可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『コーポ・ア・コーポ』

映画『コーポ・ア・コーポ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
97分。
監督は、仁同正明。
原作は、岩浪れんじの漫画『コーポ・ア・コーポ』
脚本は、近藤一彦。
撮影は、山本英夫
照明は、小野晃。
録音は、丹雄二。
音響効果は、丹雄二。
美術は、小林慎典。
衣装メイクは、松延沙織。
メイクは、升水彩香 森麻美子。
編集は、渡辺直樹
音楽は、加藤賢二。

 

大阪。スカジャン姿の辰巳ユリ(馬場ふみか)が錆びた黄色い自転車で商店街を抜け、橋を渡り、川沿いの道を進む。住宅街に立つ1棟の古いアパルトマン「コーポ」に帰る。ユリが建物の脇に自転車を停めたところに宮地友三(笹野高史)が出て来る。ああ、ユリちゃん、家賃回収今日だよ。うん。ユリがアルミサッシの引き戸を開けて入る。辺りの様子を窺った宮地も中に入り、取り立てが来ると各部屋に触れて廻る。場違いなスーツを着た中条紘(東出昌大)が革靴を手に廊下に姿を見せる。作業着の石田鉄平(倉悠貴)も靴を手に慌てて飛び出した。中条と石田は裏の階段を降りて隣の駐車場へ出て行く。部屋で下着姿で待機していた慶子(芦那すみれ)は宮地から押し入れに隠れるよう言われる。宮地は山口にも声を掛けるが、反応がない。あああ。扉を開けた宮地が間の抜けた声を洩らす。山口はロープで首を吊っていた。建物の隅に猫と潜んでいたユリに宮地が小窓から声をかける。山口さん、死によった。ほんま?
警察呼んだで。宮地が住人たちに告げる。救急車じゃなくて? 石田が言う。警察なら僕はしばらく…。中条は立ち去る。
恵美子(藤原しおり)は山口の死にショックを受け泣いている。恵美ちゃん、泣いたらあかんて。珈琲でも飲もうか。おばはんに部屋に連れて行かれる。
ユリが宮地、中条、石田と山口の部屋を訪れる。山口の部屋には冷蔵庫や電子レンジなど家電が所狭しと置かれていた。すごい部屋やな。これみんな拾って来たたんかな。住人たちはめぼしいものを手に入れようと山口の収集した家電を見る。この冷蔵庫貰うてこかな。ユリは冷蔵庫を運ぶのを石田に手伝ってもらう。山口さんの方が軽いな。持ち上げた際、冷蔵庫から水が垂れる。ユリはトイレットペーパーで濡れた畳を拭いた。
首括る前の日、金借りに来た。断ってしもた。なんぼか貸しとったら死なんで済んだやろか。石田君、マイセンとわかば交換しよう。恵美子が現れて石田にタバコの交換を強請る。石田がタバコを1本恵美子と交換しに立ち去る。死人には素直になるもんやで、と宮地。死体には義務がないからな、と中条。すぐ忘れるよ。また女にでも慰めてもらうやろ。ほんでまたしょうもないことで揉めて。何でいつもキレてんのやろ。
ユリが部屋で猫を相手に遊ぶ。山口の部屋から貰ってきた冷蔵庫を開けてみる。中に、紅ショウガのミニパックが1つ入っていた。山口さんは、宮地さんにも中条さんにも無心しに行った。でも2人とも貸さんかった。ユリは窓辺に行って煙草を吸う。私んとこにも来たけどな。
【辰巳ユリ】
緑のスタジャンを着たカズオ(前田旺志郎)がメモを見ながらコーポにやって来た。宮地が這いつくばって自動販売機の下に小銭が落ちていないか必死に探っている。こんにちは。ユリの弟です。 ユリちゃんの? いますか? 裏におるんとちゃうか。猫を抱くユリのもとにカズオが姿を現わす。ようここ分かったな。姉ちゃん、婆ちゃんやばい。
病院の入口。カズオ、先行ってて。タバコ1本吸うてから行く。はよ来てや。やっぱり一緒に行く。4人部屋の窓側に祖母の幸江(白川和子)が寝るベッドがあった。ベッドサイドには先客のおばちゃんがいる。死ぬかと思たけどまだまだいけそうや。ユリちゃんも来てくれたんやな。お祖母ちゃん、ごめんなさい。もうええんよ、ユリちゃん。ユリちゃんにカズオくん? 小さいときあったきりやな。似たきたな2人とも。カズオが母親・信乃(片岡礼子)が病室に向かっているのに気付く。母ちゃんいた。咄嗟にユリは空いたベッドのカーテンを閉めて隠れる。お母さん、どないしたん? 信乃ちゃん、ユリちゃんとカズオくん、あんたに似てへんな。おばちゃんの言葉に信乃がカズオに尋ねる。ユリも来てたんか? どこにおるん? カーテンを開けてユリを見付けた。顎でしゃくり、ユリに病室を出るよう促す。
トイレに入ったとたん、信乃がユリの頬に思いきり強く平手打ちを食わす。何処行ってたん? 年金崩してまで行かせてもろた専門学校辞めて。婆ちゃんの家からも黙って出てって。信乃は鏡に向かい、鏡越しに娘を見る。勘弁しいや。怒らせんといて、化粧崩れるやんんか。金返してるって。どこで働いとるん? 言えへんとこなん? ノリ悪いわあ。…居酒屋。へえ、まともなとこで働いてるやん。で、どこ住んでるん? お見舞いもう来んでええよ。びんたしたってお祖母ちゃんに言ったらあかんで。母がトイレを出て行く。ユリはしばし気を落ち着けてから階段を下っていく。

 

大阪の住宅街に立つ1棟の古いアパルトマン「コーポ」。家賃の取り立ての日、宮地友三(笹野高史)が住人に管理人が来ると触れて廻る。山口だけ反応がなく、部屋に入ると首を括ってぶら下がっていた。山口から金を貸してくれと言われたのを断ってしまったと後悔する建設作業員の石田鉄平(倉悠貴)に、ジゴロの中条紘(東出昌大)は死人のことなんてすぐ忘れるさと素っ気ない。辰巳ユリ(馬場ふみか)は宮地も中条も無心されて断ったのを知っていた。そして、自分も。ユリは祖母の幸江(白川和子)に専門学校に通わせてもらっていたが無断で辞めて家族から雲隠れしていた。カズオ(前田旺志郎)がどこで聞いたのか「コーポ」を訪ねてきて祖母が倒れたことを知らせてくれた。病院に見舞いに行くと、裏切ってしまった祖母はユリに優しかったが、居合わせた母親の信乃(片岡礼子)からはユリに平手打ちを食らい、顔を出すなと念を押された。カズオは妊娠した交際相手から籍を入れるよう求められたとユリに相談する。相手に連れ子がいたため、連れ子だった自分たちの来し方を考え、うまくやっていく自身が無かった。姉と同じように逃げようかと溢すカズオに、ユリは腹を立てる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

「コーポ」はユリたちの住む集合住宅の名前であり、集合住宅を意味する一般名詞、和製「英」語でもある。「コーポ」は作品自体のタイトルにも「コーポ・ア・コーポ」として採用されているが、無論、音楽用語であり「イタリア」語の"poco a poco"の捩りである。なおかつ、冒頭、ユリが自転車で帰って来ると、「コーポ」と記した看板が建物に取り付けられているのが目に入るが、それは伏線である。イタリア語の"corpo"は死体のことであり、すぐに住人・山口が縊死しているのが発見されるのだ。
山口は死して、自らが得られなかった家族の団欒(≒spirito di corpo)を、「コーポ」の住人たち――疑似家族――に味わわせる(≒dare corpo)だろう。
ユリは、祖母・幸江に学費を出してもらって専門学校に通っていたが中退し、行方をくらまして、場末の集合住宅に身を潜めている。居酒屋で働いて学費を祖母に返済しており、倒れた祖母を病院に見舞うと、不義理に対しお咎めは無かった。だが母・信乃はユリを許さない。なぜユリが専門学校を辞めたのか詳らかではないが、おそらくは中退を原因の1つとして家族から姿を消している。石田が限界を自覚している理由や、慶子が宮地の下で働いている理由など、説明が十分でなく、人物の描写に深みが無い点は否定できない。だが情報を小出しにして(poco a poco)いるのは――続篇に繋げるためではなく――掃き溜めのような場所に流れ着いた人たちの相互関係のアナロジーとしてかもしれない。例えば、ユリは中条から身の上話の真実っぽさを嫌がり、作り話の方がいいと洩らす。住人は皆訳ありだから痛い腹を探られたくないし、探りたくもない。宮地が慶子を使って行う商売――カーテンの下の隙間から蝋燭の光だけで秘所を見る「覗き」――では、布1枚で仕切られていて、直接触れることは厳禁だというのも、「コーポ」では距離感が大事にされていることの象徴だろう。相互の適切な距離が保たれているからこそ居心地良く、住人の連帯が可能になるのだ。