可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 南谷理加個展『黙劇』

展覧会『南谷理加「黙劇」』を鑑賞しての備忘録
小山登美夫ギャラリー六本木にて、2023年10月28日~11月18日。

絵画18点で構成される、南谷理加の個展。戯画のような顔を持つ、巨大な掌や長く引き伸ばされた脚などデフォルメされた人物の奇矯なポーズが目に焼き付く。浮世絵のエッセンスを現代に蘇生させる試み。

《Untitled #0261》(1167mm×807mm)には、喜び勇んで後肢で立ち上がる、3つの頭を持つ犬が描かれる。首に繋がれた鉄の鎖に引っ張られ、後ろ側に背を反らせ、前肢は宙を搔いている。冥府の番犬ケルベロスのお出迎えである。ならば、流れる木の葉(?)を見つめる、Tシャツに短パンやデニムのパンツの2人の若者を描く《Untitled #0220》(1262mm×711mm)は、精霊流し、否、三途の川を前にしているのかもしれない。《Untitled #0274》(658mm×530mm)の着衣のない5人の人物の肌が土気色であるのは冥府の死者たちだからだろう。正面を向き、あるいはこちらを振り返る、2人の人物を描く《Untitled #0247》(1275mm×964mm)では、彼らの身体が中途で消失し、幽霊的描写である。「黙劇」とは、鑑賞者が死者たちの声なき声を聞く――「目撃」する――、言わば夢幻能とも言えそうだ。

《Untitled #0276》(1700mm×1040mm)には、水辺で、お下げ髪を振り乱し、左脚を上げて、ぎょっとする女性が表わされる。彼女が驚くのは、足元にカマキリを見付けたからである。大袈裟な身振りは歌舞伎役者のようであり、戯画的な顔――靴裏にもコミカルな顔が描かれる――、アンバランスに大きな手などと相俟って、役者絵の世界に通じる。白線で表わされる雨、あるいは渦のような水の表現からも、浮世絵、あるいは江戸絵画に通じよう。画面左下に配されるカマキリは、画面いっぱいに描かれる人物に対して卑小である。まさしく蟷螂の斧。昆虫に対する眼差し――《Untitled #0260》(1220mm×900mm)にはアマガエルやカタツムリが登場する――もまた、日本絵画の流れを受け継ぐものと言えよう。
《Untitled #0282》(1600mm×2760mm)もまた3人の人物が大口を開けて大袈裟に驚く場面が描かれる。薄紫の服の人物に飛び付かれた黄色い服の人物は背後に倒れそうで足が浮き、2人の背後にいる黒い服の人物はやたらと引き伸ばされる。3人の薄い毛髪はクラッカーのように色取り取りで、画面中に拡がっているのも独創性的で面白い。3人が驚いている対象は、画面右側の外にあって描かれず、鑑賞者の想像力を刺激する。否、画中には小さな4体の骸骨が徘徊し、かつ3人の背後には巨大な人物(骸骨)の影があり、驚くべき相手は後ろにいるよと指摘してやりたくなる、コミカルな寸劇の観。国芳暁斎の系譜にあることは明らかだ。先に挙げた《Untitled #0274》の背景にある、黒板に描かれたような人物の顔など、国芳の《源頼光公舘土蜘作妖怪図》に通じるし、《Untitled #0275》(804mm×501mm)のカラフルな線の伸びた仮面のような頭部4つの珍妙な世界は、バリー・マッギー調《荷宝蔵壁のむだ書き》と言ってもいいかもしれない。

作家は浮世絵師たちの声なき声を絵画を通じて蘇らせる、能作者なのだ。