可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『人生は、美しい』

映画『人生は、美しい』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
123分。
監督は、チェ・グクヒ(최국희)。
脚本は、ペ・セヨン(배세영)。
撮影は、バク・ユンスク(백윤석)。
美術は、ソン・ミンジョン(손민정)。
編集は、ヤン・ジンモ(양진모)。
音楽は、キム・ジュンソク(김준석)。
原題は、"인생은 아름다워"。

 

オ・セヨン(염정아)が歩道を走る。運転手さん! バス停から発車しようとしていたバスを呼び止める。ドアが開き、セヨンが乗り込む。後方の乗降扉の上に設置されている鏡で髪を直していたセヨンの近くには、座席に坐った若い女性が手鏡で口紅を塗っていた。バスが急ブレーキで止まる。セヨンは化粧する女性に口紅を貸してくれるよう頼む。手の甲に塗るから。食い下がるセヨンに、やむを得ず女性が口紅を渡す。手の甲に口紅を引くと、指で擦って、唇、頬、瞼に塗った。セヨンのスマートフォンの着信音が鳴る。病院の待合室で痺れを切らした夫カン・ジンボン(류승룡)からだった。どこにいるんだ! もう着くわ。鐘路3街だから…。どうした? 125系統に乗ったはずなのに、なんで152系統のバスなの? おいっ! ごめんなさい、すぐに行くわ。タクシーに乗れ、バスには乗るな。セヨンはバスを降りると降りると、案内板でバス路線を確認する。一日中待ってる訳には行かないぞ。重篤じゃないのに何で俺を呼んだんだ。内視鏡検査の説明には家族を同席させろって医者が言ったのよ。医者がそういうなら何でお前がさっさと来ないんだ! まあ! 何だ? どうした? セヨンは通りの向かいの建物に目を奪われ、ふらふらと横断歩道を渡る。私がどこにいるか分かる? 鐘路3街じゃないのか? 何が見えると思う? 見える見えないはどうでもいい、さっさとタクシーに乗れ! ソウル劇場よ。昔はよくここで映画を見たじゃない。すっかり変わってしまったわね。セヨンはジンボンと付き合い始めた頃、早朝割引を理由にして映画館デートをした日々をありありと思い浮かべる。
ぼんやりと思い出に浸っていたセヨンは通行人にぶつかられ我に返る。
病院の待合室では、オ・セヨンの名前が呼ばれる。妻が姿を現わさず電話にも出ないのでやむを得ずジンボンは1人で検査結果を聞きに行く。医師にCT画像を示され、非小細胞性肺癌で、既に末期だと告げられる。予後は不良です、長くて2ヵ月です。…2ヵ月。10月、11月…。11月は息子の大学入試だ。
ジンボンが肩を落として正面玄関に向かうと、セヨンが駆け寄ってきた。途中、セヨンはスタッフの台車とぶつかってしまう。セヨンが台車から散乱したものを拾っている間にジンボンは妻を置いてさっさと歩き出す。
食堂。ジンボンが黙々と食事をとっている。向かいの席にはセヨンが坐る。たまには麺類にしたら? ご飯ばかりで飽きないの? まだ怒ってるの? 謝ったでしょ。間違った道を教えられちゃったのよ。タクシー乗れよっ! 大声を張り上げるジンボン。セヨンが周囲の客に謝る。お医者さんは何て? 内視鏡検査は必要ないって? ミンジョンのお母さんがね、背中の痛みは逆流性食道炎かもって。それに近頃はPM2.5のせいで誰でも咳き込むものね。空気清浄機を買った方がいいかしら? 肺癌なんだ。煙草吸うのか? 米を食べろと言ったよな。医者に診てもらえって、ずっと言ったろ! 全く聴く耳を持たなかった! 本当なの? 談話言わないでよ。俺は仕事に戻らなきゃならない。お前は食べてから出ろ。ジンボンがセヨンを置いて店を出る。
セヨンは1人病院に行き、薬を受け取る。病院を出ると空を雨雲が覆い、雷鳴が轟いた。

 

ソウル。オ・セヨン(염정아)は、病院に向かおうと慌ててバスに乗り込んだ。最近ひどい咳が出るので病院で検査を受け、その結果について、夫のカン・ジンボン(류승룡)とともに医師の説明を受けることになっていた。妻の到着が遅いのに苛立った夫から電話を受けてセヨンは違う系統のバスに乗り込んだことに気が付く。最寄りのバス停でバスを降りたセヨンは、ソウル劇場の前にいた。夫と知り合った頃に映画館デートを重ねた場所だった。セヨンが病院に到着すると、ジンボンは既に1人で医師からの説明を受けていた。食堂で昼食をとりながら不機嫌な夫から告げられたのは、セヨンが末期の非小細胞性肺癌であること。余命2ヵ月。ジンボンはセヨンを置いて、福祉事務所の仕事に向かった。セヨンは1人病院に向かい、渡された抗癌剤に現実を突き付けられる。セヨンが中学校に娘のイェジン(김다인)を迎えに行くと、職員室で担任(류현경)から叱られていた。電子タバコが理由と気が付きセヨンは激昂する。娘とともに帰宅したセヨンは夕食を用意して、一部をパックに詰めてバス停に向かう。高校生の息子ソジン(하현상)に弁当を持たせて塾に送り届けるが、息子はセヨンに何も受け答えしようとしない。福祉事務所でジンボンは老人(전무송)から米を投げつけられる。老人が3ヵ月も死亡届を出さずに年金を不正に受給している疑いを指摘したジンボンは老人に逆恨みされたらしかった。ジンボンは上司(고창석)と飲んで時の過ぎゆく速さに思いを馳せる。余命宣告を受けたセヨンは変わらず甲斐甲斐しく家事をして家族を支えるが、子どもたちはろくに返答もしない。子どもたちに病気の件は黙っておけと言う夫からは気遣う言葉の1つもない。貴重な残された日々を家政婦として過す訳には行かないと、セヨンは、離婚するか初恋の先輩に会いに行くのに協力するかの選択をジンボンに迫る。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

癌で余命宣告を受けたオ・セヨンは、夫のカン・ジンボンとともに、初恋の先輩を探す旅に出る。故郷に向かう途中のドンタン、故郷モッポ、先輩の父親の消息を尋ねてプサンへと、2人は足を伸ばすことになる。行く先々で、2人の記憶にあるのとは異なった景観が広がっている。だが断片的に残された風景や土地の空気が、2人に往事をまざまざと蘇らせる。その感慨がミュージカルで表現される。ロサンゼルス(LA)を舞台にした恋愛ミュージカル映画ラ・ラ・ランド(La La Land)』(2016)の向こうを張って、『韓・韓・半島(한・한・반도)』とも言うべき作品。
学生時代、デモに参加していたジンボンは、警官隊に追われる中、書店に詩集を求めてに来ていたセヨンと偶然に出会う。ジンボンは映画館の早朝割引上映でデートを重ねる。最難関の国家公務員試験(5級公試)に落ち続けた後、兵役に就いたジンボン。ジンボンの除隊を待って2人は結婚した。だが月日が経ち、なくてはならないが存在がいつしかあって当然の存在となり、2人の関係は冷え切っていた。