可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 長田奈緒個展『目前を見回す』

展覧会『長田奈緒「目前を見回す」』を鑑賞しての備忘録
Maki Fine Artsにて、2023年9月9日~10月8日。

プラスティック・ストローの袋、レジ袋、梱包箱など中身を取り出すとすぐに廃棄されてしまう品々を、使用後のイメージを忠実にシルクスクリーンでアクリル板などに印刷した作品で構成される、長田奈緒の個展。

《Craft paper bag(Hand)》は、雑貨チェーン「東急ハンズ」(現「ハンズ」)の皺の寄った紙袋に"TOKYU HANDS"のロゴと手のマークのテープが付けられた状態をシルクスクリーンでアクリル板に表わした作品。隅の床に壁に立て掛けられている。2mmのアクリル板の切断面(作品の側面)は緑色を呈す。すぐ脇には、より大ぶりな「紙袋」で長いシールに手のマークが2つ連なっている《Craft paper bag(Hands)》と、より小ぶりな「紙袋」で2箇所をシール(それぞれに手のマーク)で留めた《Craft paper bag(Hand & Hand)》とが一部重なるように展示されている。
《Carrier bag(KOBAYA)》は、「神戸屋キッチン」の黒い格子の入ったレジ袋の、皺が寄り、口が開いた状態を、キャンヴァスにシルクスクリーンで印刷した作品。壁に接して撓むように置かれており、裏返って印刷されていないキャンヴァスが覗く。
《Stained paper cup(Cola)》は、潰され、一部汚れた、コカコーラのロゴが淡い青で印刷された白い紙コップを大理石にシルクスクリーンで転写した作品。大理石の肌理は霧のかかるようなイメージを生みつつ、10mmの厚みは作品として切り立つ意志を感じさせる。
いずれも使用後即廃棄となる物を忠実に写し取る版画(シルクスクリーン)である。もっとも、適切な角度から撮影して写真として見た場合には実物と区別が付かないだろう。もっとも、会場で作品を眺めれば、側面の僅かな厚みないし色味――印刷の色を反映している――や背面が「チラ見せ」されているため、アクリル板、キャンヴァス、大理石などの支持体に気が付く仕掛けになっている。また、その厚みや裏返りなどは、平面作品と立体作品との境界を曖昧にもする。
作家が曖昧にするのは、実物とコピー、平面作品と立体作品といった関係性だけではない。芸術作品のモティーフに対する固定観念をも揺さぶるのである。例えば『方丈記』の「よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」の眼差しを介して、紙袋やレジ袋、紙コップと人間とを同一視することは難しくはない。翻って、人や花と同じエフェメラである紙袋やレジ袋、紙カップを関心の的――あるいは、絵画等の作品の主題――にしないのは何故かという問いを突き付けるのだ。
あるいは買い物に必要な紙袋やレジ袋、飲み物を飲むために必要な紙コップなどが象徴するのは、家事、育児、看護、介護などではないか。「日本では、悲しいことに、育児、看護、介護などのケアの営為に対する評価は著しく低」く、「私的領域でも公的領域でもケアの価値がないがしろにされている」からだ(小川公代『ケアする惑星』講談社/2023/p.10-11)。生きるために必要とされながら、ケアが等閑に付されていることを表現するために、作品の多くが隅や目立たない場所に置かれているのかもしれない。ケアを象徴するエフェメラを芸術作品へと変換する錬金術は、ケアの価値を正当に評価することを訴えるのである。作家の作品に触れることで、色眼鏡を外して、眼前の光景を見回すことができるかもしれない。