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芸術鑑賞の備忘録

映画『緑の夜』

映画『緑の夜』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の中国映画。
92分。
監督は、ハン・シュアイ(韩帅/Shuai Han)。
脚本は、ハン・シュアイ(韩帅/Shuai Han)とレイ・シェン(雷声/Sheng Lei)。
撮影は、マティアス・デルボー(Matthias Delvaux)とキム・ヒョンソク(김현석)。
編集は、トム・リン(林湯)。
原題は、"绿夜"。英語題は、"Green Night"。

 

2021年12月22日。仁川旅客船ターミナル。煙台行きの乗船手続き開始のアナウンスが流れる。保安検査場ではジン・シャ(范冰冰)が検査に当たっていた。彼女の額には肌色の絆創膏が貼ってある。緑色の髪の女性(이주영)に金属探知機を当てると、足元で警報が鳴った。ジン・シャは彼女に靴を脱ぐように促す。屈んだ彼女がジン・シャの肩に掴まった際、彼女の胸の谷間に緑色の花火の刺青が覗いた。彼女はジン・シャの耳元で「バン」と囁く。ジン・シャは彼女の靴に問題があると次長に報告するが、靴に付属した金属が反応しているだけで問題はないと言う。彼女が協力的でないと食い下がるが、彼女は毎月空港を利用している買い付け業者だと取り合ってもらえない。待たされていた緑の髪の女は靴無しで行けっていうのと台詞を吐くと、裸足のまま保安検査場を立ち去ってしまった。ジン・シャは君こそおかしいと次長に指摘される。
仕事を終えたジン・シャが空港を出る。絆創膏を剥がした額には傷跡がはっきりと見える。バスがちょうど停留所にやって来たので慌てて走るが、バスは停まらず走り去ってしまった。時刻表を見ると、次の便までは間隔があった。夫から電話が入るが無視し、アプリを利用してタクシーを呼ぶ。ジン・シャは肩を叩かれる。緑色の髪の女だった。何の用? 中国人でしょ? ジン・シャが立ち去る。危ない! 猛スピードで走り抜ける車にジン・シャはクラクションを鳴らされる。クソ野郎。韓国語だね。私、中国語も少し分かる。何なの? アナタハ私ノ靴ニ責任ガアル。あ、タクシー。ジン・シャがアプリで呼んだタクシーに緑の髪の女が先に乗り込むと、ジン・シャに乗るよう手招きした。
ジン・シャの住む人気の無い団地。ジン・シャは部屋の暗証番号を入力する。部屋番号と一緒って不用心じゃない? ジン・シャがドアを開けると緑の髪の女が部屋にずかずかと入って行く。食べ物ないかな? 冷蔵庫を勝手に開けるがほぼ空だった。棚の缶詰を手に取って見る。菓子の缶を開けるとカード類がぎっしり入っていた。壁には韓国の地図が貼ってある。写真立てには海岸に立つ母親と少女の写真があった。コレハアナタノ母親デスカ? 勝手に触らないで。ジン・シャは白いスニーカーを出す。すぐに履こうとする緑の髪の女に足を洗うように言って浴室に行かせる。ジン・シャは勝手に取り出された写真を仕舞っていると、水が出ないと言われた。
ジンシャが建物を出る。ここは夜凄く寒いわとスーツの男に訴える住人の女性がいた。仕方ないだろ、家賃がめちゃくちゃ安いんだ。もっと狭い部屋に移りゃいいだろ。ジン・シャが男に尋ねる。何で水と電気を停めたの? 退去するんじゃなかったのか? しないわ。誰に言われたの? あんたの旦那が今朝やって来てあんたと引っ越すって。それは違うわ。すぐに元通りにしてもらえる? 分かんないな。何で旦那と暮らさない? ソウルで生活できるだろ。あなたには関係ないでしょ。俺にキレるなよ。3500万払えないなら旦那と縁は切れないぜ。
ジン・シャが部屋に戻る途中、夫から電話が入るが、再び無視する。部屋のドアは僅かに開いていた。部屋に入ると、緑の髪の女の姿が無い。ベッドの下に置いてあった彼女のリュックサックを取り出して開けると、錠剤が入ったプラスティックのパッケージが複数出てきた。個包装の錠剤を取り出して確認する。薬物に動揺したジン・シャは次長に連絡する。

 

2021年12月22日。仁川旅客船ターミナルの保安検査場で乗客の検査に当たっていたジン・シャ(范冰冰)は、金属探知機が警報音を発したため、緑色の髪の女(이주영)に靴を脱がせた。彼女の胸元の花火の刺青に目を奪われると、バン、と緑色の髪の女がジン・シャの耳元で囁く。ジン・シャは彼女の靴に問題があると報告するが、次長は取り合わない。緑色の髪の女性は、乗船を諦めて裸足のまま立ち去ってしまう。仕事を終えたジンシャがバスを逃してタクシー待ちをしていると、緑色の髪の女に肩を叩かれる。靴をどうにかして欲しいと言う彼女は断わりもなくジン・シャに付いて来る。ジン・シャの部屋は極めて質素だった。ジン・シャは失踪した母親を探しに中国から韓国に渡り、滞在許可を得るために現在の夫と結婚したが、激しい暴力を振る舞われ、夫の暮らすソウルから離れインチョンで一人暮らしをしていたのだ。ジン・シャは緑色の髪の女に白いスニーカーを与え、履かせる前に足を洗わせようとするが水が出ない。管理人に確認すると、夫が来て同居するから引っ越すと告げていったという。ジン・シャは緑色の髪の女が部屋を出て行った隙に鞄の中身を確認し、薬物を発見する。彼女は運び屋だった。保安検査の次長に連絡すると、次長は緑色の髪の女を使っているポニーテールの男とともにジン・シャの団地に姿を現わした。身の危険を察したジン・シャは、緑色の髪の女に薬物を捌かせた上がりから永住権を買う費用を提供させることを条件に、ともにバイクでソウルに向かう。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ジン・シャは韓国で失踪した母親を探すために、韓国人の夫と結婚した。だが夫は彼女に暴力を振うため、ジン・シャは夫の住むソウルから離れ、インチョンで一人暮らしをしている。
緑色の髪の女は、ソウルの華僑の男に運び屋をさせられている。緑色の髪の女は紫色のジャケットを纏い、映画『ジョーカー(Joker)』(2019)を連想させるヴィジュアルが採用されている。ジョーカーを見た者たちがジョーカーの扮装を真似て自らもジョーカーであると訴えたように、緑色の髪の女に接触したジン・シャは彼女に近付いてくことになる。
ジン・シャが一目で緑色の髪の女に惹き付けられたことは、彼女の視線に同化したカメラワークで示される。ジン・シャは彼女の胸の谷間の花火のタトゥーに目を奪われるのだ。緑色の髪の女は、ジン・シャの耳元で花火が炸裂する音を立てる。彼女はジン・シャの気持ちを見抜いていたことが示される。映画『キャロル(Carol)』(2015)に通じる、鮮やかな導入だ。
一番の主題は、ジン・シャと緑色の髪の女とが男からの暴力による支配からの解放である。暴力に抵抗すると、男達は赦すと口にする。男により女の罪は贖われる。だが女たちはそもそも自分たちの罪ではないものを被らされているのであり、赦すなどお門違いも甚だしいのだ。
クリスマス、教会の賛美歌、足を洗うなど、キリスト教に関するモティーフが重ねられていく。それは、キリスト教の根幹に、男性支配、キリストによる原罪の贖いがあるからであろう。
"Green Night"は"Green Knight"に通じるが、ジン・シャと緑色の髪の女は、ガウェインと緑の騎士に擬えられるのだろうか。