可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 西澤徹夫個展『偶然は用意のあるところに』

展覧会『西澤徹夫「偶然は用意のあるところに」』を鑑賞しての備忘録
TOTOギャラリー・間にて、2023年9月14日~11月26日。

京都市京セラ美術館、八戸市美術館、東京国立近代美術館など国公立美術館の設計や改修、展覧会の会場構成に携わってきた建築家・西澤徹夫の個展。個々の作例の全体よりもエッセンスに特化し、かつ作例のカップリングによる紹介を試みている点が特徴的。
展覧会タイトルは、ルイ・パスツール(Louis Pasteur)の言葉"Le hasard ne favorise que les esprits préparés."に由来。但し、偶然は砂上の楼閣であってはならず、偶然は必然と交換可能な、盤石なものでなくてはならないとの意志が籠められている。

60~70年代の初期の映像作品を展観する「ヴィデオを待ちながら」展(東京国立近代美術館)(2009)[02]では、ある作品の鑑賞中に別の作品の映像が入り込まないようにしつつ、次の作品の存在を感じさせるブラウン管モニターの配置によって、動線を設定した。モノには「向き」があって――例えばブラウン管モニターの正面性――、それは人間の振る舞いに関わるため、モノの集まりとしての場を作ることを考えたという。八戸市美術館の周囲の広場「マエニワ」や「オクニワ」(2021)[01]では、人々の視線がぶつからないように配慮しつつ、周囲の活気を感じられるようにベンチなどを配置して、人々が気軽に集える場所を形成している。なお、その発想は、館内のの多目的スペース「ジャイアントルーム」(2021)[04]においても活かされている。広大な空間をカーテンにより仕切り、個々の活動の活気が相互に影響し合う相乗効果が目論まれている。可動式の収納棚により什器の出し入れが容易で、すぐに活動に移れる便利さもあるという。さらに、同館の「個室群」(2021)[14]では目的と構造の異なる小部屋を集積し、制約が生み出す可能性も同時に追求されている。例えば「ブラックキューブ」と呼ばれる部屋は映像展示を想定した黒い壁の防音設計の空間であるが、展覧会のイントロダクション映像の上映に利用したり、録音スタジオとしての転用も可能となる。、

京都市京セラ美術館(2019)[05]は、昭和天皇の即位を記念し、1933年に「大礼記念京都美術館」として開館した、帝冠様式の建築物であった。リニューアルに当たり、地下1階の旧備品倉庫を新たにメインエントランスとした。地面と建物の繋がりが建物の遙か手前から感じられるとき、既に建築を経験したような感覚になると、神宮道から1.5m下がるスロープ状の広場を設け、それにアプローチを兼ねさせている。何かを表現することは、必ず先行する世界への読解と取捨選択であるという。帝冠様式帝国主義の名残であるが、その地下を掘り下げて万人に開かれたエントランスを設けたことは、改めて美術館が市民の手に渡ったこと――フランスのように革命により美術館を手に入れていないとして、1952年に言わば「ポツダム革命」を経て京都市美術館となったこと――を象徴するようで、本来的な意味で面目を一新したと言える。なお建物を保存しつつバリアフリーを実現するため、取り外し可能な上げ床が旧玄関部分に設けられている(2019)[09]。

東京国立近代美術館のコレクション展示室のリニューアル(2012)[13]では、来館者の多様化する興味・関心に応えつつ、コレクションの時系列による紹介を維持することが課題となった。「ハイライト」(重要文化財)のセクション、日本画のセクション、写真のセクションなどを配し、小テーマを設定することで要求に応えた。利用されない休憩室への動線として、エレベーターホール、情報コーナーと繋いだ。

東京国立近代美術館で開催された「パウル・クレー:おわらないアトリエ」展(2011)[15]では、クレーの専門家による章立てと小分類に忠実に作品を設置した展開図を用意し、それを展示空間で円環となるように会場構成を行ったという。絵画のサイズに比して展示空間が大きいことから、仮設壁面によりポシェ(進入不可能な空間)を十分に作って空間を間引いた。

流れを生み出す仕掛けを用意しつつ、利用者による流路変更が容易になる余地を残す。そのバランスを図る設計。
美術館に関心がある向きにはとりわけ楽しめる企画である。