映画『アイ・アム まきもと』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本映画。
104分。
監督は、水田伸生。
原作は、ウベルト・パゾリーニ(Uberto Pasolini)の映画『おみおくりの作法(Still Life)』。
脚本は、倉持裕。
撮影は、中山光一。
照明は、宗賢次郎。
録音は、鶴巻仁。
美術は、磯見俊裕。
装飾は、柳澤武。
編集は、洲崎千恵子。
音楽は、平野義久。
街を見渡せる高台の墓地。牧本壮(阿部サダヲ)が自らの購入した墓所で日向ぼっこをしている。
葬儀場。キリスト教式の祭壇が組まれている。葬儀社の下林智之(でんでん)が賛美歌のCDを流す。前奏で歌い出す牧本。早い早い。下林が止めに入り、歌うタイミングを指示する。歌う牧本。会場に並ぶ椅子。牧本以外に参列者の姿は無い。
仏式の葬儀。やはり僧侶の他には牧本しかいない。牧本が焼香する。
火葬場で2人の職員が拾骨・骨上げを行っている。遺骨を収めた骨壺が桐箱に仕舞われ、白い風呂敷に包まれる。またしばらくそちらで保管するんですか? じゃあ、後はよろしくお願いします。桐箱を受け取らないまま牧本が出て行くのを、職員が慌てて止める。
庄内市役所。牧本が桐箱と遺影を持って福祉課に戻ってくる。デスクの並ぶ間を通り抜けるのを課長(篠井英介)が見ている。牧本は、自分のデスクだけ置かれたスペースへ。周囲の棚だけでなくデスクの下にまで桐箱が所狭しと並んでいる。席に着いた今持ち返った遺骨の遺族へ電話を入れる。庄内市役所福祉課みおくり係の牧本です。先ほどお父様の火葬を行いました。お気持ちが変わられましたらお引き取りに…。お支払い頂きたいのは、棺桶の費用が5万円、死亡証明書が…。電話を切られてしまう。ちょっといいですか? デスク脇の床に置かれた桐箱を見た清掃スタッフ(うらじぬの)が牧本に声をかける。仕舞って下さい。蹴飛ばしたらどうするんですか! 蹴飛ばしません。私がです! 気をつけて下さい。
牧本が下林とともに、家の外までゴミで溢れかえる民家に向かう。遺族が遺体を運び出したくないんだろう。ちょうど県警の神代亨(松下洸平)が他の警察官とともに家から出てきた。事件性はありません。後はお任せします。遺体を屋内に置いたまま神代が立ち去る。神代さん、頼みますよ。葬儀社の仕事じゃないでしょ! 訴え虚しく、下林は牧本と取り残される。牧本はメンソレータムを鼻の下に塗ると、ゴミを踏み越え家の中に入っていく。牧本さんすごいわ。下林も意を決して後を追う。
水田の中に立つ火葬場。皆様、合掌してお見送り下さい。職員の言葉で火葬が始まる。娘が姿を現わしたのに牧本が気付く。私は見届けに来ただけ。無縁仏になるんですか? 身寄りの方がいらっしゃらなければ。娘は身寄りです。ご面倒お掛けしますが、よろしくお願します。牧本を置いて、娘が立ち去る。
牧本が遺骨を持って市役所のおみおくり係のデスクに戻る。資料に処理済みの判を押す。ウェットティッシュで手を拭いた牧本は、引き出しからバナナを取り出し、遺影を前に食べ始める。
アパートの部屋の前。開けていない牛乳瓶が溜まっている。大家がドアを開ける。まだ匂いがきついんだけど。ここで俯せになっててね。玄関でお亡くなりになる方は多いんです。前の職場のときもこういうことがあってね。コロナだったって後から分かって。私も自宅待機になったの。牧本が引き出しを開けて、証明写真を見付ける。ガンバッタ。ガンバッタ。牧本が大家を見詰める。私じゃないわよ。オウムが言ってるの。隣の部屋にはオウムの入った籠があり、大家が世話をしているという。オウムがどうなるのかと尋ねる大家に、牧本が保健所に連絡すると伝える。何でこんな言葉を教えたのかしら。口癖を覚えたのかもしれません。そんな口癖ないでしょ。牧本は壁に貼ってあった幸せになれる5箇条の貼り紙を目にする。感謝を言葉にすることが挙げられていた。先ほどはドアを空けて頂いてありがとうございます。開けたときに言ってくれる。
庄内市役所福祉課おみおくり係の牧本壮(阿部サダヲ)は、孤独死した人の遺体を火葬すると、すぐに無縁仏として納骨するのではなく、遺族が心変わりして遺骨を引き取りに来る機会を作ろうと職場に遺骨を保管していた。のみならず、下林智之(でんでん)の葬儀社で、自費で葬儀を行っていた。県警の神代亨(松下洸平)からは事件性の無い遺体は早急に引き取るよういつも注意されるが、遺品を手掛かりに独自に遺族の調査を行う牧本はいつも引き取りが遅くなってしまう。ある日、自分の住むアパートの部屋の向かいにある部屋に住んでいた蕪木孝一郎(宇崎竜童)が亡くなった。牧本はいつものように遺品から葬儀に参列する身内を探そうとする。その最中、県庁から転出した新任の健康福祉局長(坪倉由幸)は、合理化の観点からおみおくり係の廃止を、課長(篠井英介)と牧本に言い渡す。
映画『おみおくりの作法』(2013)を日本を舞台にして制作した作品。
牧本の身に付けている服、そして仕事場や部屋はモノクロームで統一されている。それは死と葬送に従事する牧本の役割をイメージさせるとともに、機械式時計のように単調な生活を送る牧本の孤独を表わしている。部屋の窓辺に置かれた金魚鉢の金魚だけが赤い色を差すが、それは不器用に生きる彼の中にある情愛を象徴している。
「無縁仏」たちの資料をアルバムにスクラップするのは奇異な行為であるが、身寄りの無い自らを社会に結び付けようとする、彼なりの生きる知恵である。
ある出会いによって、牧本の生活は変化する。それは炊飯器とフライパンから直接食べるという食事の取り方を変えるだろう。そして、蕪木が生前にそうしたように、愛する者のために写真を撮ろうと決意する。彼の変化は無駄であろうか。
牧本の発する「ガンバッタ、ガンバッタ」という励ましの声を聞く者は、彼の他にいない。その声はおそらく、彼の周囲の空気を震わせるだけではないだろう。
孤独死と弔いを重要なテーマとした映画『川っぺりムコリッタ』(2021)と公開が重なった。両作品で重要なキャラクターを演じる満島ひかり、そして金魚が、2つの作品を繋いでいる。