可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『緑のざわめき』

 

映画『緑のざわめき』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
115分。
監督・脚本は夏都愛未。
撮影は、村松良。
照明は、加藤大輝。
音楽は、渡辺雄司。

 

小山田響子(松井玲奈)が森の中を彷徨っている。大きな洞を持つ朽ちた大楠が響子の前に立ちはだかる。
福岡。喫茶店では、絵里(川添野愛)、彩乃(渡邉りか子)、まゆ(加藤紗希)がお喋りに興じている。昨日、アプリで知り合った宗ちゃんとデートした。興味を示した彩乃がどこまで行ったか絵里に尋ねる。イタリアンレストランで食事して、その後、宗ちゃん家に行った。2回でヤッたの? 宗ちゃんの写真見せて! 彩乃のタイプじゃないよ。まゆはアプリの利用には気を付けた方がいいと絵里に釘を刺す。まゆはストーカーの彼氏、大変だったからね。その話は止めてくれる。まゆがふてくされる。絵里はアプリの有用性について持論を述べると、自分磨きに専念して28歳までに結婚すると宣言する。男絡みの話が一段落すると、今度の休みに旅行に行こうと盛り上がる。
書店。響子がレジに本を持っていく。2980円になります。袋は御入り用ですか? はい。3円になります。やっぱりいいです。
本を片手に響子が川沿いの歩道を歩いていると、後ろから響子の名前を呼ぶ声がする。宗太郎(草川直弥)が駆け寄って来た。宗ちゃん! やっぱり。さっき本買ったろ。あの書店でバイトしてて今上がったとこ。響子は東京での仕事を辞めて福岡で就職活動をしていると説明する。響子がお茶に誘うが、宗太郎は予定があるという。恋人の存在を察した響子はまた話そうと言って別れた。
ダークスーツに白いシャツの響子が就職面接を受ける。最初は事務作業とか簡単な作業から。お茶くみでも構いませんよ、綺麗な女性は得だから。うち、待遇はいまいちだけど。まずは非正規で雇用してからね。男女の担当者の話を一方的に聞かされ、響子はほとんど何も言えず面接は終了する。
公園のベンチに響子が腰を降ろすと、少女が木の陰からひょっこり姿を現わす。響子が微笑んで相手をすると、少女は喜ぶ。お母さんは? あっち! 少女が駆けていく。響子は手帖を取り出し、スマートフォンで嬉野で茶屋を営む松尾芙美子(黒沢あすか)に電話する。芙美子さん? 響子ですけど。がばい久しぶり。福岡に来てて、元気かなって。芙美子さん、お変わりなく?
響子が宗太郎のアルバイト先の書店に立ち寄る。宗太郎が最近はまっているサウナについて響子に熱く語る。その2人の姿を菜穂子(岡崎紗絵)が店の隅で密かに窺っていた。響子が宗太郎と話終えて店を出て行くと、菜穂子は響子の跡を付ける。外は雨が降っていた。
響子の姿を見失った菜穂子は書店に戻る。菜穂子は棚整理をしていた宗太郎に声をかけ、本を探してもらう。菜穂子はレジで宗太郎から本を購入する。袋は入ります? 1枚3円ですけど。はい。…彼女はいるんですか? 頻繁に来店していて、以前にも本を探してもらったんです。さっき話してた女の人は? 元モトカノで…。この後、時間ありますか? えっ、この後?
ホテルの1室。宗太郎がシャワーを浴びている隙に、菜穂子は宗太郎のバッグからスマートフォンを取り出し、LINEのやり取りを確認する。菜穂子は浴室から出てきた宗太郎に元モトカノがどこに住んでいるのか尋ねる。…たしか西新とか。
響子の部屋。宗太郎が遊びに来ている。彼女とはどこで? マッチングアプリ。宗ちゃんそんなのやっとうと? すぐヤれる女の子探しとるん? 最初はそう。最近は真面目。女の子もいろんなアプリ登録しててすげーよ。いい加減にしいや。ほっといてくれよ。飲みながら話していた2人は酔いが回る。響子のお母さんのことショックで、実感ない。私も。佐賀に戻って実家の遺品整理をしなきゃいけないのに。響子は美人だし地元に戻ってもセレブの旦那捕まえられるよ。女子は逃げ道あっていいよな。馬鹿にするのもいい加減にして。響子はワインを呷る。妹いるって、話してたよね。会ったりとか? 会えんやろ、そんな簡単に。
響子は森の中を彷徨っている。響子が目を覚ます。
響子が雨の中、傘を差して大濠公園へ向かう。菜穂子が響子の跡を付ける。響子は福岡市美術館へ入って行った。展示室の出口で待ち構えていた菜穂子が響子に声をかける。…あの、すいません。…あの、もしかして女優さんですよね。あ、はい。私、あなたの映画見たんです。2人はラウンジのソファに腰掛けて話す。役者、辞めちゃったんですか? 驚いた、有名じゃないのに。去年、特集上映を見てからファンです。響子が用事があるからと席を立つと、菜穂子が買い出しなら荷物持ちを手伝わせて欲しいと訴える。
響子は買い物袋を提げて菜穂子と帰宅する。有り難う、助かった。雨止んで良かったですよね。響子は菜穂子にお茶を出す。美味しい。祖母の営んでた店から取り寄せたの。今は叔母が跡を継いでる。お母様は? 亡くなってるの。…すいません。お父様は? 父は私が小学生のとき家を出て、祖母と母と3人で暮らしてたの。私も母と2人で暮らしてました。大学進学して母が再婚してから帰りづらくて。菜穂子ちゃんて初めて会った気がしない。私もです。響子が洗面所へ立った隙に菜穂子は響子のバッグを漁る。手帖を発見した菜穂子はスマートフォンで芙美子の連絡先が書かれた頁を写真に撮る。
嬉野。高校の制服を着た杏奈(倉島颯良)がトイレで「まずは話して #8891(はやくワンワンストップ」と書かれたステッカーを目にする。
芙美子の自宅。杏奈が和室の畳に寝転がっていると、家の電話が長々と鳴る。一旦止んだが再び鳴り始めたので、杏奈はやむを得ず受話器を取る。もしもし? …あの、芙美子さん? 今出かけてて。この時間家にいないこと多くて。…芙美子さんのご家族ですか? 杏奈が電話を切る。公衆電話から電話をかけていた菜穂子が「15:06 女の子出る」とメモを取る。
菜穂子のアルバイト先の喫茶店。絵里、彩乃、まゆが来店している。何か食べる? ダイエット中だから。何日目? 談笑する3人のもとに菜穂子がドリンクを運ぶ。来るなら連絡してよ。菜穂子、大学でも働いてるんでしょ。今度の休みの旅行について話を振られた菜穂子は嬉野温泉を薦める。そういえば嬉野にやばいとこあるんだ、と絵里が食いつく。

 

小山田響子(松井玲奈)は東京で俳優をしていたが、卵巣の病気で手術を受けたのを機に、故郷・嬉野に近い福岡に転居した。就職活動を始めたものの、うまくいかない。かつて痴漢に遭った森で逃げ回る夢を繰り返し見るようになった。立ち寄った書店で、かつての交際相手・宗太郎(草川直弥)と偶然再会する。マッチングアプリで女遊びに興じる宗太郎は、就活が上手くいかなくても金持ちの旦那に永久就職できるからいいと響子の感情を逆撫でする。美術館に出かけた際、特集上映を見てファンだと言う本橋菜穂子(岡崎紗絵)に声をかけられる。実は菜穂子は、父親が同じである響子に興味を持ち、響子の身辺を探っていた。母の遺品整理のため嬉野に向かった響子は、祖母の茶屋を引き継いだ叔母・松尾芙美子(黒沢あすか)に会いに行く。その際、芙美子が引き取った杏奈(倉島颯良)が実は響子の妹であると知る。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

塚崎の大楠の洞、泉山磁石場の採掘跡が極めて印象的に映し出される。穴は女性(女性器)のメタファーであるとともに、響子の虚ろさを象徴する。
就職面接では美人は簡単な仕事でも許されると羨ましがられ、宗太郎からは女は逃げ道があっていいと揶揄われる。響子は俳優に代わるやりがいのある仕事を求めるが、結婚=永久就職が既定路線との偏見が向けられている。
響子は卵巣を患って摘出手術を受けているが、それで楽になったと述懐する。1つには、響子がかつて受けた痴漢被害――明示されてはいないが父親によるものか――のトラウマがある。痴漢から逃げ果せたのではないかと自らを責めることで苦悩は強められる。また、父親が――ガブリエル・ブレア(Gabrielle Blair)の『射精責任(Ejaculate Responsibly: The Conversation We Need to Have About Men and Contraception)』という書籍(未読)で指摘されるところの――射精責任を果していないことも影を引く。それどころか父は杏奈の母親を強姦している(響子の母親、菜穂子の母親との関係は判然としない)。性犯罪者の父親から生まれた娘に何の罪もないが、無実であっても父親の存在に思い悩むことは避けられない。
響子の痴漢被害、あるいは母親(たち)に対するレイプを直接描くことを避け、透(林裕太)を被害者とした女性によるレイプを描くことで、かえって鮮烈に性犯罪を描き出している(しかも被害者である透が転落していくことになる)。
響子が福岡市美術館水墨画の展示を見るのは、束の間、世俗を離れようとの意志でのことだろう。
菜穂子が読む谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』は、響子の光と自らの蔭とを象徴するものか。異母姉妹の関係を明るみに出そうとする菜穂子の姿勢は、蔭を失わせるこちにはなる。
嬉野温泉塩田川に架かる温泉橋で佇む杏奈がどこからともなく流れてくるピアノの調べに耳を澄ますのは、根無し草としての自らを音楽に重ね合わせているためだろう。
芙美子はコガ爺(カトウシンスケ)から自分のことだけを考えるよう助言されるが、それを守らず不幸を招いてしまう。他者に大切にするものが犠牲となる。
響子に立ちはだかる塚崎の大楠は、洞ではなく大樹そのものに着目すれば、むしろ不在の父親(男根)の象徴かもしれない。響子が向き合う相手であり、過去である。
葉脈がはっきり見える、葉で作った栞が、何度か登場する。葉は、同じ樹木=父親から生まれた3人の娘を表わすようだ。『緑のざわめき』のタイトルの由縁か。因みに、邦題(原題)とは別に"Saga Saga(佐賀サーガ)"を冠している。
響子・菜穂子・杏奈は、松原(生きの松原?)を抜けて海岸へ向かう(そこに立つのは壱岐神社の鳥居?)。(松原ではあるが)森を抜けて海岸に出る描写は、響子が2人の妹とともに、迷い込んだ森(父の影響下)から脱出できたことが示唆される。
公立ブックカフェは、中身の空虚さで穴・洞に通じるだろうか。あるいは、ルッキズムのメタファーか。いずれにせよ、大学を中退して東京の美大を受験するという透の空虚さを象徴する。
重いテーマを扱いながら、若手の俳優によって軽やかに進行して見せる。また、佐賀を中心に魅力的な景観を取り込んだ映画らしいルックを実現している。