可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ボーはおそれている』

映画『ボーはおそれている』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ映画。
179分。
監督・原案・脚本は、アリ・アスター(Ari Aster)。
撮影は、パベウ・ポゴジェルスキ(Pawel Pogorzelski)。
美術は、フィオナ・クロンビー(Fiona Crombie)。
衣装は、アリス・バビッジ(Alice Babidge)。
編集は、ルシアン・ジョンストン(Lucian Johnston)。
音楽は、ボビー・クルリック(Bobby Krlic)。
原題は、"Beau Is Afraid"。

 

女性の喚く声と男性が何かを説明するくぐもった声が聞こえる。暗闇の中、何度か発火が生じた。どこかを通り抜けようで闇から白んだ世界へ移る。頭を打った。打ってません。摑んだだけです。床にぶつかったでしょ。いいえ。落としたんでしょ。元気です。じゃあ何故泣き声をあげないの? すぐに泣きますよ。どこへ連れてくの? 問題あるの? なぜ息をしてないわけ? 殺しちゃったの? 母親と男性とのやり取りの間も次々とスタッフによる医療措置が赤ん坊に講じられていく。お尻が叩かれると、赤ん坊が大きな泣き声をあげた。
ボー・ワッサーマン(Joaquin Phoenix)がセラピスト(Stephen McKinley Henderson)を訪ねる。スマートフォンをローテーブルに置いてカウチに腰をかけると、セラピストが向かいに坐る。しばし沈黙が続く。金曜の夜、うっかりうがい薬を飲んでしまいました。胃癌になどなりはせんよ、1度くらいじゃあね。数週間前にも一口飲んでしまいました。大丈夫だ。スマートフォンに母親からの着信がある。ボーは電話に出ない。明日、母を訪ねます。知っているよ。お父様の記念日だね。父の命日です。それについて思うことはあるかな? ご存じでしょうが、父には会ったことがないのです。私はね、帰省についてどう思うか尋ねたかったんだ。母親から音声メッセージが届く。またあの夢を見ました。ボーの脳裡に少年時代に母親と争う夢が想起される。旅についてはどう思う? 帰省はいいですよ。久方ぶりです。そうかね? 数カ月。罪悪感は感じるかな? ボーが黙るとセラピストはノートに「罪悪感」と書き付ける。出かける際に計画を立てるかな? 何か成果を期待するかね? どのようなものです? 喉が渇いて井戸で水を飲んで気分が悪くなったら、同じ井戸に再び向かうかね? 母親の死を望んだことはないかね? 何ですって? もちろん望みません。そうなら気違いじみた状況にはないね。時に望みたいこともあれば望みたくないこともある。2つの感情は共存可能なんだ。そういった考えを伝えるためにここにいるんだ。
セラピストはボーに新薬を処方するから必ず水と服用するように、そして何か問題があればすぐに連絡するように言い渡し、処方箋を渡す。
帰り道、薬を受け取ったボーは早速薬を服用し、母親の音声メッセージを聞いた。明日会えるのを楽しみにしているという内容だった。雑貨を扱う露天商から小さな白い陶器の製母子像を買おうとすると、近くで騒ぎが起きていた。ビルの屋上に男の小さな影がある。あの男は何をしようとしてるんです? 飛んでもらおうとしてんの。若者はスマートフォンをビルの屋上に向けながら嬉々として言った。
夜。ボーのアパルトマンの傍は音楽に合わせて踊る者、諍いをしている者、得体の知れない連中が好き勝手に過している。ボーは猛スピードで通りを駆けると、前進タトゥーの男に入り込まれる前に何とか共用玄関を潜り抜けてドアを閉めることができた。
落書きだかけの通路をエレベーターへ。エレベーターの扉は故障している。廊下では配管工が水道の補修を行っていた。ボーの部屋のドアには毒グモに対する注意喚起のチラシが貼られている。部屋に入るとすぐに冷蔵庫から出来合いの食事を取り出してレンジで温める。父親の写真に挨拶し、すぐに食事をとる。ベッドに坐りテレビを見ると、バースデーボーイという通り魔が徘徊しているというニュースが流れた。ボーは露天商から入手した製母子像の裏に母親へのメッセージを書き付ける。書き終える寸前にマジックのインクが切れてしまい、抽斗を開ける。写真が目に留まった。水着姿のエレーヌ(Julia Antonelli)が腰に手を当てて微笑んでいる。
灯りを消して眠りに就く。通りの喧噪は止まない。深夜1時を廻って目が覚める。ドアに手書きのメモが挿し込まれるのに気が付いた。手に取ると、音楽の音量を下げてくれないかとあった。ボーはステレオはおろかテレビも含め音の出る機器は一切使用していなかった。覗き穴から外を窺うが誰の姿もない。3時前になって再びメッセージがドアに差し入れられた。貴重な睡眠が奪われているとあった。ドアを開けて誰かいないか確認するが誰の姿もない。3時を過ぎ、更なるメッセージがドアの隙間から室内に滑り込んできた。音量を下げろと言ったら上げるのか! 突然ダンスミュージックが大音量でかかり始める。耳を塞いだまま寝ていると、いつの間にか明るくなっていた。目覚ましの音も気付かずに、既に昼間の3時を廻っていた。ボーは思わず叫び声を上げる。帰省する便は夕方5時25分なのだ。ボーは慌てて歯を磨き身支度を整える。一旦スーツケースを用意してドアへ出たところでデンタルフロスを忘れて洗面所に戻る。その際、スーツケースと鍵をそのままにしておいたところ、再びドアに到着した際には、両方とも忽然と姿を消していた。

 

ボー・ワッサーマン(Joaquin Phoenix)はセラピスト(Stephen McKinley Henderson)を尋ね、父親の命日に母モナ・ワッサーマン(Patti LuPone)の自宅を訪ねることを告げる。新薬を処方されたボーは早速服用し、母親への手土産として陶器の聖母子像を用意する。お門違いの苦情に悩まされ、騒音に耳を塞いで眠っていて寝坊してしまう。慌てて出発しようとするが、忘れ物を取りに戻った僅かな隙に鍵やスーツケースを失い、予定していた飛行機に乗ることができなくなってしまう。薬を服用しようとして水がなく、水を買いに行けば見知らぬ者たちに部屋を荒らされる。風呂で一息吐いたところ見知らぬ男(Peter Seaborne)に侵入され、慌てて通りに助けを求めに行くと、ニュースになっていた通り魔(Bradley Fisher)と勘違いされて警察官(Michael Esper)から銃を向けられる。逃げ出したボーは車に撥ねられてしまう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ボーは父親の命日に母親を訪れることにするが、そのプレッシャーにより精神状態を悪化させ、妄想に取り憑かれる。その結果、やらなくてはならないことができなくなり、そのしくじりがボーをさらに追い詰める。ボーに降りかかる災難は妄想なのか現実なのか、その区別は判然としない。いずれによせボーにとっての苦しみであることに違いは無い。無理矢理ジェットコースターに乗せられたように、ボーを次々と襲うアクシデントを、観客はともに体験させられることになる。
母親に父親について尋ねることは禁忌とされるが、ボーは別の人格に母親に尋ねさせる。その夢をボーは繰り返し見る。
少年時代に知り合ったエレーヌとの約束。真面目過ぎるボーは彼女との再開を待ち侘びている。それが彼が独身である理由である。横光利一「蝿」に登場する御者を想起させる。
森のコミュニティーで演じられる舞台は、人々の集合的記憶か。
ボーはボートで死の島に向かう。