可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『スイート・マイホーム』

映画『スイート・マイホーム』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
113分。
監督は、齊藤工。
原作は、神津凛子の小説『スイート・マイホーム』。
脚本は、倉持裕
撮影は、芦澤明子
照明は、菰田大輔。
録音は、桐山裕行。
美術は、金勝浩一。
装飾は、山田好男。
ヘアメイクは、中山有紀。
スタイリストは、高橋さやか。
編集は、高橋幸一。
音響効果は、安江史男。
音楽は、南方裕里衣。

 

更地となった分譲地の一角で地鎮祭が行われている。御神酒に鯛などの神饌が並ぶ仮設の祭壇に神主が祝詞を上げている。工事関係者とともにパイプ椅子に腰掛けるのは施主の妻。時折、大きく膨らんだお腹をさする。隣の席が空いている。
少女が両手の掌で顔を覆う。少女は僅かに指を開き隙間から目を覗かせる。
長野県松本市。雪の残る住宅街。アパートの1室。炬燵に入った清沢賢二(窪田正孝)がタブレットPCスマートフォンを眺めている。ひとみ(蓮佛美沙子)は台所でおでんの調理を終え、熱を出してベッドに寝ている幼い娘サチ(磯村アメリ)の様子を見に行き、額の汗を拭いてやる。まだ熱下がらない? 全然。汗びっしょり。見るだけ見に行こうか、家。やったー! 遂に! この部屋寒いもんね。ここが一番いいかもしんない。賢二はタブレットPCに表示したハウスメーカー「HAホーム」のサイトを妻に見せる。「夏は涼しく、冬は暖かい『まほうの家』」。
賢二はひとみとサチとともに市内の住宅展示場を訪れた。車を降りるなりひとみが賢二に尋ねる。しつこく勧誘されて強引に買わされそうになったらどうするの? 適当に理由付けて断るよ。急に転勤になったとか、親に勧められた別の業者に頼むことなったとか。そんなに簡単に噓つける人だったっけ? 3人は「まほうの家」の幟が立つHAホームのモデルハウスに向かう。家の前に並んだ3人のスタッフが清沢一家を笑顔で迎える。
こちらがリヴィングでございます。女性の案内員・本田(奈緒)が一家を案内する。綺麗なキッチン! 料理が得意なひとみは目に入ったオープンキッチンに吸い寄せられる。レイアウトはお好きなものを選べます。凄い機能的! ひとみは台所収納にも感激する。本田は壁にあるタッチパネルを示し、様々な家電を一括管理出来ると説明する。外からもですか? 賢二が本田に尋ねる。ええ、いわゆるスマートホームです。続いて浴室をご案内します。広い! ひとみはまたも喜ぶ。サチを風呂に入れるのも楽だな。賢二も頷く。暖房、乾燥、ミストサウナ、全てコントロールできます。この家は玄関から温かったな。賢二の言葉に、秘密はこちらにあります、と本田が断熱材のサンプルを並べたコーナーを案内する。そこに男性社員・甘利(松角洋平)が現われ、地下室に設置されたエアコンからダクトを通じて暖気が各部屋に送られていると説明する。たった1台で? 驚く賢二に甘利は地下への階段に案内する。さあ、どうぞ。賢二は階段の先の闇を見て頭がくらくらする。足元、お気を付け下さい。賢二は甘利と地下室に入る。建築基準法上、こちらは収納スペースです。こちらがまほうのエアコンです。いくつものダクトが延びるエアコンを甘利が示す。不躾ですが、家族構成は? 今日いらしている3人だけですか? そうですけど。奥様と幼い娘さんとの3人…。地下室に入る前から気分が悪くなっていた賢二の視界が歪む。男が少年を何度も蹴り付けるイメージが賢二の脳裡に浮かぶ。清沢様、大丈夫ですか? 賢二は気を失い、倒れてしまう。
賢ちゃん! ひとみの声に目を覚ます。賢二はモデルハウスのリヴィングに設置されたカウチに寝かされていた。すいません、昔から狭い所、苦手で。賢二は本田に頭を下げる。先ほど奥様から伺いました。賢二が近くで眠っているサチに気が付く。寝てるね、暢気に。うちの娘もこの家にしてから寝付きが良くなったんです。本田は自らもまほうの家に暮らしていると言う。幼い娘を育てる苦労を吐露して見守りカメラがあると安心だと実感を述べ、閉所恐怖症の賢二を慮ってエアコンのメンテナンスは夫ではなく自分が担当していると説明した。
賢二がひとみとサチを乗せて車を実家へと走らせる。インターホンを鳴らす。玄関に母・美子(根岸季衣)が出て来る。誰かと思えば。久しぶり。サっちゃんいらっしゃい。
美子が茶菓を用意して4人で炬燵に入るが、サチは家の中にあるものが物珍しくじっとしていられない。可愛いのあるよ。いいよ、見てらっしゃい。サチが部屋の中を見て回るのをひとみが付いていく。ごめんね、なかなか来られなくて。いいのよ、みんな元気なら。それで何か話があるんでしょ? まだ何も決めてないんだけど、今住んでる部屋寒くて、サチもまだ小さいし。だから? 早く言いなさい。家を買おうと思って…。いいじゃない。勇気の要ることだけど。この家は誰が継ぐの? この家に継ぐものなんてある? どうしてもっていうなら聡でしょ。長男だから。そのとき、あっと驚く声をひとみがあげた。ひとみ? 賢ちゃん、大丈夫なんだけど。ひとみは窓を閉め切った暗い部屋の前に立っていた。押し入れの中にサチを抱き抱えた聡(窪塚洋介)がいた。

 

長野県松本市。スポーツジムに勤務する清沢賢二(窪田正孝)は、寒いアパートメントでは幼い娘サチ(磯村アメリ)が不憫だと、妻のひとみ(蓮佛美沙子)にマイホーム建設の腹積もりを伝える。早速、賢二は妻子を伴って「まほうの家」を謳うHAホームのモデルハウスを見学した。本田(奈緒)に案内を受けた賢二とひとみはスマートホーム「まほうの家」をすっかり気に入る。賢二は母・美子(根岸季衣)に家を建てる計画を報告するために妻子と実家を訪れた。実家には父親(竹中直人)に虐待を受けたために常に監視されているとの妄想に囚われた兄・聡(窪塚洋介)が引き籠もっていた。建設用地を取得できた賢二とひとみに対して本田は自ら設計を申し出る。2人は是非にと即決し、甘利(松角洋平)という社員が別の建築士を紹介させて欲しいと言うのを断る。賢二が密かに情交を結んでいるジムの同僚・原友梨絵(里々佳)に家を建てることを伝えると、友梨絵からは結婚が決まったからと関係終了を切り出された。本田は賢二とひとみの期待に応え、理想以上の家を設計した。ひとみは第2子を妊娠していた。4人家族となった一家は理想の暮らしを始めるのだが……。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。作品にはミステリーとしての性格があるため、鑑賞してから読まれることをお勧めしたい。)

冒頭、施主の椅子が1つ空くことで欠落を、少女が顔を手で覆った隙間から覗かせる目によって監視を、それぞれ象徴的に描いて見せる。
「まほうの家」の地下室にある複数のダクトを延ばして各部屋へ暖気を送るエアコンは、ジョージ・オーウェル(George Orwell)『1984年(Nineteen Eighty-Four)』のビッグブラザーであり、あるいはミシェル・フーコー(Michel Foucault)が管理社会の比喩として用いたジェレミーベンサム(Jeremy Bentham)のパノプティコン(但し、塔上から地下へと反転している、否、実は反転してはいないのだが……)のメタファーである。
「まほうの家」は「見守りカメラ」によって幼い子供の様子を確認できる。それは子育てする親にとって安心を提供する。だが、子供を監視できるなら、親を監視することも可能だ(例えば、かつて扱いが難しかった写真機を誰もがいつでも使えるようになったことで、盗撮やリベンジポルノのリスクを高めることにもなったように、テクノロジーは常に諸刃である)。遍在する目は、まさにビッグブラザーであり、パノプティコンである。そして、フーコーが指摘した、規律意識の内面化は、賢二(友梨絵との不倫という臑に傷がある)やひとみ(理想的家庭を築こうとのプレッシャーと、賢二不在時のワンオペ育児に対する心理的緊張による)が常に監視されているとの疑心暗鬼に駆られる恐怖として表現されている。
それに対し、欠落は、夫=父親である。冒頭の地鎮祭の場面で、身籠もった妻=母親の存在を示し、その隣の席に坐るはずの夫=父親の不在が強調される。また、聡と賢二を虐待した父親が美子の実家から消えている。さらには、不倫のために家を空けた賢二自身もまた夫=父親の欠落を生じさせたと言えるだろう。

地下のエアコンが象徴するのは、実は、ビッグブラザーならぬビッグマザーであった。それは、流産し、子供を持つ夢が絶たれた「母親」が、子の代替として、自らの存在を増殖させるシステムである。すなわち、遍在する目とは、増殖した目であり、それを持つ者はただ1人である。無性生殖技術であるクローンによって「母親」は自らを増殖させるのである。

ますます加速する監視社会と、クローニングの夢。テクノロジーがもたらす恐怖をモティーフとした、エンターテインメント作品であった。