨てるように言う。確かめよう。ロビンは動じない。ボコボコにしてやるよ、ヒョロヒョロのメキシコ野郎。やってみろよ、怖じ気づいてないならさ。喧嘩が始まり、すぐにロビンがムースを殴り倒す。ムースに起き上がれとか、ロビンにもっとやれと野次馬が喚いている。ロビンは容赦なく倒れたムースの顔面を殴り続ける。遠目に見物していたファニーはグウェンを連れて離れる。何てことだ、ムースだった。私は気にしない。ムースはすっごくやな奴。分かるけどさ。フィニーはムースが去年兄を殴って怪我させたことを切々と訴える。私もいたの覚えてない? 僕は話したくないだけ。馬鹿だよね、ロビン・アレラーノと喧嘩するなんて。「ひったくり」がピンボール・ヴァンス・ホッパー(Brady Hepner)を攫ってからロビンが学校で1番強いんだから。彼のこと呼ばないでよ。みんな彼をピンボール・ヴァンスって言ってたわ。いや、そうじゃなくて…。誰のことか分かってるわ。新聞でも彼を「ひったくり」って呼んでるもの。たださ、彼の名前を言って欲しくないんだ。あの話を信じてないだろう? ええ。だって奴に兄さんの声なんて聞こえないじゃない。口に出した子なんて連れてかないよ。それは分かってるけどさ。フィニー! 分かってるって。だったら言いなさいよ。やだ。臆病者なの? …そんなこと言うつもり無かった。分かってる。
内核は個体ですが、外郭は液体です。その外側のマントルはほぼ固体です。しかし、マントルの外側の薄い層は部分的に溶けています。地学の授業はスライドで行われていて、教室は暗い。フィニーがロケット型の携帯ライトを点けている。スライドが切り替わる。表面の層は地殻と言います。固体で極めて薄いです。地球が層へ分化するとともに冷却が起こりましたが、内部はそれでも非常に高温でした。
チャイムが鳴り、多数の生徒に交じって、フィニーも教室を出て行く。おい、フィニー。途中で声を掛けられるが、聞こえないふりをして生徒でごった返す廊下を抜けていく。フィニーはトイレに駆け込むと、1番奥の個室に入って鍵をかける。バズ(Spencer Fitzgerald)、マッティ(Jordan Isaiah White)、マット(Brady M. Ryan)がフィニーを追ってすぐにトイレにやって来た。出てこいよ、アホ。騙される奴なんているかよ。フィニーは観念して個室から出る。俺たちの便所で何してんだよ。表示を見ろよ。「男子」になってるだろ。ホモはお断り。そこへロビンがやって来る。どけよ、雑魚。3人組を押しのけ洗面台へ向かう。よう、フィン。どうした? ロビンは洗面台で血塗れの拳を洗う。ムースの歯が鋭くてさ。いきなり血だらけ。3人組が退散しようとする。待てよ。今度フィンに関わったら、俺がお前らの相手してやるからな。もう出てっていいぜ。3人組がすごすご出て行くと、フィニーがロビンにありがとうと伝える。自分で立ち向かわないとな。うん、分かってる。
1978年。デンバー北郊の町。フィニー・ブレイク(Mason Thames)と妹のグウェン(Madeleine McGraw)は早くに母を亡くし、核兵器製造工場で働く、アルコール依存症の父テレンス(Jeremy Davies)の暴力に怯えながら暮らしていた。地元では少年の行方不明事件が続発し、フィニーが野球で対戦したばかりのブルース・ヤマダ(Tristan Pravong)も消息を絶ってしまった。犯人は「ひったくり」と呼ばれて怖れられ、フィニーはその名を出すことも憚られた。グウェンには母親譲りの千里眼があり、ブルースが黒い風船を持った男によってバンに乗せられる場面を夢で見た。グウェンがブルースの妹に語ったところ、ライト刑事(E. Roger Mitchell)とミラー刑事(Troy Rudeseal)が聞きつけ、事情聴取を受ける。妻が自殺したのは特殊能力のためだと信じるテレンスはグウェンが能力を発揮することを禁じており、職場に現れた刑事によってが事情を知ったテレンスはグウェンを折檻する。「ひったくり」の捜査が進展しない中、今度はロビン・アレラーノ(Miguel Cazarez Mora)が失踪する。ロビンはフィニーの友人で、学校で1番喧嘩が強かったため、フィニーの盾となってくれた。そのロビンがいなくなり、バズ(Spencer Fitzgerald)、マッティ(Jordan Isaiah White)、マット(Brady M. Ryan)のフィニーに対するいじめが再び始まった。
フィニー役のMason Thamesと妹グウェン役のMadeleine McGrawが作品を魅力的なものにしている。
(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)
フィニーは誘拐犯である「ひったくり」によって地下室に監禁される。地下室には断線している黒い電話がある。「ひったくり」は絶対に通話できないと言うが、その黒い電話が鳴るのをフィニーは度々耳にし、受話器を取ると、誘拐された子どもたちの声を聞くことになる。妹のグウェン同様、フィニーもまた特殊な能力を母親から引き継いだと解釈することが素直であろうか。特殊能力を否定するなら、同じく地下室に監禁されていた少年たちの脱出の試みを、その痕跡から読み解く行為を、通話による聴き取りに置き換えたものと解することになる。