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芸術鑑賞の備忘録

映画『サンドラの小さな家』

映画『サンドラの小さな家』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアイルランド・イギリス合作映画。97分。
監督は、フィリダ・ロイド(Phyllida Lloyd)。
原案は、クレア・ダン(Clare Dunne)。
脚本は、クレア・ダン(Clare Dunne)とマルコム・キャンベル(Malcolm Campbell)。
撮影は、トム・コマーフォード(Tom Comerford)。
編集は、レベッカ・ロイド(Rebecca Lloyd)。
原題は、"Herself"。

 

エマ(Ruby Rose O'Hara)とモリー(Molly McCann)が母親のサンドラ(Clare Dunne)に口紅を塗っている。アイシャドウを塗ろうとして、モリーが尋ねる。どうして目の周りに痣があるの? 生まれつきよ。神様が印を付けてくれたの。だってサンドラってたくさんいて区別できないでしょ。3人はダイニングキッチンで、1、2、3、ドリンク、1、2、3、ドリンク、とシーアの「シャンデリア」を歌いながら、楽しく踊っている。突然、音楽が途切れる。帰宅したゲリー(Ian Lloyd Anderson)がプレイヤーの電源を切ったのだ。娘たちが一緒に遊ぼうと父親に駆け寄るが、ゲリーは娘たちに外で遊んできなと言い渡す。外は寒いじゃない。コートを着りゃいいだろ。パパはママに話があるんだ。夫に不穏なものを察知したサンドラは娘たちを外に出す。サンドラはエマに「ブラックウィドウ」と囁く。本気なの? 頷くサンドラ。非常事態に備え二人の間で予め決めてあった暗号だった。モリーが子供用の小屋に潜り込み、エマは箱を手にすると全速力で駆け出す。何だこの金は。お前は俺から逃げ出そうってのか。激昂したゲリーは、サンドラの言い分を聞くこともなく殴りつける。床に倒れ込んだサンドラは、這って逃げようとする。ゲリーは扉に向かって伸ばされたサンドラの左手を思い切り踏みつける。エマは空き地を横切り、道路を疾走し、最寄りの商店に飛び込む。カウンターに着くやいなや叫ぶ。警察呼んで! ママが大変! 箱を開いて蓋の裏に貼っておいたメッセージを店員に見せる。
3人はゲリーの家を離れ、当面、市に宛がわれたホテルの一室で暮らすことになった。エマを学校に送り、モリーを託児所に預け、自らはペギー(Harriet Walter)の家に向かい、清掃作業を始める。寝室からペギー怨嗟の叫び声がする。ペギーはパンツを穿くのに難儀していた。サンドラが手伝う。昨日来たのは介助スタッフの代理で、早くに寝かしつけようとしたのよ。部屋から出るのを手伝って。日が暮れちゃう。サンドラが立ち上がり補助手摺りを差し出す。私が腰を痛めたのはね、スーパーで転んだのとは訳が違う。アフリカの戦地で医療活動に従事していたからなのよ。サンドラは市の児童家庭福祉担当のジョー(Cathy Belton)のもとを訪れた。転居や家賃補助などの相談や申請のためだった。学校まで車で30分もかかるのどうにかならない? それはどうにもならないけれど、公営住宅でいい物件が空いたから当たってみて。書類にサインする暇もなく、サンドラは午後の仕事場であるパブへ。若いのが便所を汚しやがってな、そっちもな。オーナー(Art Kearns)がサンドラに言い放つ。今日は早く上がっていいっていう話じゃなかったですか? 仕事が終わったらの話だ。たまには言い返してやんなよ。同僚のエイミー(Ericka Roe)が、サンドラに声をかける。それより、住むところはどうしてるの? 仲間と不法占拠って感じ。仕事を終えて滞在先のホテルに戻ると、ロビーでスタッフ(Donking Rongavilla)に呼び止められる。ロビーは使わないで頂けますか? 他のお客様がいらっしゃいますから。サンドラはエレベーターを使わせてもらえず、非常階段で自室へと向かう。週末は、ゲリーの実家へエマとモリーを連れていく。ゲリーには娘たちとの面会権があるのだ。エマとモリーを迎えたゲリーはサンドラを批難する。こんなのおかしいだろ。一緒に住みゃいいんだ。唖然とするサンドラ。義父のマイコー(Lorcan Cranitch)がやって来て、これ以上の恥曝しをするな、喧嘩は家の中でやれと二人に向かって言い放つ。義母のティナ(Tina Kellegher)は気まずそうな表情で孫娘を家の中へ招き入れる。ジョーに紹介された公営住宅には入居希望者が殺到し、サンドラも行列に並びはしたものの、内見すらできないまま借り手が決まってしまった。夜、寝ようとしているサンドラにエマが物語を語って聞かせるという。王様からマントの大きさの土地を手に入れる女性の物語だった。サンドラはエマの語りを聞き、娘たちのブロックでできた家を見ているうちに、セルフビルドのアイデアを思いつく。

 

夫ゲリー(Ian Lloyd Anderson)の暴力に耐えられなくなったサンドラ(Clare Dunne)が幼い娘のエマ(Ruby Rose O'Hara)とモリー(Molly McCann)とを連れて家を出るが、子育てをしながらできる清掃の仕事だけでは、自分たちの住居を手に入れることが難しかった。エマが語ってくれた物語をきっかけに、サンドラは自ら家を建てるというアイデアを思いつき、その実現のために行動を始める。
サンドラが娘たちとともに暴力を振るう夫から逃れようとするが、食べさせたり、風呂に入れたり、寝かしつけたり、学校に通わせたりなどといった子育てをしながら、短時間の仕事をするだけでは、貧困から抜け出すことはできない。しかも夫が持つ娘たちに対する面会交流権のために、娘たちを夫の実家へと毎週連れて行かなければならず、そのたびに夫から受けた暴力がフラッシュバックしてサンドラを苦しめる。制度(法)がサンドラに重くのし掛かるのだ。
娘のために必死な「シングルマザー」サンドラをClare Dunneが、友だちと遊びたいといって忙しい母親を困らせたり、ママがいなくなったらフライドポテトが食べられないなどという子供らしい側面を持つ娘たちをRuby Rose O'HaraとMolly McCannが、それぞれ実在の母娘のように見せている。そして、Ian Lloyd Andersonが演じる、何をしでかすか分からない夫であり父親のゲリーが、彼女たちの平穏を脅かす存在として作品に緊張感を与え続けて見事。
ダウン症の俳優Daniel Ryanが、Conleth Hill演じるエイドの息子フランシスとして出演しており、サンドラと出会う冒頭からポイントとなるところで格好いい役回りで魅せる。