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芸術鑑賞の備忘録

映画『マイ・ブロークン・マリコ』

映画『マイ・ブロークン・マリコ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
85分。
監督は、タナダユキ
原作は、平庫ワカの漫画『マイ・ブロークン・マリコ』。
脚本は、向井康介タナダユキ
撮影は、高木風太
照明は、秋山恵二郎。
録音は、小川武
美術は、井上心平。
装飾は、遠藤善人。
スタイリストは、宮本茉莉。
ヘアメイクは、岩本みちる。
音響効果は、中村佳央。
編集は、宮島竜治。
音楽は、加藤久貴。

 

外回りのシイノトモヨ(永野芽郁)が中華屋で1人ラーメンに向かっている。胡椒を振り掛け食べ始めようとしたところで、唯一無二の親友の名が隅のテレビから聞こえてきた。11月16日午後4時半頃、中野区在住の26歳の女性、イカガワマリコさんがマンションのベランダから転落、病院に搬送されるも死亡が確認されました。店を出たシイノがLINEにメッセージを入れる。連絡ちょうだい。続けて電話を入れるがつながらない。そこへ上司から着信があるが無視する。
不動産屋の前。アメリカンドッグを手にするシイノ。隣には右手の人差指に包帯を巻き右目の近くに痣の出来たマリコ(奈緒)。2人とも高校の制服を着ている。築45年とか、床抜けそうだね。2万6千円だって。今からも借りられるよ。しぃちゃんと暮らしたい。築50年でも60年でも。しぃちゃんと楽しく暮らしたい。猫も飼いたい。おばあちゃんになっても私はずっとしぃちゃんといる。
シイノが自宅のベッドでLINEの画面を見詰める。マリコからのメッセージは入っていない。ベッドに寝そべり、煙草を吸う。
中学校の校舎裏。紙パックのジュースを手にする、シイノとマリコ。シイノは福引きで花火が当たったから一緒に花火をしようとマリコを誘う。福引きで6等しか当たったことがない。6等って何? ポケット・ティッシュ。それってハズレでしょ。マリコはシイノの隣に密着して座る。シィちゃんと同じ中学に入れて良かった。離れろ、暑い。
夕闇の迫る公園。シイノが1人ベンチに座って待っているが、マリコは姿を現わさない。諦めたシイノは花火の詰まった袋を手にすると自転車に跨がって立ち去る。
雑居ビルにあるハトムネ商事の営業部。窓際では部長が男性社員を叱り付けている。シイノは出社してタイムカードを切る。おいシイノ、昨日何してたっ! 何してたんだっ! シイノは直行しますと踵を返して職場を後にする。部長は叱っていた社員に溢す。アイツ、絶対聞こえてたよな。
シイノがマリコの部屋のあるマンションにやって来る。地面に置かれた紫色の花束だけが報道と現実とを結び合わせた。
シイノはマリコの部屋へ向かう。ドアは開かれていて管理人の姿があった。亡くなったマリコの友人です。部屋を見せもらってもいいですか? ご両親が全部持ってたから、もう何も残ってないですよ。亡骸はご実家でしょうか? 直葬って聞いてるけどね。…あ、産地チョクソウの直送じゃないよ。すぐ火葬するってこと。24時間以内は法律で無理だけどね。今頃は骨になってるんじゃないかな。友達がいるなら葬式出せば良かったのに。まあ、こっちに支払ってもたいたいけどね。この部屋も事故物件だし。…まあ、室内じゃなかっただけましか。
シイノが自分のデスクでPCに向かっていると、部長が隣に座る。昨日アポ飛ばしたんだぞ。自分のしたこと分かってるのか! 友達が死んで仕事どころじゃなかったんです。そういうの言い訳になんないから!
シイノが自販機の置かれた狭い休憩スペースで、喫煙しながらマリコとのLINEのやり取りを振り返っている。シイちゃんに似てる猫の写真。今度遊びに行くとき着る服の写真。いつも既読付くの、チャット並の速さだったのに…。今からでも私に出来ること無いの、何か。吸っていた煙草が床に落ちる。シイノは煙草を踏み付けると、飛び出して行く。
自宅に戻ったシイノは台所から包丁を取り出す。今度こそ私が助け出す! 待ってろ、マリコ
一緒に花火をするはずだったマリコの家にシイノが向かう。共用廊下まで物が溢れている。部屋からは父親(尾美としのり)の怒鳴り声とマリコを殴りつける音が聞こえてくる。シイノがドアをガンガン叩き、マリコの名を叫ぶ。静かになってマリコがドアを開ける。部屋中に物が散乱する部屋が覗く。シィちゃんごめん。今日無理になった。それだけ告げると、マリコはドアを閉めた。
あの頃マリコは毎分、毎秒良い子でいようと必死だった。
シイノはマリコの実家に向かう。マリコが花火の約束を守れなかったと寂しげな表情で現れた、あのドアの前に意を決したシイノが立った。

 

イノトモヨ(永野芽郁)が中華屋で1人ラーメンに向かっていると、中学時代からの無二の親友イカガワマリコ(奈緒)が飛び降り自殺を遂げたことをテレビのニュースで知る。父親(尾美としのり)から数々の虐待を受け、母親には父親を誘惑したと詰られて逃げられ、縋り付いた恋人には足蹴にされてきたマリコ。おばあちゃんになるまでシイノと一緒に暮らしたい、シイノに恋人が出来たら死ぬと言っていたマリコが、何の相談も無く突然この世から消えた。喪失と無力感に襲われたシイノだが、「マリコ」とともに海に行く約束を果たす腹を固める。自宅から包丁を取り出したシイノは、マリコの実家に向かう。出迎えた父親の再婚相手タムラキョウコ(吉田羊)に営業を装って部屋に入れさせると、父親の目の前でマリコの遺骨の入った桐箱を奪い取る。

(以下では、全篇の内容に触れる。)

シイノと骨になったマリコ――マイ・ブロークン・マリコ――との逃避行。
父親から凄惨な暴力を受け、父親を誘惑をしたと詰った母親に逃げられ、逃げ場の無いマリコは、唯一シイノを便りにしていた。マリコが虐待されている事実を知りながら何もできないシイノは、せめてマリコのずっと一緒にいて欲しいという願望は叶えてやりたいとの義務感に駆られる。
2人が歳を重ね、マリコが父親から逃れようと恋人を作っても、シイノは恋人を作らない。シイノに恋人が出来たら死ぬとの高校時代のマリコの言葉にシイノが縛られているためだ。
マリコは恋人からも虐待を受ける。シイノが必死に追い払った男の元をマリコが訪ねて怪我をさせられると、シイノはマリコを厳しく叱る。だがマリコはシイノに本気で叱られることを喜んでいる。
少女が男から襲われそうになっている場面に居合わせたシイノは咄嗟に、マリコの骨壺の入った桐箱で男を殴りつける。それは、マリコに対する関係で無力感に苛まれていたシイノが、現実に目の前の少女を救うことになっただけではない。あらゆる暴力を受忍してきたマリコに対し、反撃の機会を提供したに等しい。さらには、マリコの悲惨な境遇を我が事として引き受けて来たシイノが、マリコの呪縛から自らを解き放つ一撃ともなった。
骨壺が割れて、遺灰が宙に舞う。キラキラと輝く、捉えどころの無い、そして重力に逆らえない、マリコの遺灰はマリコそのものだとシイノは述懐する。
亡くなった人に会う方法は、生きて思い続けるしかない。海辺の町で窮地に陥っていたシイノに救いの手を差し伸べたマキオ(窪田正孝)の助言。