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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展』

展覧会『建国300年 ヨーロッパの宝石箱 リヒテンシュタイン侯爵家の至宝展』を鑑賞しての備忘録
Bunkamura ザ・ミュージアムにて、2019年10月13日~12月23日。

リヒテンシュタイン侯爵家の油彩画と磁器のコレクション計126点を7つの ジャンルで紹介。

第1章「リヒテンシュタイン侯爵家の歴史と貴族の生活」は侯爵家の人々の肖像画を中心に15点の作品で構成。冒頭を飾るのは、美術品蒐集に情熱を注ぎ、初めて目録を作成したリヒテンシュタイン侯ヨハン・アダム・アンドレアス1世の肖像(フィリップ・ハインリヒ・ミュラーリヒテンシュタイン侯ヨハン・アダム・アンドレアス1世の肖像メダル》)。《リヒテンシュタイン侯ヨーゼフ・ヴェンツェル1世 》(フランチェスコ・ソリメーナに帰属)や《リヒテンシュタイン侯爵家出身のエスターハージー伯妃ゾフィーの肖像》(ヨーゼフ・カール・シュティーラー)など威厳を示す肖像画が並ぶ。とりわけ、フリードリヒ・フォン・アマーリンングの描く皇女たち(カロリーネ、ゾフィー)が1歳半にして早くも気品ある落ち着いた表情を見せているのが印象に残る。また、リヒテンシュタイン侯爵家は早くからハプスブルク家と結びつき、産出した馬を献じていたということで馬を描いた作品(ルートヴィヒ・デ・ウィッテの《軍服姿の軽騎兵ザールモンアラピーと葦毛の馬》と同《馬丁と黒斑馬》)が、さらに、華やかな暮らしぶりを伝えるためか放埒の戒めのためか定かでないが、パーティーを描いた作品(フランツ・クリストフ・ヤネック《室内コンサート》、同《屋外での雅な音楽の集い》、ヨハン・ゲオルク・プラッツァー《雅な宴》)が合わせて展示されている。
第2章「宗教画」では、イエスの誕生(ロレンツォ・コスタ《東方三博士の礼拝》、ヨハン・ヘーニヒ《羊飼いの礼拝》など)や聖母子(マルコ・バザイーティ《聖母子》、セバスティアーノ・マイナルディ《洗礼者聖ヨハネと天使二人といる聖母子》、モレット《聖母子と洗礼者聖ヨハネ》、ペーテル・パウルルーベンス《聖母を花で飾る聖アンナ》など)などキリスト教絵画お馴染みの主題を中心に19点の絵画が並ぶ。あどけなさの残るダヴィデが巨大なゴリアテの首を重そうに右肩に抱える様を描くジロラモ・フォラボスコ《ゴリアテの首を持つダヴィデ》や、主題となるアブラハムとイサクを後景に追いやって、作者独特のねっとりした顔を持つ2人の従者(とロバ)を前景に大きく表わしたルーカス・クラーナハ(父)《イサクの犠牲》、縦長の構図を活かし角の間にキリストの磔刑を顕現させた崖上の鹿と改宗したエウスタキウスを崖下に描いたルーカス・クラーナハ(父)《聖エウスタキウス》などが興味深い。
第3章は「神話画・歴史画」は神話主題の作品を中心に絵画7点・磁器6点が並ぶ。ヘンドリク・ファン・バーレンの《エウロパの略奪》はエウロパが牡牛に連れ去られる場面は左奥の海に僅かに表わし、エウロペらが牡牛を愛でる情景を中心に描いている。ペーテル・パウルルーベンスと工房《ペルセウスアンドロメダ》は、画面左手に右を頭を向けるペガサス、中央右手に赤い布を翻してアンドロメダを救出するペルセウスが描かれ、画面右手の拘束されたアンドロメダへと視線を強く誘導する。岩壁とペルセウスの鈍く光る鎧がアンドロメダの白い裸身を強調する。
第4章「磁器 西洋と東洋の出会い」では景徳鎮窯や有田窯を中心に25点の磁器が並ぶ。有田焼の蓋付きの大壺に金具を取り付けてポプリ壺に転用した《染付山水文金具付ポプリ蓋物》の華やかさが目を引く。それに対して異国趣味が昂じてトカゲや謎の生き物が貼り付けられた《黒絵唐人物ティーポット》は仄暗い魅力がある。ビシッと決まった配置が素晴らしいヤン・ダーフィツゾーン・デ・へーム《陶器、銀器、果物のある静物》や、ヴァニタスとしての性格が色濃いビンビ《花と果物の静物とカケス》(寄託作品)などの静物画4点も合わせて紹介されている。
第5章「ウィーンの磁器製作所」は第4章と連続し一体化してウィーン窯の磁器17点を取り上げている。ホット・チョコレートをこぼさず飲むためのトランブルーズ(受け皿の中心にカップを支える構造がある)3点(うち1点は明らかに飲み物は注げないつくりだが)が含まれている。
第6章「風景画」では、風景画13点、磁器5点を紹介。ヤン・ブリューゲル(父)《市場への道》は手前に大木が聳える丘を赤い服の人物などを含めて描き、遠景に淡い青や緑できめ細かに表わした街並みを配した作品。小さな作品だが隅々をじっくり見たい気持ちに駆られる。ハインリヒ・ラインホルト《オーストリア・アルプスを探索する画家たち》は、峠に点在する人の小ささに対し大きく積み重なる雲が主役として描かれた作品。クジラと砂丘とがアナロジーとして示されたようなルーラント・サーフェリー《打ち上げられたクジラ》や、高地独特の眺望に登山欲を煽られるフェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー《イシュル近くのヒュッテンエック高原からのハルシュタット湖の眺望》なども興味深い。
第7章「花の静物画」花を描いた油彩画6点と磁器9点を紹介する。金地に花々をあしらったアントン・デーリンクとイグナーツ・ヴィルトマンのティーセットをはじめ華やかな作品が並ぶ。このセクションだけは写真撮影も可能になっている。

 

「世界で唯一、侯爵家(君主)の家名が国名となっているリヒテンシュタイン」は「スイスとオーストリアにはさまれた小国ながら、世界でも屈指の規模を誇る個人コレクションを有し」、「戦火ををくぐり抜け」させることに成功したという。国家を今日まで維持できた理由の一端や、治世とコレクションとの関係性などの紹介があると良かった。「建国300年」の記念展覧会ということもあり、世界史寄りの企画を期待してしまっていたが、それは間違いであった。