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芸術鑑賞の備忘録

映画『青春弑恋』

映画『青春弑恋』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の台湾映画。
127分。
監督は、フー・ウェイティン(何蔚庭)。
脚本は、フー・ウェイティン(何蔚庭)とソン・カンシン(宋康欣)。
撮影は、ジャン=ルイ・ヴィアラール(強-路易·維亞拉/Jean-Louis Vialard)。
美術は、シャオ・レンジエ(蕭仁傑)。
衣装は、シャオ・ジエン(䔥知恩)
編集は、リー・フイ(李蕙)とフー・ウェイティン(何蔚庭)。
音楽は、チアー(Cheer)。
原題は、"青春弒戀"。

 

郭明亮(林柏宏)が自転車で街を抜けていく。
台所に立つ陳玉芳(李沐)が明亮の射るような眼差しに動揺して、グラスを床に落とし割ってしまう。明亮は何も言わず玉芳にぶつかりながらカップを取って飲み物を入れると部屋に戻る。玉芳はガラスの破片を片付ける。
張東陵(林哲熹)が港に降り立つ。東陵は叔父(童毅軍)の理髪店に顔を出す。椅子に坐って眠る叔父。客だぞ。目を覚まし慌てる叔父。いらっしゃい。すぐに甥に揶揄われたことに気づく。脅かすなよ、殺す気か? 疲れてるの? 近所の女にちょっかいでも出した?
茶店。1番の方。玉芳がカウンターでサンドイッチのセットを客に渡す。そこへ東陵が叔父とともに入ってくる。東陵はカウンターで玉芳にBセットを2つ頼む。サンドイッチを食べながら叔父が東陵に尋ねる。本当に腹をくくったのか? 遊びはもういいよ。雇えないぞ。違うさ、店を持ちたいんだ。東陵はカウンターを振り返って接客する玉芳を見る。カウンターの美人ちゃんはどうだ? 新入りだよ。叔父がにやけると東陵も笑う。
【玉芳】
夜、玉芳はバスに揺られて家に向かう。ヘッドフォンからはショパンノクターン第2番が流れる。バスを降りると、車で父親の陳宏輝(洪勝德)が秘書で再婚相手のマンディ(張東晴)とキスしているのが目に入った。父親を降ろした車が走り去る。父親は娘に気づく。明日は大切な日ね。緊張してるよ。喫茶店の仕事は慣れたか? うまく行ってるわ。
東陵は叔父のベッドの脇に布団を敷いて横になっているが、叔父の鼾がうるさくて眠れない。窓を開け、煙草を吸う。向かいの建物ではマッサージが行われているのが窓越しにぼんやりと見えた。
陳議員の結婚披露宴。東陵が叔父とともに参加した。陳議員、覚えてるか? 店の面倒を見てくれてるのが陳さんだ。再婚だよ。新婦は秘書なんだ。東陵は新郎新婦の傍にいる玉芳が気になって仕方がない。福引きの最中に席を立った玉芳を東陵が追う。バイクに腰掛けていた玉芳に東陵が声を掛ける。ごめんなさい、あなたのバイクでした? 違います。大丈夫ですか? 酔っ払うべきじゃないの。すごく幸せで。僕のことが分からないでしょ? 昨日あなたの働いているカフェでも僕のこと気づかなかった。あなたはよくご存じみたいね。薔薇を贈ったことがあります。金髪の皿洗いの人? やっと思い出してくれた。シャツを着て髪を黒く染めて見違えたわ。あなたの衣装はよく似合ってる。ありがとう。褒めてくれるのはあなたぐらいのものよ。みんな新婦とお腹の子供に目が向いているから。みんな盲目ですね。私たち、何年ぶりかしら? 5年…6年ぶりね。本当に船に乗っていたの? 船で料理人をね。でも陸に上がるつもりなんだ。あなたは本当にやり遂げてシェフになったのね。私なんか作れるのはサンドイッチくらいよ。しってるよ、昨日食べたから。玉芳のスマートフォンが鳴る。行かなきゃ。車で送るよ。大丈夫。1人で歩いてちょっと外の空気を吸いたいの。ありがとう。さようなら。次に喫茶店に来たらご馳走するわ。いいね。
玉芳がバスに揺られている。
厨房で東陵が鍋を振って炒飯を作っている。夜、店番頼めない? 母親(黃婕菲)が娘の綺綺(姚愛寗)に尋ねる。空いてない。ビリー(葛丞)の家で勉強だもん。明日試験だし。毎度娘に店番を頼むんじゃない。父親(廖欽亮)が母親に言う。娘が店番しないなら私が出前に出たら店を閉めるの? フードパンダに加入しろと言ったろ、お前が必要ないって。あなたとは話したくないわ。とにかく娘に夜、店番させたくない。勉強しなきゃならないんだ。いつも娘に気にかけないくせに今日に限って勉強が気になるわけ。見かねた東陵が残業して出前に行くと申し出る。
東陵が出前に行く。明亮が釣りはいらないと品物を受け取るとすぐにドアを閉める。
なぜこの古いテーブルを取っておくの? 買い揃えた家具は寒色系でしょう。それなのに暖色系の古い家具はちぐはぐじゃない。大した問題じゃないだろう。快適に生活できればいい。その家具がそんなに重要なのか? 居間で父親と母親が言い争っているのを部屋で聞いていた玉芳が台所に向かう。今日は随分と早かったんだな。体調が優れなくて。明日の午後引っ越し業者が来るからな。私は1日中選挙活動で忙しい。分かってる。月末には引き渡しだ。住まいは見つかったか? 探してやろうか? 大丈夫よ。気にしないで。マンディと私は宜蘭が好きなんだ。母さんは故郷に戻ることを応援してくれている。一緒に来ないか? 私はここで育ったし、ここは私の家なの。電子レンジの終了音が鳴る。最近、明亮と顔を合わせたか? いいえ。戻ってこないようなら連絡してくれないか。何かあれば私は彼の父親に申し開きができない。私は彼のこと、よく知らないの。玉芳が暖めた料理を手に部屋に戻る。マンディは黙ってラップトップで作業を続けている。
居間で古いテーブルを前に玉芳が坐っている。子供の頃に貼ったシールをいじっている。お嬢さん、テーブルを動かしますよ。引っ越し業者に声をかけられる。ほとんどの家具が運び出され、ガランとした家に取り残される玉芳。自分の部屋ではなく、明亮の部屋のドアを開ける。
茶店。カウンターでメモを書いた東陵が女性店員に託す。
玉芳が明亮の部屋の様子を眺める。戸棚を開くとダッチワイフが落ちて来て思わず悲鳴を上げる。すぐにダッチワイフをしまって扉を閉める。
玉芳が暗い自室で1人ベッドに横になっている。スマートフォンが鳴る。君の作るサンドイッチが食べたいと東陵が残した手書きのメモの写真が送られてきた。
玉芳がバスを降りる。東陵が薔薇を手に彼女を待っていた。2人が並んで歩く。すごく古風よね、一体いくつなの、紙のメモって。古くさいのは嫌い? 私も古くさいところがあるわ。と言うと? 手紙とか日記とか物語とか手書きが好き。船には乗らないの? もう乗りたくないんだ。あちこち行けるのって楽しそうだけど。ずっと船に乗っていて、寂しくなって、家族を持ちたいって思ったんだ。玉芳がカバンからチラシを取り出す。3年前に入団したの。女優さんだとは知らなかった。あなたが知らないことが沢山あるのよ。それじゃ、行くね。玉芳が立ち去る。東陵がチラシを眺める。「かもめ」。玉芳が主演だった。

 

陳玉芳(李沐)は喫茶店で働きながら舞台に立つ新進女優。政治家である父親・陳宏輝(洪勝德)は秘書のマンディ(張東晴)と再婚し、宜蘭に引っ越すことになった。玉芳は台北に留まることにしたが、退去期限が迫る生まれ育った建物を離れることができないでいた。チェーホフの『かもめ』で共演するモニカ(陳庭妮)がカメラマンのデイヴィッド(黃尚禾)と破局して住まいも失ったのを心配し、救いの手を差し伸べる。
料理人の張東陵(林哲熹)は叔父(童毅軍)に育てられた。数年間船上で料理人としての経験を積むとともに金を貯めた後、船を下りて自分の店を持つことにした。幼い自分が持つことのできなかった家庭を築きたいのだ。かつて思いを寄せていた玉芳に偶然再会した東陵は彼女に積極的にアプローチする。
大学生の郭明亮(林柏宏)は、成功した実業家である父親(湯志偉)が多忙で不在がちな上、母親がアルコール中毒であるため、父の友人である陳宏輝の家に居候している。ネットで視聴したポルノに出演していたお気に入りのミッシーに街で遭遇した明亮は、彼女の跡をつけて住まいを確認した。
高校生の綺綺(姚愛寗)はコスプレをして同級生のビリー(葛丞)に撮影させ、彼が自分の魅力に翻弄されるのを見て喜びを感じている。実家の料理店に時々やって来る明亮が好みのタイプで、彼を誘惑することにした。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

孤独や満たされなさを感じる、玉芳、東陵、モニカ、明亮、綺綺の5人の若者の人生が交錯していく。彼/彼女らの青春は、雨に見舞われることも多い、鈍色の世界として描かれる。地味な世界だからこそ、その中で得られた喜びはなおさら輝いて映る。
玉芳は愛する人に去られる苦い経験を重ねている。愛情を注ぐ人が自分の前から去ってしまうことを常に恐れている。『かもめ』で玉芳が演じるニーナのセリフ――忍耐力が何より大事で、十字架を背負う術を知り、ただ信じる――は、人生を怖がらないために自らに言い聞かせる言葉でもあろう。
明亮は「目」である。彼と欲望の対象との間には常に距離がある。彼の身に付けるヘッドギアは、現実からの乖離を象徴する(だからこそ、彼に例外的に接触をもたらすマッサージ嬢(丁寧)は、現実を繋ぐ命綱となる)。他方、モニカを始め、明亮の眼差しが向けられる相手は、常に他者の眼に晒されている環境で生きていることが示される。
丁寧や姚愛寗に年齢は関係がない。恐るべし。
李沐を見て福地桃子を想起したのは私だけではあるまい。