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芸術鑑賞の備忘録

映画『エリザベート 1878』

映画『エリザベート 1878』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のオーストリアルクセンブルク・ドイツ・フランス合作映画。
114分。
監督・脚本は、マリー・クロイツァー(Marie Kreutzer)。
撮影は、ジュディス・カウフマン(Judith Kaufmann)。
美術は、マーティン・ライター(Martin Reiter)。
衣装は、モニカ・バッティンガー(Monika Buttinger)。
編集は、ウルリケ・コフラー(Ulrike Kofler)。
音楽は、カミーユ(Camille)。
原題は、"Corsage"。

 

1877年12月。ウィーン。オーストリア・ハンガリー帝国皇帝・ハプスブルク家の宮殿。皇妃エリザベート(Vicky Krieps)が浴槽に張った湯に潜っている。脇では侍女のフィニ(Marlene Hauser)とロッティ(Johanna Mahaffy)が潜水時間を計っている。怖いわ。いいから一緒に数えるのよ。エリザベートが湯から顔を出す。長さは? 40秒です。いいえ、1分と11秒です、陛下。
フィニがコルセットを締め上げ、ウェストを測る。45センチ。ロッティを呼んで。フィニに代わり、ロッティがコルセットの紐を締める。
朝食をとるエリザベートに執事(Stefan Puntigam)が本日の予定を説明する。国歌の最終小節までに両陛下の御到着、美術史美術館の正面で馬車を降りて頂きます。竣工式典に参列する設計担当カール・ハーゼナウア男爵(Johannes Rhomberg)、フェルダー市長(Kajetan Dick)、アオアスペルク首相(Peter Färber)がお出迎えします。僭越ながら陛下の耳朶に触れさせて頂きますが、首相は予てより二重君主制に対して批判的です。陛下のハンガリー滞在日数を数えているとも言われています。
美術史美術館の前では、竣工式に臨む面々が控える。少年合唱団が皇帝・皇妃、ハプスブルク家を讃える国歌の斉唱を終えると、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(Florian Teichtmeister)が皇妃の手を取り、代表して迎える3人と挨拶を交わす。立派な建物だ、さぞや誇らしいだろうな、カール。そなたの絵に命が吹き込まれて動き出さんばかりだ。皇帝が建築家を労う。首相はエリザベートに話しかける。僥倖に恵まれました、陛下。最近、妻が新聞で陛下が体重に悩まれていると読みましてな。迷惑千万ですな。続いてカール・ハーゼナウア男爵がエリザベートに声をかける。芸術を愛好する者として、陛下の優美な肖像画をよく存じ上げております。幸いなことにウィーンには沢山ございます。陛下が幻なのではないかと思ってしまうほどです。男爵が皇妃の手を取った途端、皇妃は失神してしまう。
宮殿にエリザベートを乗せた馬車が入ってくる。マリー(Katharina Lorenz)、イーダ(Jeanne Werner)、ファニー(Alma Hasun)がエリザベートを出迎える。
エリザベートの居間。エリザベートがシガレットを手に、バイエルンルートヴィヒ2世(Manuel Rubey)に失神の演じ方について説明する。とてもゆっくり後ろに倒れていくのよ。それから目よ。エリザベートがやって見せると、ルートヴィヒも真似て床に倒れ込む。全くなってないわね。それなら、もう1度見せてよ。再び倒れて見せる、エリザベート。あなたは私の飼い犬を思わせるわ。犬になりたいものだね。それなら夫君の宸慮を悩ますこともないのだが。どうかしら、犬にも嫉妬しているわ。フランツ・ヨーゼフがエリザベートの部屋の前でドアベルを鳴らすが反応はない。むしろ、あなたは壁紙を思わせるの。静かな廊下にはエリザベートの言葉も笑いも漏れ伝わる。フランツ・ヨーゼフがやむを得ず再度ベルを鳴らす。
エリザベートはシガレットを吸いながらファニーに髪を手入れさせている。フランツ・ヨーゼフがエリザベートに語りかける。皆が悲嘆に暮れておった。そなたの姿を自らの目で確かめたいと考えておるのだ。本当に気を失ってしまったんですもの。フランツ・ヨーゼフは頬髭を外す。あの頬骨。素敵でしょ。ルートヴィヒが近くで爪を磨いている。そなたの従弟はいつまで滞在するのだ? 明日出発しなければなりませんわ。公務よ。これほど気まぐれな人物を目にしたことはない。そうなの? 噂になるだろう。また病気になってしまったに違いないと。当然ですわ、頭に1キロのブリキを載せて立っているのを見詰められているんですもの。セルビアに対して何をなさってるの? ギュラ・アンドラーシ(Tamás Lengyel)は何と? ベック将軍と連絡を取っているところだ。アンドラーシの見解は現時点では二の次だ。私の見解についてもね。止めないか。ハンガリーは帝国に何をもたらしたと言うんだね? 王国よ。その際、意見を求めた。その件で今日に至るまで批判されておる。ライオンが羊の意見を気にして眠れなくなることはないわ。
ルートヴィヒの肩にもたれるエリザベート。ルートヴィヒが離れる。
早朝、ルートヴィヒが馬車で発つのを、エリザベートは窓から眺める。人は人を愛さない。誰もが相手に望むものを愛する。そして、自分がそうありたいと望むものを愛してくれる者を愛する。
室内馬場。エリザベートがマリーのピアノに合わせて白馬を駆る。旅に出ましょう。エリザベートがマリーに言う。陛下、あと2日で12月24日でございます。
宮殿の大広間に大きな樅の木が飾られるのを皇女ヴァレリー(Katharina Lorenz)が見上げる。
エリザベート吊り輪を使って運動をしている。ハンガリーで独立党の政治集会が5000人以上を集め外務大臣のギュラ・アンドラーシを糾弾したとの新聞記事をイーダが読み上げている。そこへヴァレリーがやって来る。お母様、樅の木が飾られているの。これまでで一番大きい木よ。見て頂きたいわ。生きていない木にはあまり興味が持てないの。この娘は顔色が良くないわね。新鮮な空気を吸わないと。最後に外に出たのは? お母様、私には学ばなくてはならないことがたくさんあるの。読書も大事だけれど、呼吸することはもっと大切なことよ。フニャディを呼んで。この娘はドイツ語の読み過ぎよ。エリザベートは体重計に乗り、イーダが体重を記録する。
エリザベートの誕生日を祝する晩餐会が盛大に催される。

 

1877年12月。ウィーン。オーストリア・ハンガリー帝国の皇妃エリザベート(Vicky Krieps)は皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(Florian Teichtmeister)に従い竣工式典臨席のため美術史美術館を訪れる。設計担当の建築家カール・ハーゼナウア男爵(Johannes Rhomberg)やアオアスペルク首相(Peter Färber)が参列者を代表して出迎えた際、皇妃は失神して倒れる。宮殿に還御したエリザベートは従弟のバイエルンルートヴィヒ2世(Manuel Rubey)に失神の演じ方をするなどして談笑していた。皇妃を見舞ったフランツ・ヨーゼフから皇妃の務めを果すよう諭される。美貌で知られるエリザベートは日々体操や乗馬など身体の鍛錬を怠らず、ウェストを締め上げたり体重を測定したりと美容に余念が無かった。だが12月24日に40歳の誕生日を迎え、容姿の衰えを誰より気にするエリザベートは、宮廷生活の窮屈さと相俟って鬱屈の度を深める。せめて皇女ヴァレリー(Katharina Lorenz)には健康で自由な生活を味わわせたいと願うが、帝王学を授けようとするフランツ・ヨーゼフと対立する。鬱憤を晴らそうとして頻繁な外遊を始めとしてますます自由に振る舞うエリザベートには、皇子ルドルフ(Aaron Friesz)でさえも懸念を示す。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

冒頭、エリザベートは湯船で潜水している。どれだけ長く呼吸を止められているか。それは窮屈な宮廷生活に耐えているエリザベートの姿を象徴する。また、病院を見舞った際に見かけた、檻に囚われ拘束されている精神病患者の姿には、自らの姿を重ねている。
バイエルンルートヴィヒ2世や乗馬インストラクターのベイ・ミドルトン(Colin Morgan)との関係がエリザベートの欲求を満たさないこともエリザベートの鬱屈の度を深める。
イングランドノーサンプトンシャー滞在中、映画を発明したルイ・ル・プランス(Finnegan Oldfield)と出会う。ありのままを記録する技術に興味を持ったエリザベートは、撮影に応じる。カメラに向かって馬に乗り、録音技術が伴わないことから大声で叫んでみせる。宮廷画家ゲオルグ・ラブ(Alexander Pschill)に肖像画を描かせる場合、モデルであるエリザベートが動けないという事実に対して、エリザベートが嬉々として画面に収まるのが印象付けられる。
エリザベートは皇女ヴァレリーに対し、丈夫な心身を手に入れるとともに自由に育って欲しいとの思いを抱いており、勉強も大切だが呼吸はもっと重要だと説く。だがヴァレリーを真冬の真夜中の乗馬に連れ出して風邪を引かせてしまう。フランツ・ヨーゼフや皇子ルドルフをはじめ周囲の者たちが懸念する、エリザベートの突飛さが象徴的に描かれる場面の1つである。
美貌で知られるエリザベートは、加齢による容姿の衰えを気に病み、他者からは常に自らがどれほど年を取ったかという眼差しを向けられていると考えてしまう。
ドイツ語、英語、フランス語、ハンガリー語が飛び交う。